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256 世界一可愛い女の子




「……」

「…………」




 ぶつかる瞳。

 一歩も引こうとしない彼に、私は冷や汗を流す。本気で言っているのだろうか。だが、嘘にも聞こえない。そのあいまいで、不気味な彼の表情に私は押され気味に睨んだ。視線を外したら負けだと本能的に察したからかもしれない。

 どうして、敵、何ていうことをいったのだろうか。予想はつくが、そういう演技だったとしても、助けてくれないのかと、そう思ってしまうのだ。頼れる人に頼ろうという考えが甘いのかもしれない。だったら、その意識を変えるべきなのだが、私はとにかく視線をそらさないよう睨みつけることしかできなかった。何を考えているか、相変わらず分からない男だったから。




(敵……ね。確かに、今の彼はヘウンデウン教の幹部かもしれないけれど)




 ただの脅しだろうか。でも、演技だと見極められない私にも問題があり、それを都合のいいように解釈するのは……




「味方だってはしゃいじゃってたでしょ?俺がもし偽物だったらどうするの?」

「それはない。だって、アンタの魔力だもん。アンタの魔力をそのままそっくりコピーできる人間がいるなら知りたいくらいだし」

「凄い自信だね。でも、本当にそうって言える?」

「戯れはやめて。分かった。アンタのそれが演技だってこと」

「どうして?」




と、ラヴァインは首をかしげる。目は笑っていないけれど、顔は笑っている。どうやったらそんな表情を作れるのか、不気味で仕方がなかった。


 本当にポーカーフェイスのたまものだし、これで、アルベドより年下というのが何とも言えない。アルベドも常にポーカーフェイスを被っているのだとしても、彼も相当な手練れだと。




(けどね、ずっと一緒にいたわけじゃないけれど、分かるの。分かるから言ってるの)




 初めは動揺したけれど、違う。どうせ楽しんでいる。もちろん、それは私の日ごろの経験からものを言っているだけであって、それが100%の根拠じゃない。好感度も当てにならない今、何をもとに彼が演技をしていると言えるのだろうか。




「アンタたちは都合が悪くなると嘘をつく。ポーカーフェイスを被る。あと、アンタの耳」

「耳?」

「少し赤くなってる。アルベドもそうだけど、何かあると赤くなるの、私知ってるんだから」

「ふーん……あっそ」

「それでどうなの?演技でしょ。めんどくさいからやめてよ」

「……あのさあ、ステラ。少しは楽しむって心無いわけ?」




 ラヴァインは、がっくりと肩を落とすようにそういうと、私からパッと手を離した。それは、疲れたというようにも見えて、結局彼が気を張って、悪役を演じていたのだと気付き、こちらもホッとする。少し賭けではあったけれど、私の考えはあっているようでよかった。

 耳が赤くなっていたのは事実だけれど、それを証拠として出すには不十分かと思われた。でも、アルベドがそうなら、ラヴァインも……と兄弟で見てしまったことに少しの罪悪感を抱きつつも、賭けてよかったとは思った。




「はあ~ほんと、ステラってそういうところだよね」

「初めに仕掛けてきたのはラヴァインなんだし、私は悪くないけど?」

「悪い俺もかっこいいかなあって」

「何、その子供っぽい発想。今の方が、どう考えてもいいに決まってるじゃん」

「え?」




 ゆっくりとあげられた顔に、輝く瞳を見て、私はどんな表情で返せばいいか分からなかった。今の方がいいに決まっている、といっただけなのに、何でそんなに嬉しそうなのだろうか。過去を否定されたことでおこる人だっているのに。




(ああ、ラヴァインは、今の自分を見てほしいんだ……)




 ヘウンデウン教の幹部自分ではなく、ただのラヴァイン・レイとしての自分。そんな自分を見てほしくて、見てくれた私に対して感動のまなざしというか。

 その表情こそ、初めて親に褒められたような、もしくは、初めて好きな人に好きだよ、かっこいいよと言ってもらえた子どものような顔をしていた。でも、純粋に喜びに満ちた顔は、何よりも可愛くて、綺麗だなと思った。心が澄んでいる……そんな証拠にも見えた。




「今の顔、良い」

「ステラってたまにいきなり褒めるからさ、こっちも耐性ないんだけど」

「別に、言いたいときにいってるだけなんだけど?」

「そういうところが人たらしというか、初恋泥棒っていうか」

「え、いや、えっと……」

「何?」




 初恋泥棒なんて自分に似合わない単語を言われてしまって、少したじっとなってしまった。そんなこと言われるような容姿ではないし、人間ではない気がするからだ。言われて嬉しいけれど、むずかゆい気持ちの方が強くて、全身がぽっぽっと熱くなる。

 恥ずかしいとか、嬉しいとか思うのはむしろラヴァインの方なのに。




「初恋泥棒って、ひ、人聞き悪い」

「事実じゃん」

「ラヴィが?」

「うん?」

「いいや……別に何でもないから」

「初恋だよ。俺にとって初恋はステラだ……ステラ、じゃないか。エトワール。君がエトワールだった時」




と、ラヴァインは恥ずかしそうに言う。恥ずかしいなら言わないでよ、こっちも恥ずかしくなるんだから、と言いたかったが、まっすぐに伝えてくれることは素直にうれしくて、恥ずかしながらも「そう」と返す。それを受けてか、ラヴァインは噴き出すように笑って「まだ、狙ってるからね」と恐ろしいことをいう。アルベドもそうだけれど、諦めなければ手に入るとでも思っているのだろうか。恋心は、人を好きと思う心は、奪えないと思うのに。


 でも、彼らはそうやって生きてきて、その中で幸せを掴んできたとするのなら、その方法しか知らなくても無理がないのかもしれない。




「ずっと好きでいてくれるの?」

「ええ~何その質問。それは、俺にチャンスがあるってこと?」

「ううん。辛いんじゃないかって思っただけ。私が、アンタたちのことを好きになる可能性なんてすっごく低いのに。二人はずっと私のことを追い続けてくれるの」

「ああ、兄さんも」




 少し寂しそうに、視線を落とすけれど、ラヴァインはすぐににこりと笑った。その笑顔が、すぐに取り繕うためのものだとわかったが、私は黙っていた。




「私は、アンタたちのその気持ちを利用するかもしれない。アンタたちなら助けてくれるっていうのも、きっと、それを詩って利用しているからなのかもって」

「……そう」

「だから、私なんか好きになっちゃだめだと思う。リースは、私のことを知っているけれど、私を知ったら嫌いになるかもしれない」

「そんなことないよ。君は、俺が出会ってきた中で、最高の女の子だから」

「お、女の子」

「女の子でしょ?え、もしかして、心は男……」

「ち、ちがう!根っから、ずっと女の子です!」




 そりゃよかった、と何がよかったのか全く分からない言葉をはいて、ラヴァインは立ち上がる。うーんと後ろに伸びて、ラヴァインはすがすがしい顔で、先ほどの邪気むんむんという顔ではなく、本当にすがすがしい顔で遠くを見てから、私に視線を戻す。苑麻はなんだったのだろうか、と思う暇もなく、彼は私に手を差し伸べた。立って、とそして、掴んでと私に語り掛けてくる。私はその手を取って立ち上がる。ぐっと引っ張られて、その遠心力で倒れそうになったところをラヴァインに支えられて。

 パッと世界が変わるような、連れ去られてしまうような感覚さえする。

 連れ去ってくれとは言わないし、連れ去られたら戻らないかもしれない。




「心配しないで」

「何を?」

「俺の中で一番はステラだよ。好きだよ。君に例え利用されたとしても、それは本望だから。気にしなくていい。俺のことをいっぱい利用して、もっと俺にステラを好きにならせて」

「ラヴィ……」




 彼は私の手の甲にキスを落とす。そして、満月の瞳をスッと私に向けてきた。




「世界一可愛い、俺の女の子」




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