246 慈善活動の一環
「……ステラ?」
(追いつくというか、ここに到着するのが早すぎる。どうなってるの?)
そこにいたのは紛れもないリースだった。リース様じゃなくて、本物のリースで。偽物ではないのは、グランツと、騎士、そしてエトワール・ヴィアラッテアを連れていたところからだろう。もしこれで、偽物だったと言われたら、今後何も信じられなくなるかもしれない。
(というのは、今どうでもいいのよ。私たちの勘が外れたってこと?)
想像の斜め上をいったわけでもなく、かといって、想像通りだったわけじゃない。てっきり、あの肉塊が強かったのは、ただの足止めで、弱い肉塊はエトワール・ヴィアラッテアがその聖女としての力を示すために倒したのではないかと、そう思っていたのに。
私たちの前にやってきた彼らは、疲れている様子もなく、今から討伐に向かいます、みたいな装いだったので、やはり違和感を覚えたのだ。まだだと、そう本当にいってきているかのように。
リースは私たちがなぜここにいるのか分からないといった様子でめをまるくさせ、何度か瞬きをしていたが、エトワール・ヴィアラッテアに腕を掴まれると、弾かれたように、いや、彼女に注意が引きつけられるように彼女の方を向いた。
「何でアンタたちがいるの?」
「……聖女エトワール・ヴィアラッテア様にご挨拶を」
「答えなさい」
「……」
挨拶もさせてもらえないなんて、どれだけ嫌われているのだろうか。笑えて来て仕方がないが、彼女の顔は笑っていなかった。そりゃ、自分が今から目立とうとしているのに、その活躍の場を奪われたのだから仕方がないだろう。そこは読み通りというか、彼女が肉塊の調査についていくのは、聖女だから、という仕方のない理由だけではなくて、もちろん、自分の力を示すためだ。そのために、自分が加担しているヘウンデウン教を利用して。
どこまでも悪女で、悪賢くて、そいういものしか、普段考えていないんだろうなって思ってしまう彼女に、嫌気がさしつつも、それを顔には出さまいと、私はにこりと笑う。
それが彼女の神経を逆なでする結果となり、「何をしていたの!」とヒステリックな声が飛ぶ。
「エトワール落ち着け。別に何もしていなかったかもしれないだろう」
「そんなわけないじゃない。そんなはずないわ!だって、見なさいよ。あの黒衣。何かやましいことがあるから、黒にもして、何かしていたに決まっているじゃない!」
そういうと、後ろの騎士たちは確かに、と頷いていた。彼らは、エトワール・ヴィアラッテアにとっては、自分を囃し立てるためのモブとしか思っていないのだろう。でも、実際生きていて、彼女を好きになるような洗脳がかけられている。それが軽度であっても、聖女の魔力は偉大であり、普通の、攻略キャラや、魔力を持っているような人間でなければ、ころっとかかってしまうような洗脳だと。全くたちが悪い。
(確かに、黒きてたら、そりゃ、なんか怪しまれますけどね!?)
彼らと鉢合わせないようにとも思っていたので、黒のまま、この場に来てしまったこと、鉢合わせてしまったことは、マイナスだっただろう。黒から連想されるものなんて、あまりいいものではないのだから。
少し勝ち誇った表情を浮かべた彼女が憎たらしかった。自分が正解だと言わんばかりの、正しいと言わんばかりのその顔が。
リースも、一理あるかもしれない、という顔をしており、エトワール・ヴィアラッテアよりの考えだった。まあ、リースの場合、なぜここに私たちがいるか、黒い服を着て、というよりもだと思うのだが、如何せん、ここに何かがいるという情報は、秘密裏に伝わっていたものなのかもしれないと。
(あの時は調査だって、勝手についてきたけれど、思えば、皇太子もついてくる調査のこと、周りに言いふらしたりしないんだよね……)
自分から墓穴を掘りに行くようなこと。
このまま私たちが怪しいということになれば、わたしだけではなく、アルベドも、そして、フィーバス卿も巻き添えを食うだろう。反逆罪、とかも、最悪考えられるし。
そこまで考えが及んでいなかったのは私の落ち度でもある。アルベドは分かっていたのだろうがあえて言わなかったのだろう。そこまで、深く気にする必要はないと。丸め込めると思っていたんじゃないだろうか。
「それで、ここで何をしていたか言いなさい。返答次第ではアンタたちの首が飛ぶことになるわよ」
「……」
何か言わなければ、思うつぼだ。言ったところでそれは変わらないも知れないが、弁明の余地がなくなるのが一番困る話だった。私が意を決して口を開こうとすれば、サッと、アルベドが私の前に立って、ここは俺が、とでも言わんばかりにエトワール・ヴィアラッテアと対峙した。
彼女も、アルベドが前に出てくるとは思っていなかったようで、少したじろいでいる。自分の洗脳が効かなかった相手だもの。警戒するに決まっているのだ。
エトワール・ヴィアラッテアの警戒を読み取ったリースは、アルベドを睨みつけるが、今回アルベドは、リースを全く相手にしていなかった。
「俺たちがここで何をしていたかって?そりゃあ、調査だよな、ステラ」
「調査?」
「ああ、妙な噂を聞いたからな。聖女様たちも、その妙な噂をたどってここまで来たんだろ?聖女様たちだけが知っている情報じゃない。公にされていないだけで、その情報は出回っている」
「何で、公爵家のアンタがそれを行う必要があるわけよ」
と、エトワール・ヴィアラッテアはもっともらしい言葉をかければ、アルベドは肩をすくめた。
エトワール・ヴィアラッテアは、分かっているのか、分かっていないのか。アルベドが情報通であることを。確かに、皇太子や、聖女しか知らない情報を知っているとおかしいし、どこかから洩れたんじゃないかって思うのは普通だろう。でも、アルベドだからとリースは何も言わなかった。わかり切っているようなことだったから。エトワール・ヴィアラッテアはそこを追求したいらしいが、甘いと思ってしまった。それは、アルベドにとって、よくあることだから。
「公爵家だからって、それは理由にならねえ。俺が、気になったことがあれば、それは気にするべきことだ。だから調べた。だからここに来た」
「じゃあ、何でそっちの女もつれてきたのよ。関係ないでしょ」
「ステラがきたいって言ったんだよ。慈善活動をしたいんだとよ。災厄で苦しんでいる人がいれば、それを助けたいって、いい心がけじゃねえか」
「……くっ」
挑発的な言葉。
聖女である自分と同じことをしていると、そう突っ込みを入れたいのだろうが、災厄で苦しんでいる日は同じであり、人員が欲しいのだ。令嬢だから関係ない、というのもごもっともな話であるが、わたしが力を持っていると知っている人からしてみれば、フィーバス卿の代わりにと思わないでもないのかもしれない。
実際、洗脳されている人たちが、どこまでそれを思って、考えているかなんてわからないけれど。
「だったとしても、勝手に調査して、それを国に報告しないのであるなら、疑われても仕方がないんじゃないの!?それに、紛らわしい服を着て……まるで、アンタたち、悪者みたいよ。ああ、もしかして、ヘウンデウン教とつながっているのかしら」
ふふふふ、とエトワール・ヴィアラッテアはやらしく笑うけど、彼女の行動を止めたのはリースだった。やめろ、とただ一言言ってアルベドが私を庇ったみたいに、前に立ちふさがると、ルビーの瞳を鋭くさせて、わたしたちの方を睨みつけた。




