258 役不足?
「さて、脱出したいみたいだけど。どうする?」
「やっぱり、手伝ってくれないの?」
「手伝いたいけど、ヘウンデウン教に潜入しておけって言ったのステラじゃん?バレたら俺追い出されるけど?」
「……」
「手札は多い方がいいじゃん」
「……でもそれじゃ、アンタが逃がしたことになるんじゃない?そこのところは大丈夫なわけ?」
「問題ないよ。俺を誰だと思ってるの?」
にやりと笑って、ラヴァインは私に挑発的な笑みを向けてきた。
確かにラヴァインなら問題ないかもしれない。それでも、不安を口にすることは、心配することはいけないことだろうか。いくら、ラヴァインとはいえ、100%失敗しないと言えるわけじゃないんだし。
不安げに彼を見れば、いつものポーカーフェイスに戻っていて、ん? と首をかしげる。若干あざといのが気になるところだけど、まあそれは突っ込まないでおこう。
「はあ、ラヴィのこと信じるわ」
「ありがと。そうでなくっちゃ俺も困るよ」
「困るって……アンタを否定したくないって思ったの」
「否定したくないって、なにそれ」
ラヴァインはわからないな、というように肩をすくめる。
彼はわからないふりをしているだけだろう。彼は、いま私に信頼されなかったら、ううん、拒絶されたらきっと壊れてしまうだろう。彼がもろいとは言わないけれど、それでも前科がある以上、彼はひどく拒絶されることを恐れている。拒絶、というのは信頼を築いてからの拒絶ではなくて、ただ、自分が信じたいものに、自分を外に追いやられるのが嫌だっていう話だ。
彼は、ふふんと笑っているけれど、きっと内心びくびく震えているんじゃないかと思う。
(そんなふうに、無理して笑わなくてもいい日がくればいいなとは思うよ。そのために、私はアンタにしてあげられることしてあげたいから)
まあ、これもエゴだ。でも、記憶を取り戻してくれた彼に対してできることなんてそれくらいだろう。
できない、破ってしまうかもしれない約束をするなと怒られるかもしれない。そうして傷つけていくんだから、また何も言えない。それでも――
「まあ、ここでグダグダ言っていてもしかたないね。行こうか、ステラ」
「さっきは、敵って言ったくせにね」
「まだ、それ引きずるの?ステラひどい~」
そういいながら、私の方にもたれかかってきたラヴァインはもうめんどくさい以外の何物でもなかった。それでもそれを受け止めてしまうのは、彼がかわいい弟のように見えたから。きっと、恋愛対象には入らないなって、同じようなタイプのグランツに対しても思ってしまう。
(そういえば、グランツ……さっきは、かばってくれたみたいだったけど、何考えていたんだろ)
かばったというより、言いたいことを言っただけ、だと、彼の感覚ではそうなんだろうけれど、彼の好感度はそこまで高くなくて、でも低いわけでもなくて。微妙な位置だけど、記憶があるからか、それとも彼の興味をかき立てたからか。どちらにしてもマイナスの印象でないことは確かだった。それはうれしいが、彼の本心が見えてこないところは、少し注意が必要だと思う。
(だって、グランツだし……)
裏切った前科があるというのもそうだが、本当に彼のことを私はよく理解できていないのだ。
ラヴァインに差し出された手を取って、私は立ち上がるが、くらりと立ちくらみをしてしまった。そんなこと一度もなくて、踏ん張りがきかずに崩れてしまうところを彼に支えられる。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ただふらっときただけ」
「まあ、闇魔法の魔方陣の中に入ったからっていうのも理由の一つとしてあげられるとは思うけど。その状態でよく一人でって思ってたよね」
「い、嫌みとか説教とかいいから……わかってる。それは一番自分がわかってるよ」
無茶して周りに迷惑をかけていることはよく理解している。だからこそ、一人でなんとかしないととまた無理をして周りを巻きこんで。その繰り返しで、私は成長できていないのかもしれない。今頃そんなことをいっても仕方がないし、支えてくれたラヴァインにお礼を言いつつ、私は呼吸を整えた。先ほどから、バクバクと心臓がうるさい。それは、ドキドキというよりも動悸が激しいといった方が正しいだろう。やはり、立ちくらみはただの疲れや、魔法宵なのではなく、もっと体の根本的な、疲れているとかそういうのにぶつかるのではないだろうかと私は思った。
(最悪だな、このコンディション)
絶対に、ラヴァインがいなければきっとここを脱出はできない。だが、彼は今”敵”としてそこに存在しているのであって彼が、私の味方だということをバレるのは、私も避けたいところだった。だから一人で、とは思うのだが、一人でどこまで行けるか。もちろん、助けてくれるという言葉のありがたみは感じているし、その言葉を疑うつもりはないけれど。
「ステラ、本当に大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だから」
「大丈夫じゃないでしょ。なんで大丈夫っていうの?」
「ラヴィ?」
私がすっと顔を上げると、彼は私の顔をとても心配そうにのぞき込んでいた。目に涙を浮かべる勢いで。それが、とても悲しく見えて、かわいそうに見えて。そんな顔を自分がさせているんだと思うと、心が苦しくなる。私のために、そんな顔をしないでほしい。そう言いたいのに、そう言ってしまったら、彼の心さえも否定するような気がして、それはできなかった。
私が彼を見つめていれば、意を決したように、ラヴァインは私の体を持ち上げる。
ふわりと浮いた体は、とても軽く感じ、彼の腕の中に収まってしまった体は抵抗することもできなかった。体に力が入らないといった方が正しいだろう。
「ラヴィ、ごめ……」
「ちょっと痛いけど、我慢してね」
そう言ったかと思うと、ラヴァインは私に向かって魔法をかけた。バチッと確かな痛みと、稲妻が走るような音、スパーク音が響き、次の瞬間、私の髪がさらりと宙を舞った。その髪色は、白色ではなくて、漆黒で、漆のように輝いていた。
瞬時に、変装魔法をかけられたのだとわかったが、なぜ彼がそんなことをしたのかと、思わずラヴァインの方を見てしまう。彼は、ふっ、とどこか安心したような、それでもまだ安心し切れていないような顔で私を見た後、私の目を閉じさせるように手で覆う。
「ごめんね」
「な、なんでラヴィが謝るの?てか、なんで変装魔法を……」
「ステラだってバレるのが一番避けたいことだからかな。ほんと、頭回ってないんだから。ステラ、休んだ方がいいよ」
「……ごめん」
「大丈夫だからね。俺に任せて」
「アンタに頼るの、申し訳なく思って」
「俺じゃ役不足かな?」
「そ、そうじゃなくて!あ、危ない橋を渡っているのに、またアンタを危険にさらすかもって。アンタはもうずいぶん頑張ったし、反省しているし。だからこそ、この世界だけっていう言い方もおかしいかもだけど、アンタには幸せになってほしいよ」
私は、そこまで言うと、ふわりと意識が飛ぶように目が閉じた。閉じたというか、閉じざるを得なかったというか。そんな私をラヴァインは最後まで見守っていて、意識が飛ぶ直前見た彼の顔はどんなのだったかな、と思い出すけれど、どうももやがかかったようで思い出せなかった。本当に何でだろうか。なぜ自分がここまで疲れているのか、その理由すら私は理解できていなかったのだ。
「……お休みステラ。大丈夫だよ。俺がなんとかするから。俺だって、君に幸せになってほしいんだから」
そう、聞こえたのは、嘘じゃないって、夢じゃないと信じたい。




