252 なんとなくだ
(トリのお出ましって感じかな……)
アルベドが気付いてくれなければ、攻撃が当たっていたかもしれない。意識がそがれていたのもあるけれど、あまりに不覚過ぎる。
(というか……今、エトワール・ヴィアラッテア、何か合図を送った?)
私の見間違いでなければ、彼女は何らかの合図を誰かに送った気がするのだ。自分の正体がバレそうになったから、証拠隠滅を図るために……というのも考えられる。彼女が使いそうな手段だと。アルベドはそれに気づいたというよりは、魔力や、人の気配を感じ取ったのだろうけれど、私はエトワール・ヴィアラッテアの……
(だったら、早くいって自分で防げって話よね。また、守られちゃったし……)
相変わらずいいところでくぎを刺してくる。そこまでして、エトワール・ヴィアラッテアは、リースを保守したいのだろう。その理由が分からない。まあ、リースがかっこいいっていうのはあるし、攻略キャラの中で一番ビジュアルも、地位も高いし……けど、彼が皇帝になって、その後自分が皇后になるのが望みなのだろうか。その前に、災厄をどうにかしなければならないっていう条件付きではあるけれど。
囲まれている状態で、こんなことを考察する余裕など普通はない。でも、アルベドがいるから、少し気は楽に考えられた。それが、頼りすぎではあるが。
災厄をはねのけることが出来た皇太子、そんな皇太子だからこそ帝国を背負っていけると、周りから信頼され指示され、無事皇位を継承すると。前の世界では、その準備が進められていたが、エトワール・ヴィアラッテアの介入や、ヘウンデウン教の残党がいたため、そこまで至らなかった。皇帝になったリースを見たかったと心のどこかでは思っていて、そうなってほしいと今強く思った。
彼が皇帝になる姿を見届けるまで死ねない。
ううん、私がその皇帝になった彼を隣で支え続けたいのだ。そのために、私は体を取り戻さなければならない。
「ぼーっとしてたが大丈夫か?また何か考えごとか?」
「いろいろあるの。でも、相変わらず気づくのが早いね……」
「当たり前だろ。一回経験したことなんだんだからよ、警戒はするだろうが」
「はいはい。私が悪かったです」
魔力を集めて、剣を生成する。光り輝く白い剣ができ、構えると、騎士たちが何やらざわざわし始めた。
ヘウンデウン教が現れたことに関して驚いているのだろうか。でも、調査で、その可能性があるとか言われていて……
「アンタたち、私たちをはめたんじゃない?」
と、そう口にしたのは、エトワール・ヴィアラッテアだった。
この期に及んで何を言い出すんだ。誰がそんな突拍子もないことを……と思ったが、私たちがここにいる時点でおかしくて、疑われても仕方ない状況。それすらも狙っていたのかと、腹立たしくなる。
暗い林の中から出てくる黒いローブの男たち。手に握られているナイフやレイピアは、明らかに私たちを殺そうとしているのが分かった。
(でも、さっき私を狙ってたよね?それをどう言い訳するのよ)
いくら、私たちが怪しく見えても、さすがにナイフを、それも毒をついたナイフを投げつけてくる味方がいるだろうか。そこまでする演技、私にそんな演技はできないのだが。
「私たちがはめたって、本気で言っているの?」
「だって、アンタたちがここにいること自体がおかしいじゃない。こうして、鉢合わせたのも、私たちの行動を監視してのことでしょ。そっちの赤髪は、そういう魔法得意じゃない?闇魔法……」
「ハッ、聖女様に言われたくないが?」
「でも、実際そうでしょ。アンタの黒い噂は絶えないじゃない。ヘウンデウン教とつながっているっていう噂も」
そう、エトワール・ヴィアラッテアはよく回る口で話す。
自分は狙われないからと、危機感がないその行動に、頭痛で頭を押さえていたリースも危機感ないのか、と彼女を睨んでいた。でも、彼女は私たちを悪役に仕立て上げることしか頭にないらしく、食って掛かる。自分の首を絞めていると思わないのだろうか。
(こんな女に負けているなんて思いたくもないんだけど……)
彼女に線の魔法と、聖女の有り余る魔力や、魔法の才能がなければ勝っていただろう。いや、それがあるせいで私は勝てないのだが、追い込まれると人は本性とぼろが出る。それに気づけない周りも馬鹿すぎるがこれもしかたない。
「私たちを悪役にしたければすればいい。でも、アンタ何もしないと死ぬけどいいの?それえとも、アンタは狙われない安全圏にいるっていうの?」
「……」
「聖女と、皇太子……狙われるなら、アンタたちだと思うけど!」
話すのも無駄で、こんな女と話しているくらいなら、ヘウンデウン教を片付けた方がいいと、私はアルベドとは反対方向に飛んで、攻撃を始める。
ヘウンデウン教の暗殺者らしき男たちは、私たちが向かってきたことに驚きナイフを構えるが、一瞬の隙を逃さず攻撃を入れる。手慣れたものだと思いながら、私は剣を振るう。魔法で出来ているため、イメージが途切れると威力も形も崩れるが、それもだいぶん慣れてきた。
ヘウンデウン教は人数で押してきているが、戦闘慣れしているアルベドがいれば問題はない。
リースも、この状況はまずいと剣を抜き、騎士たちに指示を入れる。
「ステラ嬢と、アルベド・レイ公爵子息を援護しろ」
「しかし、彼らが敵という可能性は……」
「馬鹿か?この状況でそんなわけないだろう。でなければ、毒の付いたナイフを味方に投げたりしない」
「それすらも、演技の可能性は」
「何故だ?」
リースの言葉に対して、騎士たちは反論していた。騎士たちも、また、私たちを疑っているようだった。別に疑われるのも、偽物扱いされるのも慣れているので、ご自由にどうぞとは思うが、皇太子の言葉さえも疑うとはよほど、洗脳が強く、そして、心がエトワール・ヴィアラッテアに向いているのだろう。彼女の言葉なら信じるのだろうか。
リースは、まったく理解できないといった感じに、こぶしを震わせ剣を引き抜いた。その剣は、もちろんヘウンデウン教に向けられる。
「役に立たない奴らを連れてきた俺が馬鹿だった。彼らが敵か味方か、それが重要か?今は目の前に敵をせん滅するのが優先だろ」
「……」
グランツも、スッと剣を引き抜いて応戦の姿勢を見せる。
攻略キャラの自我は、そう簡単に破壊はされない。それかもしくは、エトワール・ヴィアラッテアを守るための剣なのかもしれない。それでもよかった。二人だけでは、苦しくなるので、攻略キャラ二人が助けに入ってくれるのは嬉しかった。
「頼もしいね、リースは」
「……ほんと、お前はただの令嬢なのかと毎回驚かされる。動きも慣れていたしな。騎士団にでも入るつもりか?」
「ううん。得意なのは魔法だけ。だからって、惑う騎士団に入ろうとも思っていない。ただ、そうだね……聖女もどきを目指しているのかも」
とんと、彼の背中が私の背中にぶつかった。いつも預けるのはアルベドだったから新鮮だ。彼の背中なんて気にしたことなかったけれど、やっぱり並ぶと身長差と体格差を感じて、リースってたくましいなって思う。
聖女もどきといった私に対して、笑い飛ばしてくれたのは嬉しかった。
「リースは、私たちが敵だとは思わないの?」
「なぜ聞くんだ?」
「聞いたら、敵じゃないって思われるかもって」
「……お前は敵じゃないだろ。分かる」
「だから、その理由」
私が聞くとリースはちらりとこちらを一瞬だけ振り返って口角を上げ、眉を下げて笑った。
「なんとなくだ」




