250 今抱いている感情
(アンタがね、それが苦しいって思ってると同じくらい、私も、それが苦しんだよ……)
本人には自覚がない。洗脳されているから仕方がない。そういってしまえば、終わりで、そう……仕方ないことではあるんだっては、分かっている。でも、それを許容できるほど、私も人が出来ていないわけで、心だって広いわけじゃない。
好きな人が、洗脳されているとはいえ、記憶を忘れているとはいえ、他の人をその腕で抱いていると考えるだけでも、苦しくて、気持ち悪くなってしまうのは仕方がないことなんじゃないかって思う。
それを、今、リースは無意識ながらに思っている。前の世界の記憶が、あるからこその反応であり、私は記憶があって、それを感じている。
見開かれたルビーの瞳が激しく揺れて、彼が結んだ拳も震えていた。なぜ、それに絶望しているのか自分ではわかっていないような表情に。それでも、それが嫌で、今すぐ引きはがしたいと思う衝動が。心が、それが偽物でもなく何でもないことを、リースは感じているだろう。
アルベドの荒療治は成功しているわけなのだが、それでも、このやり方がすべて正しいわけではないと。
「アルベド・レイ、貴様」
「何だよ。皇太子殿下。皇太子殿下には関係ないことだろ?」
「関係ないことだと?」
「だって、皇太子殿下にも、婚約者がいるって……はあ、この話何回目だと思ってんだ?」
「……」
「それとも、浮気か。俺のステラに惚れたのか?」
「貴様のものではないだろう……もの扱いして」
「ハッ、どっちが」
それは、この前の世界のことをいっているのだろうか。そういうように聞こえて仕方がないのだが。
二人はどの地点に立って話しているのか少しわからなかった。もとはといえば、グランツが発端となってこの会話まで言っているのだが、本人は全く分かっていないような顔をしていて。グランツ自身の洗脳が解けるというのは、まだ先なのかもしれない。それにしては、好感度が上がっているような気もするけれど……
(なんで、リースの好感度は表示されないの?)
そこは不思議なところである。これだけ、きっと彼の心を揺さぶって、搔き乱しているというのに、興味を引くといういみの1%も、嫌いというマイナス点もついていない。ただ0%という表示が寂しく浮かんでいるだけで、彼はどの基準で私のことを話しているのか分からなった。
案外、0%とかいう、好感度は、意味をなしていないのかもしれない。
好感度が見えるからといって、それをうのみにするのはどうかという話なのかもしれない。だったら、好感度なんて表示しなければ……
(てか、今の私ってリースの心の声、読めるんだっけ?)
初めからそうしておけばおかったじゃないかと思って、魔力を開放してみるが、まったく効果がないように思えた。しーんとしているような、もっと言えば、ノイズがかかったように聞き取りずらかったのだ。
(どういうこと?)
星流祭の時にえた能力というか、固有魔法というのは受け取ったはずなのだ。しかし、肝心のリースの声が聞こえず、かといって、グランツの声も聞こえなかった。たまに聞こえてくるのは、アルベドの声だが、彼が考えていることなど、最近は心の声を読むなんて言うやり方をしなくても大体察することが出来るし……
(何で?)
疑問ばかりが飛ぶ。
予測できるのは、彼らが、まだ完全に記憶を取り戻したわけではないからということ。一つは、前の世界から受け継いだ能力であって、それが、ただ封印されていただけ使えるようになっただけで、この世界では使えないということ。
どちらにしても、そんなことってあり? と、納得できない理由だった。
だとしたら、ノイズも納得できるのだが、なんとなく、このノイズというのは、そればかりの理由じゃないような気がして。
「そうよ。リース。なんであの女にかまうのよ。貴方の婚約者は私でしょ?」
と、やはり、声をかけてきたのはエトワール・ヴィアラッテアだった。彼女も、不測の事態に慌てているようで、なんとしてでも、彼を連れ戻そうと必死になっているようだった。その様子が、少し哀れにも見えて、時々私に殺意の目を向けるのが、なんとも恐ろしい。
(そうじゃなくて、リース……)
リースは、エトワール・ヴィアラッテアの声が聞こえていないように、頭を抱えていた。
ただ一言、離れろとか言えばいいのに、その言葉を口にすることが出来ないようだった。理由は分からない。ただ、少し、まだ迷いがあるというようなものが感じられたのは、言うまでもない。
はっきりできないから、そんな信用性のないものに欠けることが、彼はできないとでもいうようだった。
「リース!」
「……リース」
私と、エトワール・ヴィアラッテアの声が重なる。らちが明かないし、何度この場を見ただろうか。デジャブのようにも感じ、あまり居心地がよくない。
ようやく、アルベドの腕から解放されれば、私は前に倒れそうになったところを、リースに支えられそうになった。でも、なんとなく今は嫌だと彼の手を払ってしまう。もちろん、彼の身体が、心のどこかで、私という存在を覚えて居ての行動なのかもしれないが、それでも、違う女性を抱いた腕で、今は抱かれたないという思いが強かった。
悪いとは思っている。そして、顔を上げたときに傷ついた顔をしたから、私の心もまた深く傷が出来る。
傷つけ合いたいわけでもない。出来るのなら今すぐにでも抱き締めて、私が貴方の……と言ってあげたいのに。それでも、でも、できないから。
「触らないで」
「だが、ステラ嬢……ステラ」
「……聖女様の言った通り、アンタには、聖女様って婚約者がいる。なのに、何で私をかまうの?」
「それは」
「分からないまま、私にかまわないで。アンタにかまわれるたび、私は勘違いしそうになる。アンタ、それが狙いなの?それとも私を?」
「俺は」
と、リースは、一人で立ちあがる私に触れようとはしなかった。触れるなという言葉が効いたのかもしれない。
どっちも傷ついて、傷つけあって。こんなの良くないし、これを望んだわけじゃない。望むならもっと、幸せなことを。記憶を取り戻して抱き着きたい。だって、好きだから。でも、好きなのに拒絶して、私のやっていることもかなりちぐはぐなのではないだろうか。
「俺は……それでも、お前に拒まれるのが、嫌だ」
「嫌だって。何で……聖女様が、嫉妬するのでは?」
私が、彼女を見る湯に促してみたが、それでも、彼はエトワール・ヴィアラッテアの方を見なかった。私も、今彼女の顔を見たら、そのまま呪い殺されそうで、怖くて見えた物じゃなかったけれど。きっと、リースが言いたいのはそうじゃないと。
少しずつ戻っていく感覚。
だったら、もうこの際、もう一度、彼を惚れさせればいいんじゃないかと思った。洗脳を上回る、本物の恋というか、愛を。彼に伝えることが出来たら、感じさせることが出来たなら。
もう一度、彼は私に惚れてくれるだろうか。
(今までなんで気づかなかったんだろう……)
記憶を思い出させるよりも、惚れさせる方が難しいかもしれない。でも、どっちもどっちなら、そういうやり方もありなのではないかと。それこそ、乙女ゲームな気もするけれど、これは現実だ。心をもてあそびたいわけじゃない。
「嫉妬か……今俺が抱いているこの感情のことなのかもしれないな」
「え?」
「……ステラに拒まれるのが、苦しい。こんな、気持ちになったのは、お前が初めてだ。ステラ・フィーバス」
その熱っぽい、ルビーの瞳は、また惚れ直してくれたっていう認識であっている?




