249 お人よしの記憶
(お人よしって、アンタねえ……)
ちょっとむっとして、彼の方を見れば、事実でしょ? と言わんばかりの顔で私を見つめてきた。確かに、事実ではあっても、それをあえて公の場でいうかという話なのだ。だが、彼は知らんぷりといった感じで、この行動はあっていると私に訴えかけるような目で見てきた。それはまるで、今助けてあげているんだから、という上から目線な、高圧的なものともとらえられる。
(誰も助けって頼んでないんですけど!?)
反発意識が芽生えてしまえばもうだめだと思った。
助けてくれている、ととってもいのだろうが、なんというか、ただ意見したいだけのようにも思える。真意が分からない以上、助けてくれたと安易に喜ぶのはいけないだろう。それに、グランツの洗脳は全く解かれていない状況で、彼が私に好意がある、興味がある、と見抜くのは辛い。いくら彼が、好感度が上がりやすいキャラとはいえ、すでに、他のキャラ、この場合エトワール・ヴィアラッテアにたいしての好感度が爆上がりしている状況であれば、私のことなど気にする余裕もないだろう。グランツってこう見えても一途なところがあって、そこが攻略しやすいポイントではあった。けれど、それが逆という立場になると変わってくるわけで。NTRが、一番難しいキャラではないだろうかと思えるほど、グランツの好感度は、ある人が上がった時点で上がりにくくなる。まあ、そんなことやったことないからわかんないけれど、実際そうっぽいから簡単にはいかない。
(だから、真意が読めない。てか、顔が顔の表情!もっとどうにかならないわけ!?)
そんなこと言ったら、確実に殴られるだろう。そういう人見るんだから、と言われたらそれまでな訳で。
話がそれつつも、本当に、グランツがどういう意味合いで、理由をもって私を助けたのか分からなかった。それが善意なのか、これ以上、この場を乱すなという忠告なのか。
「ステラ嬢がお人よしか……それは俺も知っている」
「りー……殿下」
この間も言われたような気がするから、それは記憶に新しかった。
私は自分自身がお人よしなんて思っていないし、前世でそんなこと言われたことはなかった。どうしようもない、救いようのないオタクとは思われていたかもしれないけれど。そもそも、人と関わるのを避けてきた私が、お人よしなんて言うわけなかった。もし、お人よしに見えるのであれば、それは、私が何か打算を、何か策あって、こう見れたいからとかいうのがあって、好意的にやった時だろうお。あまり、こういうのも、思いたくないが。
リースが、グランツに張り合うようにして言うのが、また驚きで、私のことを知っているのは、自分だけでいい、みたいなニュアンスにも取れて、少し胸がどきんとした。それも、きっとすぐに失望と絶望に変わるのだろうからと、私は、自分のテンションを、自分で振り子のように動かしてしまう。
グランツも、そう言われたのだから、黙っていればいいものの、何を思ったのか、むすっとした表情で、対抗するように口を尖らせた。
「……いえ、たぶん、皇太子殿下よりも俺はずっと知っていると思います」
と、場の空気が一気に冷えた気が下。なぜ、そこで対抗心を燃やすのか、グランツって、リースに突っかかるようなタイプだったのか、と。
グランツが嫌いなタイプはアルベドで、アルベドが嫌いなタイプはブライト、そしてブライトが嫌いなタイプはリースで……リースが嫌いなタイプはグランツだった。何でこうなっているのかは未だに分からないが、それは人間的にあわない、という根本というか、個人的な話になるので。
だから、この場で、グランツがリースに突っかかったのは、あまりよくないとは思ってしまったのだ。彼が、嫌いなタイプを知っているばかりに。
案の定、リースの癪に障ったようで、彼の顔色が一気に赤くなる。でも、静かにだから、ふつふつと内側でに立っている感じだった。リースが、本当に怒るところって見たことがないし……
「何だと、貴様」
「……事実です。実際、俺はステラ様と一緒に過ごしたことがあります」
「だから!」
「…………」
と、リースが言ったところで、彼も自身の違和感に気づいたらしい。本当に、洗脳とは厄介なもので、こういう時に、スッと我に返されるというか、元の彼に戻されるというかが起きるのは痛いところではあった。
けれど、今回は、自身で気づいた違和感に、また苦しみを覚えつつも、これは――というような、兆しが見えたのはよかったかもしれない。
「アルベド」
「んだよ。今、良いところじゃねえか」
「な、なに楽しんでるわけ?」
「楽しいっつうか。楽しいなあ」
アルベドの方を見れば、にたりと笑って、悪人顔を披露していた。ラヴァインと似ているところがあるというよりかは、彼がラヴァインの兄だったことを思い出し、アルベドにラヴァインが似たんだととてもしょうもないことを思ってしまった。
アルベドの手は私の腰に添えられていて、やはり逃がしてくれる感じはなかった。
本当にどうしようもなく、この場を楽しんでいて、グランツもグランツで、なぜた私に突っかかってきた、リースに突っかかったのか、その理由がはっきりとしない。ただ、なんというかこの状態になることを、私は望んでいなかったと言えばうそになる。
いや、この状況を望んでいた。
一つの違和感が、ひずみが、大きくなって、本当の記憶を取り戻させる結果となれば。
「何だ、この記憶は…………なんで、俺は、こんなにも」
そういって、リースは頭を抱えながら私の方を見た。
私はなんて顔を向ければいいのか分からなくて、かける言葉も分からなくて、リースの方を見れば、アルベドがぐっとさらに私の腰を抱いて、引き寄せた。
「ちょっと」
「婚約者なんだから、関係ねえだろ?それに、皇太子殿下の方がよくわからねえじゃねえか。俺の、婚約者に、惚れちまったか?」
アルベドの挑発は、挑発でしかなかったのだが、それがよく彼にはきいたらしかった。
怖くて、彼の顔なんて見えた物じゃなかったけれど、それでも、ふと見えてしまったリースのかは、絶望したような、青いような、白いような顔をしていたのだ。なんで、とでも言いたいような顔。少し泣きそうで、ルビーの瞳が揺れていて。見開かれた目に映っていたのは、彼の理想と、想像と……知れらが全て打ち砕かれたような絵。
目の前の光景を理解できず、置いてかれたような、そんな、悲しみの表情に、私自身も何をやっているんだと、アルベドから離れようとする。けれど、彼は離してくれなかった。
「何で!」
「何でって、見てろよ。きっと、もう少しだぜ」
と、アルベドは、荒療治でもするかのように、黙ってろと私にくぎを刺す。
確かに、彼の記憶を取り戻すのが優先であり、そうしなければならないということは分かっている。そのためにやっている、ここに来た、愛に来た。けれど、そんな顔がみたかったわけじゃない。
(リース……)
苦しいよ。でも、この苦しさを乗り越えたら、きっと、アンタは私の事抱きしめてくれるんだよね……って、そう思ってしまった。でも、その慢心は、自分自身も、相手も滅ぼすんじゃないかと。
だって、そんな顔をしているのに、彼の好感度はちっとも変化しないのだから。理由が分からない。
こんなこと、思うのも間違っているかもしれない。いや、間違っている。だったら、自分から行動すれば、でも、ERROR表示が……
(早く思い出してよ馬鹿……)




