244 犬嫌い
「ルーチャット。あれ?知らない?私の飼い犬」
「知らねえよ。いや、忘れてるだけだな……そーいや、そんな奴いたような……って、そうじゃねえし。何でそいつが、こんなところにいるんだよ!?」
「食べられた……とか?」
「んなあほか!?」
アルベドのアホっぽい声初めて聴いたなあーなんてこちらもきょとんとした顔で見つめていれば、ぜーはーと、なぜか疲れたように息を切らしたアルベドが、ルーチャットの方を見た。さすがに、私の犬だし、むげには扱わらないよねえーと、少し引きつった顔で見ていれば、アルベドはむすっとした表情でルーチャットを睨みつけた。
「こんな、毛玉に何ができるっていうんだよ」
「グウゥウウウ、ワウッ!」
「おい、こいつ吠えたぞ」
「いや、吠えるでしょ。犬だから……」
犬とそんなふうににらみ合っても、理解してもらえないでしょ、と、何で彼がいきなりルーチャットに噛みついたのよくわからなかった。敵というように見ているわけでもないだろうし。だからといって、いきなり現れたルーチャットの存在を無視できるほど、アルベドも余裕はないだろう。
私も、未だに何でルーチャットがいきなり現れて助けてくれたのか分からなかった。でも、確かに、リースがあの場にいて、でも、存在としては不安定な感じでそこに存在していて。
(いや、ごっちゃになってる。私自身も、言語化能力低くなってるのかも)
疲れたせいもあって、思考がまとまらなかった。
まとめれば、偽物リースに突き落とされそうになった時、本物のリース様が助けに来てくれて、偽物を一掃してくれて。それで、気づいたらルーチャットが腕の中にいたと。
(いや、意味わかんなくない!?さすがに、意味わかんないよね!?)
これを、このままアルベドに伝えたところで、彼もちんぷんかんぷんになってしまうに違いない。私よりも、理解力があるとはいえ、さすがに混乱してしまう内容だろう。というか、本物のリース様という時点で、じゃあ今のリースは偽物なのかとか言われかねないし。
(言わない方がいいとかないよね?)
情報は共有しておきたいのだが、それにしても、こればかりは……
と、私が思いながらルーチャットを抱きかかえていれば、終始、ルーチャットはアルベドに噛みつくように吠えていた。よく吠えるなあ、とか、久しぶりにルーチャットが元気そうにしている姿を見ていたら、なんだかほっこりしてしまった。アルベドからしたら鬱陶しいことこの上ないみたいだったが、なんか似た者同士……
「似た者同士?」
「はあ!?俺がこの毛玉とか!?冗談じゃねえ!?」
「あれ、もしかして、アルベドって、犬嫌い?」
「いや、別に、そういうのじゃねえけどさ……うるせえのは嫌いかもな。あと、追われたことがあるし」
と、ごにょごにょという物だから、私は、はは~ん、さては嫌いだな、なんて思いながらも、でも、アルベドのことだし、他の理由がありそうと突っ込まないようにした。こういう時に、心の声を聞けばいいのだが、それはなんだかカンニングになる気がしてやめた。
「ルーチャットも吠えないの。アルベドが気に食わなくてもダメ」
「いや、止めろよ。気に食わないって、決めつけんなって」
「でも、嫌いでしょ?」
「嫌いというか苦手なんだよ。こいつらって鼻がいいだろ?追われたら面倒なんだよ」
「ああ、暗殺者としての……なるほど」
「納得すんな!」
少し気が参っていたこともあって、こんな些細なやり取りでもクスリと笑えて来てしまった。もしかして、そのためにルーチャットは? と思ったけれど、まだ吠えているし、唸っているし、よっぽどアルベドのことが嫌いみたい。
(そういえば、本物のリース様とアルベドって正反対で、全く合わないって……)
まさかね、と思ったけれど、それを確かめるすべはやはりない。それに、もしそうだったとしたら、この世界に……
「まあ、どーでもいいけど、その毛玉のことは。お前が戻ってきてくれたことは、すっげえ安心してる」
「ありがとう。ルーチャットが助けてくれたんだよ。ああ、でも、あの後どうなったの?」
「こっちも、現状聞いておきたいんだが。何があった?」
と、互いに聞きたいことが多くて、言葉が重なった。
私は沼に足をとられて引っ張られるような形で、下へ落ちたこと。したというか、奈落というか。この場合、どういう説明の仕方があっているか分からなかったけれど、そこで偽物のリースに誘惑のようなあきらめを強要されて、それでも、何とかルーチャットが助けてくれて這い上がってきたことを伝えた。もちろん、本物のリース様が助けてくれたことは言わなかった。私が見せた幻だったら、ということもあるし、私にとってのリースは遥輝しか今はあり得ないから。
アルベドは、にわかには信じられない話だが、としたうえで、自分はどうしていたのか教えてくれた。
アルベドはあの後、エトワール・ヴィアラッテアの形をとった無数の陰に襲われて何とか倒しきったのだが、私の場所を見失ってしまい、叫びながら、その場を走っていたとか。だからまだ、核は見つかってないらしく、核よりも私を見つけるのが優先だと探してくれていたらしい。その言葉だけでも温かくなったのが、核が見つからないのは妙というか、それを見つけなければ、ここから脱出できないのだから困った話なのだ。
「現状は分かった。探しに行こう」
「いいのか。お前、凄くフラフラしてるが?」
「でも、仕方ないじゃん。見つけないとここから出られないし、どっちかって言ったら、私の光魔法の方が効くじゃん……だから、仕方がないっていうか。仕方がないっていうかじゃなくて、私がいなきゃどうしようもないでしょ?」
「無理すんなよ」
「無理でも行くしかない!」
心配してくれるのは嬉しかったけれど、それでも、身体を動かさないことにはどうしようもないと思った。解決方法が分かっている時点で、その解決方法をあきらめるなんてことはできなかったというか、自分を鼓舞してでも、立ち上がらなければ、と一歩踏み出せば、足がよろけて、倒れそうになる。そこを、アルベドが支えてくれて、難を逃れたわけだが、まだ立ち眩みというか、めまいがした。
(下にいすぎたせいかも……肉塊の中って、混沌とつながっているとか言ってたんだよね)
じゃあ、ファウダーに助けてもらえばよくない? とか思っちゃったけれど、彼の権能は奪われたとも言っていた。それが、人に干渉するものなのかは定かではないけれど……頼ることはできないだろう。
「ありがとう。アルベド……ごめん」
「ありがとうだけでいいだろ。ごめんは聞きたくねえ」
「ありがとう」
「おう」
心配そうな声が上から降ってきて、申し訳なさでいっぱいになるが、それを顔に出してしまったら、さらに心配されると、私は気を持ち直す。
まだ大丈夫。出来る、できると自分に言い聞かせることで、何とか地に足をつけることが出来た。
いろいろと気になるところはあるし、この肉塊がどのように強くなったのかも……それはもう、エトワール・ヴィアラッテアを捕まえて聞くしかないと思った。ラヴァインがかかわっていないことを願うしかないけれど……
(でも、ベルも関わってるし、あいつ、面白い事好きだから……もー)
「行けるか?ステラ」
「誰に言ってるの。やるに決まってんじゃん!早くここでたいし、温かいベッドで眠りたい!」
「何だそりゃ。まあ、そうだな。そりゃ、いいご褒美になるだろうな」
「でしょ?」
「だな」
顔を見合わせて笑う。
そうして私たちは、一寸先も見えない闇の中を駆けだした。




