238 悪魔の娯楽
(奪う、誘拐、調教!?ちょっと、あまりにも言葉が過ぎるんじゃない!?)
恥ずかしいような、恐ろしいような。もう、そこら辺のよく感じる感情で整理がつかないものをお出しされ、頭は追いついて、追い越して、一周回ってパンクしかけていた。
いや、いった意味は分かるのだがそれにしても――
「しょ、正気?」
「正気っすよ。てか、俺が狂ったことないっすよね?」
「た、確かに……」
悪魔だから、そもそも正気が正気じゃないかもしれないというのはなんとなくわかるんだけど、それにしても、いうことがいつも恐ろしいというか。
(ううん、そうじゃなくても、なんだろう……わざと悪意ある言い方にしてきているのが腹立つ)
「それは、私を犯罪者に仕立て上げたいってこと?」
「えーなんでそうなるんすか」
「だって、誘拐って言ったよね?聖女を誘拐して、犯罪者にならない方がおかしいでしょ」
「そっか」
「そっかじゃないって!もう、やばいことしか言ってない。いったん落ち着いて……」
「でも、それが一番じゃないっすか?」
と、悪魔は私に真剣に問いかけてくる。
そんなに妹が大事ならば囲えと、私に言い聞かせてくるのだ。
もちろん、そんなことしたら大罪であり、周りの人に迷惑をかけるどころの騒ぎじゃなくなってしまう。それに、もっといい方法があるんじゃないだろうかって思ったときの挽回の仕方が分からなくなる。けど、問題はそこじゃなくて倫理的に、道徳的に……悪魔に道徳を解いても仕方ない、と割り切ったうえで、ベルを再び見れば、相変わらず、真意の読めない顔でこちらを見てくるのでたちが悪かった。
「一番って、他に方法は?」
「ステラちゃん、あんまり危機感ないんすか?妹がとられるかもしれないって恐怖は?」
「と、とられるって……彼女はトワイライトのことそんなに好きじゃないと思うけれど……」
「でも、彼女がいたら、あの偽物ちゃんにとっては動きづらいわけじゃないっすか。それに、あの黄金の彼も、洗脳されているとはいえ、妹ちゃんを生贄にしようとしている」
「……」
「なら、消耗品として使われちゃう前に、自分のものにしちゃえばいいってそういう話っすよ」
「そんなことできない。それこそ、ものみたいなふうに扱うことはできない」
私の大切な妹だから、奪う、奪われるとかそういう次元で話したくないのだ。
ベルがこの世界の住民であって、この世界が乙女ゲームと気づいていないうえでのその発言は恐ろしいなと思ってしまった。まあ、悪魔だし、というのが語尾につくくらいには、彼のことを半分信頼していないのだが、けれど、そんなことをして果たしてトワイライトが前みたいに、お姉様、何て読んでくれるだろうか。誘拐犯として、私のことを嫌うかもしれない。そうなったら、私は生きていけないだろうな、とも思ってしまうのだ。
(勇気がないって言われたら、それまでなんだけど……)
優柔不断なところと、変なところで勇気がないところ。どうしたいって、どうかしたいっていう思いはあっても、それを実行できないところが自分の悪いところだ。
日が沈み、影が伸びていく夕暮れ時。短い髪の毛がさらさらと揺れて、彼の藤色が移る。
悪魔の手を取りたくない。その声に耳を傾けてしまったら最後だという自制心がある。けれど、そうしなければならないほど、私だって危うくて、もう取り返しのつかないところまで来ていると。
「奪ったとして、どうするの。嫌われたら元も子も……」
「考えてみてっすよ。彼女だって、記憶が封印された状態でこの世界に来るわけっすよね。じゃあ、その記憶を取り戻させればいいんじゃないっすか」
「簡単にいうけどね……」
「簡単じゃなくても、それをやってのけるのがステラちゃんっすよ。ファイト!」
と、他人ごとのように言うもんだから、結局こいつはこの状況を楽しみたいだけなんだと思ってしまう。はなから手伝う気はないと。
まあ、予想はできていたけれど。
(でも誘拐って!)
辺境伯令嬢がやっていいことではないというか、誰もやってはいけないことだろう。
言い方を変えたとしても、それが誘拐だと指を刺されれば、誘拐なわけで。
「うーん」
「まあ、たくさん悩んで考えればいいっすよ。でも、時間はないと思った方がいいっすね」
「てか、思ったんだけどアンタは、今どの立ち位置なのよ」
「えー俺っすか。俺は、ヘウンデウン教の幹部」
ほほに指をツンとあて、彼はにこりと笑う。あざと可愛いを演出しているのだろうが恐怖でしかない。
だって、この肉塊のことも知っているし、何だったら関与しているのだから。なのに、そんなふうに言われて、おこらないわけがなかった。
「幹部って……アンタ抜けるとかは考えないの?」
「あの紅蓮の弟だけに任せておいていいんすか?俺の情報もあった方が、ステラちゃんてきにはいいと思うんすけど」
「だったとしても……アンタは」
「ああ、俺に良心なんてもの存在しないんで。抜けたいなあーとかは全然ないっすね。むしろ、楽しい方がいい。楽しければなんでもいいんすよ」
「この悪魔……」
「悪魔っすから」
と、お決まりのセリフを吐いた後、ベルはにやりと口角を上げた。
まあ、ベルは好き勝手やっているのだから、私が口を出す必要なんてないのだろう。それに、彼が快くしていないと、私はきっと彼に手を家裁てもらえない。実際、手を貸してもらっている感覚はないのだが、彼の助言は助かるものがある。
「そう、悪魔だもんね。でも、誘拐なんて言う方法をとらなくてもいいように考える……かといって、今すぐに何かが出来るわけじゃないんだけど」
頭を柔軟にして解決できる問題でもないのだろう。
ただし、もう時間がないこと。そして、リースたちが調査に向かったことも後からベルに聞かされた。やはりこれは、足止めの意味での攻撃だったのだろう。もし、本気で辺境伯領を占領したいと考えるのなら、きっとこんなものでは済まされない。けれど、大きく動けば動くほど、その隙を狙われるからエトワール・ヴィアラッテアも大胆には動けないと。
(だからといって、こっちも大胆に動けるわけじゃないから、同じような感じなんだよね……)
お互いに、相手の行動を抑止しあって、冷戦状態になっている。その冷戦から抜け出した方が勝利を掴むというのは言うまでもない。
(……また先手を打たないと)
これまで、かかわりを避けていたのだが、彼女と関わってみて、弱みや、できないことが明確化してきた気がする。まあ、彼女と関わればかかわるほどリースとのイチャイチャを見せつけられるわけだが、そればかりに気をとられていてはいけないとは思っている。もちろん、見たくないというのが本音ではあるが、けれど――
「まあ、これからどうするかはステラちゃんが決めればいいっすよ。俺は、それが面白ければ手を貸すし、そうでなければ傍観って感じっすかね」
「ほんと気分屋で嫌になる」
「褒め言葉っす……でも、ステラちゃんは面白いから、飽きないんすよね。見てて……だから、また手を貸しちゃおっかなあとは思ってるっすよ」
「そ、それはありがとうだけど。対価は何もないから」
「面白いっていうのが対価じゃないっすか?これからどうするか、それを見せてほしいっす。俺に。それで証明してくださいっすよ。ステラちゃんを面白いって思った俺の感情が、目が、間違っていなかったて」
「……」
それは、と言いかけたけれど、私は言葉を飲み込んだ。
何も言わない方がいい。言わなかったところで、バレているのだから。
彼の目から私は視線をそらしつつ、沈んでしまった夕陽を見て息を吐いた。




