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247 確証のない恐怖




(リース……)




 蛇に睨まれた蛙のごとく、その鋭い瞳で見つめられれば、私は何も言えなかったし、言えなくなった。

 エトワール・ヴィアラッテアの挑発的嘲笑は、確かに褒められるようなものじゃないし、洗脳にかかっている一般の騎士たちからしてみれば、それは美しい行為に見えるかもしれない。ただ、それが明らかにおかしいことであると、気づいている人もいるけど、攻略キャラはどうだろうか。グランツは相変わらず、表情が読めないし、リースは何に対して怒っているのだろうか。




(わかんない……私たちのこと、疑ってるのかもしれないし……)




 そうだったらいやだな、と思うけれど、それを口にすることはできなかった。

 でも、疑われるようなことをしているのも確かだった。そういうところには、厳格で、硬くて、しっかりしているリースのことだから、きっと怒るだろうなとなんとなく思っていた。ごくりとつばを飲み込んで、黄金の彼の言葉を待てば、彼へあ、なぜか言いにくそうに視線を泳がした後、私の方にスッと顔を向けた。その端正な顔立ちにドキリとするけれど、私はつい、ふと、彼の頭上に目が行ってしまった。

 好感度は変わっていない。0%を絶えず表示し続けていて、彼の好感度はこれからも上がらないんじゃないかっていう不安にかられる。もしそうだったら、とか、そうだったとしたら、とか。エトワール・ヴィアラッテアを前に、私は何もできないかもしれないと、そう思ってしまうのだ。エトワール・ヴィアラッテアの美しさは知っている。でも、リースがただ美しいだけでものを、人を選ぶ人じゃないことも知っている。だからこその不安というか、確証のない恐怖というか。

 抱いても仕方がないと思っていて、選ぶのは彼で、まだ選ばれないとは決まったわけじゃないのに、敗北を認めている時点で、私のもとにリースは戻ってこないんじゃないかと。




「殿下?」

「……ーす、でいいといっているのに」

「で、殿下。それで何でしょうか。私たちは、ただ、調査を」

「それは、こちらが行うべきはずのことだった。なぜ、貴様らがここにいるのか、問い詰めたいところだが、おおよそ予想はついている」




と、リースはいうと、次にアルベドの方に視線をうつした。


 さすがリース。けれど、一緒に実行した私も同類だろうとは思った。アルベドが言い出しっぺかもしれないと、情報を知っているのはアルベドだったのだろうと。でも、なんというか、私の方も気になっているようで、リースの表情が読めなかった。




「アルベド・レイ。貴様か」

「何が貴様かなんだよ、皇太子殿下」

「……ステラを巻き込んだのは」

「はあ?」




 飛び出したのは、私も、アルベドも予想しない言葉であり、ちょっと! とヒステリックな声が後ろから飛ぶ。さすがの私も、えっ、と口にしてしまいそうになり、思わず口を手で覆った。




(今、リースが私の心配をした?)




 心配というにはほど遠いが、私を巻き込んだ、というのはどんな脈絡から出てくる言葉なのだろうか。何かあってそういっているのは分かっても、なぜそういったのかまでは理解がたかった。最も、彼の考えていることなんて、いつも分からないのだが。

 ただ、洗脳されているというのに、記憶が封じ込められているというのに、彼は私のことを心配したと、そう見えて仕方がなかった。




「何で、巻き込んだって話になるんだよ。どこから……」

「ステラが、知るはずもない。情報網を持っている貴様が、ステラ嬢をそそのかしたのではと言っているんだ」

「なんたって、こんな危険な場所に連れてくるかよ。おかしいじゃねえか。それとも、俺を悪に仕立て上げようとしてんのか?」

「それで、どうなんだ」

「どうもこうもねえよ、勝手な推測で、俺を……」

「待って、アルベド」




 売り言葉に買い言葉になっている気がして、私は二人の間に割って入った。後ろに控えている騎士たちは、私たちの様子を見守っているばかりで何も言わない。当たり前といえば当たり前で、皇太子と、公爵子息の間に割って入れるような身分の人はいないだろう。

 それもまあいいとして、アルベドもさすがに何もしていないのに決めつけられて、悪い子としたみたいだって言われるのは気分が悪いと。そう言いたいらしい。その言い分も分かったので、私は、アルベドに食って掛かったリースを、その挑発に乗ったアルベドを止めるために間に入るしかなかったというか。

 私が、間に入ったことで、アルベドもリースも、二人の視線が私に集中する。なんで入ってきたと、二人になぜか睨まれる形になってしまい、私としても何でこうなったと心から叫びたかった。が、問題はそこじゃない。




「確かに情報は、アルベドから聞きました。でも、行きたいと言ったのは自分です」

「それが、唆されているといったんだが?」

「だから、なんでそうなるんですか。私が、自分の意志でそうしたいって思ったからここに来たんです。実際、辺境伯周辺でも、似たようなことが起こっていて、何かつかめないかと思ってきただけなのに、そんなふうに言われるのは心外です」

「だが、令嬢のすることじゃないだろう」

「だったら、聖女だったらいいんですか」




 思わず発してしまった言葉に、場が凍った。

 聖女を自ら名乗ることは許されないからだ。私の言葉からして、私が聖女だったらいいのかと、聞こえてしまったのだろう。黙っていた騎士たちの空気も悪くなって、しまったと思ったが、リースがスッと手を挙げたことで、騎士たちの気は一次的におさまった。

 令嬢らしくない、聖女らしくない。だったら、私はなんなんだ。

 何者でもなくていい。その答えを求めているわけでもない。




「聖女だったらという問題ではない。ただ、お前が……」

「な……に?」




 くっ、と何かをこらえるような表情をしたかと思えば、彼は片手で顔を覆うと、自分の考えが正しいのか、正しくないのか吟味するように首を横に振った。分からないとでもいうような、それこそ、頭の中に浮かんだものがノイズで邪魔されているような。指の隙間から見えた顔は苦痛に歪んでいて、答えが欲しいのに、その答えが得られないとでもいうような顔をしていたのだ。

 好感度がちかちかと点滅し、白く光る。が、やはり、好感度の上昇も、南京錠が現れることもなかった。ただ光っているだけ、それが彼の心を表しているようにも思えた。




(辛い、辛そうなのに、何もできない……)




 もどかしさでいっぱいになる。前の世界のことも、思い出してと叫ぶこともできない。ただ、彼を、苦しむ彼を前にして、私は黙って彼が出した答えを聞くために立っているしかないのだ。




「ステラ」

「何、アルベド」

「らちあかねえぞ」




 アルベドはこそりと耳打ちした。わかってはいるけれど、何かできるわけじゃない。アルベドが、前の世界のことをいえないのは、不思議だが、彼も何か理由があって言えないのではないかと。私と同じ状況で?

 エトワール・ヴィアラッテアも苛立ち始め、リースの腕をつかむ。それを振り払う余裕もないのか、リースは、私たちの方を見た。

 そうして、分からない、とルビーの瞳で訴えた後、ふいに私の身体がぎゅっと抱き寄せられた。視界の端に紅蓮がうつり、すぐに、誰に抱き寄せられたかなんてわかってしまった。




「どーでもいいけどよ。皇太子殿下。俺の好きな奴を困らせるような真似だけはしねえでくれねえか?たとえ、お前が皇族であっても、皇太子であっても……俺は、それだけは容赦しない。いらねえっていうなら、俺にくれよ」

 



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