259 sideアルベド
「――待て。俺もつれていけ」
「はあ?」
いらだちを加速させるのは、いつだって俺が気に食わない相手。
いや、気に食わないやつ以外は、どうだっていい。モブだと思っている。だが、こいつは違う。
「お前、ステラを傷つけてる自覚あるのか?」
「傷つけている……?ステラは傷ついているのか?」
「はあ~お前」
周りの視線が気になったことはない。むしろ、そんな目を向けられ続けてきた人生。だからこそ、そういう視線に離れてきた。お前は何を言っているんだって、そんな視線には。だからこそ、それをかえって逆なでするようなことはしなかったし、それが悪手だとわかっていたから黙っていた。そこに怒りがなかったから放っておいたわけでも、相手するまでもないと思ったから相手をしなかったわけじゃない。
少なくとも、ステラがそういうのを嫌っていたって言う理由があって、そうしている。今の俺はそうだ。
だが、それでも気に食わないものはあり、それが、この記憶のない洗脳された皇太子だ。
こいつがいなければ、俺はステラと結ばれていただろうか、とそんなことを何度も考える。願っても祈っても、どうにもならないこと。どうしようもないことなのに、ついそんなことを考えては、その考えを押し殺して、黙って、死んだふりをして。
けれども、その心を捨てるのは難しい。
(こいつ、どういうつもりだよ)
生半可に付き合わされるのは、付き合うというのは、俺にとっても、ステラにとっても、こいつにとってもよくないことだった。この中途半端さが、曖昧さが、また彼女を傷つけることになる。それを、彼はわかっていないのだ。
洗脳されているからというのが理由になるのなら、それはもう平和すぎる。
「わかんねえのか?てか、皇太子殿下には関係ないよな?」
「……だとしても、辺境伯令嬢が連れ去られたら助けにいくものではないのか」
「それは、フィーバス卿との関係維持のためか?」
「フィーバス卿との……いや、それは違う。いや、違わなくないが」
と、皇太子は言葉を濁す。
皇太子として、皇族としてフィーバス辺境伯との関係というのは保たなければならない最終ラインだろう。そもそも、フィーバス卿との仲が悪い皇族が、その皇太子のせいで、ステラが危険にさらされたと知れば、フィーバス卿が黙っているわけもないのだ。
だから、自らの感情だけで動けない。皇太子は、そこの配慮はしっかりできていて、だからこそ、足かせが多いのだ。そんな状態のやつを連れて行けば、ステラは――
(ああ、もう、むしゃくしゃすんな……俺もはっきり決めろよ)
ステラにとってこいつが大切な奴だってわかっているからこそ、切り捨てられないというところがあるのだろう。それが、自分でも腹が立って仕方がない。だが、監視の目がある以上、俺もそう簡単には動けない。
ちらりと皇太子の後ろから俺をにらんでいた偽物と目が合った。偽物は警戒の目で俺を見ては、皇太子に体を隠した。もう俺に洗脳をかけようなどという思いはないらしく、そこは俺としても安心した。あれ以上、こいつといる理由がないから。また、俺自身、あの偽物のことを考えただけで殺してしまいたくなるから。
(つっても、ステラの元の体だ。丁寧に扱わねえといけねえよな……)
すべてが俺を苦しめる。
救いを求めているわけでなくとも、これだけつらいと、救いを求めているように見えてしまうだろうか。
どうでもいい。
苦しいなんて今に始まったことじゃない。
理由をつけてしまうことを恐れているのかもしれない。いらない、そんなつらいとか、苦しいというのを理由にしたなくないと。そんな――
「俺がついて行って、いけない理由はあるのか」
「皇太子殿下は、もっと自分の体のことを心配された方がいいと思いますが?貴方が行こうとしていているのは、戦地と一緒……ステラはきっとそれを望んでいない……足手まといはごめんだ」
「足手まといなのか、俺は」
「……チッ。自分で考えられなくなったのかよ」
こりゃだめだな、とどこかあきらめに似た気持ちがわいてきた。もっと言えば、ステラがかわいそうにも見えてきた。
こんなやつを一途に思って。俺のほうがいいんじゃないかって引いた眼で見て。でも、仕方ないことだった。洗脳が解けるまでは、こいつは輝きを取り戻すことはないんだろうから。
(だからと言って、皇太子を守りながら戦える気もしねえ。最も、こいつを守る理由なんてねえ氏、守らなきゃならねえほど弱くねえのはわかってる)
これは、ステラ的思考と、俺の家の問題だった。俺がもし、皇太子殿下と一緒に行動して、皇太子に何かあったら、それは俺の家の責任になる。そんなリスクは背負いたくないというのが本音だった。
結局、貴族ということが足かせになり、ガタイに互いの足を引っ張りあうような、首を絞めるような結果になってしまっている。それがもどかしさにもつながって、いらだちは加速するのだ。
冷静になれと、自分の頭を冷やしてみるが、顔がちらつくたびに思考を阻害される。
「でも、やっぱり連れていけない。皇太子殿下、これは俺とステラの問題だ」
「だが、俺のせいでもあるだろ」
「お前のせいじゃねえし。ほんと、頑固者だな……おい」
「――あの」
どうやっても、低きは内容だったいらだって仕方がないのに、それをはねのけられるほど、俺も気力が残っていなかった。
そんな時、すっと手を挙げたのはほかでもない第二王子だった。
あいつに視線が集まる。亜麻色の髪に、翡翠の瞳。やっぱり何を考えているのかよくわからない。こいつのことも、嫌いだったが、今回の場合は仕方ない。助け舟を出してくれたという艇で、俺はあいつのほうを見た。だが、目があえばすぐにでも憎悪と殺意渦巻く瞳で俺を見てて来た。
前言撤回だ。
(しゃしゃんなよ。どうせお前も同じく口なんだろうが)
ステラがさらわれたというより、巻き込まれたことで、冷静さが欠けているのは理解できていた。自分らしくないとわかりつつも、それほどまでにステラの存在が大きいのだとわかりきった思いを隠しつつ、これまた考えの読めないやつと対峙する。
「皇太子殿下の代わりに俺がついていくのはだめですか」
「はあ?代わりにはなれねえだろ」
「メリットはあります」
と、こちらもこちらで引く気のないような答えを返してくる。
それに筋を立てたのは、俺だけではなくて皇太子殿下も同じだった。
「なぜ貴様が……」
だが、俺としては、こいつを連れていくよりも、グランツの野郎を連れて行くほうが楽だった。まあ、向けられ続ける憎悪と殺意は目をつむるのして、魔法を切れる相手がいるというのはこちらとしても都合がいい。
俺は大きなため息をわざとらしくついた後、グランツを指さした。
「ステラは助ける。それは約束する、皇太子殿下。だから、今回はこいつを連れてく」
「なっ」
「……」
「都合がいい。平民上がりの騎士……死んでも誰も文句は言わねえだろ」
「……俺は死にませんが」
「てことだ。ステラを信じるっていうんなら、俺を信じてくれてもいいんじゃねえか?皇太子殿下」
「……貴様は、信用…………わかった」
と、苦渋の決断、というよりはわかっている、とでもいうように皇太子はうなずいた。記憶の混じった、俺への信頼。それを確かに受け取って、俺はこい、というようにグランツを招く。グランツは癪に障るというような顔をしたのち、俺のほうに歩いてきた。皇太子はそれを見つめ、「ステラを」と言って顔を上げた。
「ステラを頼む。アルベド・レイ」
「任されなくても、助けるに決まってんだろ。行くぞ」
「……」
座標はあってるだろう。転移魔法を展開すれば足元にグレンの魔法陣が浮かぶ。その中心に俺とグランツはいた。俺は背を向けたまま、皇太子の顔は見なかった。しばらくの間は見たくもねえ。
(待ってろ、ステラ。今迎えに来てやるからな)




