237 奪えばいい
あり得ない話ではなかった。
むしろありえすぎて、その線を考えてなかった自分があほらしく思えた。
「それって、その、トワイライトを召喚することに、エトワール・ヴィアラッテアが賛成したってこと……でいいの?」
「もともと、それは運命的に決まってたことっすからね。それをどう処理しようか考えた結果、そうなったんじゃないっすか?」
「もっと簡単に言って」
「分かってるくせに~」
と、彼はニマニマとこの状況を楽しんでいるように思えた。
私が苦しみ、悩んでいるこの状況を彼は楽しんでいるのだ。根っからの悪魔だ、と思いながらも、それは困るなと思った。
(でも、実際……前の世界線でもトワイライトが闇落ちした……けど、今回は闇落ちする理由がないのに、闇落ち?)
そんなことできるのだろうか。
それとも、それも洗脳で彼女を悪に仕立て上げるつもりなのだろうか。エトワール・ヴィアラッテアの洗脳は万能なわけではない。そして、彼女はかなり疲弊しているようで、魔力量も前よりはなくなっている。けれど、魔法の威力は高いため、たぶん感情によって魔力を膨らませているんだと思う。
(でもそのせいで、闇落ちしたっていうか、闇魔法の威力というか適性が上がっているのよね……)
深淵を覗いたような、深淵まで落ちてしまったような感じすらする。けれど、それほどになっても、彼女は愛を求めているのだから仕方がない。私の声なんて届かないし、彼女は自分の思い通りにならなかったら癇癪を起すから何か言っていられない。
(そのせいで、リースが傷ついちゃったし、私も悪いよね……)
彼女のことを100%理解しろなんて自分に言い聞かせられない。わかっていても、こちらも思いがあるから対立するわけだし、何もないのなら、もうすでにことは収まっていてもおかしくない――とそんな簡単にいくわけも行かず、彼女はまたも私の大切な人たちを傷つけようとしているのだ。
(許せるはずがないじゃん……)
「それで、その情報を私に伝えて何がしたいの?それをアンタが回避できるわけじゃないでしょうし、できたとしても、アンタは私に手を貸さないと思うんだけど?」
「そうっすね。基本放任主義何で。でも、ステラちゃんがどーしてもっていうんだったら、助けてあげないこともないっすよ?」
「対価が必要だと思うから無理。私には今払えるものがない」
「体――いった、痛いっす!」
「今言ったことが卑猥すぎて、つい手が出ちゃった。てか、私も痛いから、変なこと言わないで」
「じゃあ、手を出さなければいい話では?痛い、痛い、痛い!」
手をぎゅっと握って魔力を流し込んであげれば彼は面白いほどはねた。だが、私にもちゃんとダメージが入ってしまい、あまり使いたくない手ではあるなと思った。
(闇魔法と光魔法が反発するってことは、私たちの間に壁があるってことなんだよね……)
「はあ……」
「何ため息ついてるんすか。てか、ほんと痛いっす」
「でも、治癒したらまたいたくなるんじゃない?」
「けど、ステラちゃん、一回、あの赤髪の傷治したことあるっすよね?」
「え?」
「ほら、めっちゃ前」
と、ベルは手を広げてよくわからないジェスチャーで教えてきた。
そういえば、アルベドが暗殺者に追われていて傷を負っていた時、確かに治した記憶が……
(え、でもなんで?)
普通は反発するはずなのに、あの時は反発しつつも彼の傷を治せてしまった。あの時は、聖女だからというどこから持ってきたか分からない根拠を武器に治したが、よくよく考えたらそれはおかしなことなのだ。
「おかしくない?」
「いや、言われてもっすね」
「ほんとに何も知らないの?」
「知らないっすね」
「……」
「…………さあ」
ベルは、本当に分からにと首を横に振った。でもそのしぐさが嘘くさくて、睨みつけてしまうけれど、これ以上話してくれる様子もないので私はあきらめた。
(思えば変な話なんだよね……)
あの時すでに信頼関係が出来上がっていたかと言われたら違うし、かといって何もないわけでもなかった。荒療治と言えば荒療治で、私も痛かった。
でももし、痛みの先に拒絶心を取り除く何かがあるのなら。いうなれば、海の底には私たちの白井文明があるみたいなそんな感覚があるのかもしれない。
アルベドと私の魔力がぶつかり合ってでも溶けあったように、誰しもが反発せずに魔法を繰り出すことが出来るんじゃないかという可能性。これは、アルベドが理想とするものに近づく一つの手掛かり難じゃないかと。
(でも、それを研究している暇もないし……痛いの嫌だし……)
痛みの先にあるもの。痛みを伴わなければならないもの。そんなリスクを冒してまでも立証する価値という物を私はもっと真剣に見つめなければならない。アルベドのためとはいえ、一歩間違えれば、互いに命を落としかねないし、アルベドとグランツがやったら絶対に反発しあうわけで。ある程度の信頼関係も必要で。
「ああ、もうアンタ余計なこと言った!」
「余計なことっすか?」
「余計じゃないけど……でもでもでも!」
このタイミングでいう必要はなかった。いや、聞き出すきっかけを作ったのは私かもしれないけれど!
「とりあえずこの話は他言無用で!保留!何かわかったらいってほしさもあるけれど、今はちょっと待って」
「じゃあ、いつならいいんすか」
「いつか!」
「はーい」
なんて、返事だけはよくて困ってしまう。どうせ、面白いことが置きそうとでも思っているんだろうが、私は全く面白くもなければ楽しくもない。
光魔法と闇魔法というのは、世界の均衡を保つための装置の一つとしか思っていなかったけれど、私たちが知らないだけで、もっと秘密があるのではないかとも思ってしまう。ベルがそれについて知っているかどうかは別としても。いや、知らないからこそ、知りたいから私にやってみないかと誘いをかけてきているのだろう。全く酷い男だと思う。
(悪魔に性別があるのか知らないけれど……)
でも、身体の性別に乗っ取られるなら、今のベルは男という体裁を保っているのかもしれない。
話がそれたな、と思いながらもトワイライトの情報というのは大きかった。
「それで、どうすればいいのよ。トワイライトを……というか、このままじゃ、エトワール・ヴィアラッテアにいじめられるかもしれないし」
「だったら、奪えばいいんじゃないっすか?」
「は?」
どうすればいいか、それは私だけでは考えられない抱えきれない問題であった。
ベルに相談していい解決策が得られるとは思っていないが、それでも何かしら答えてほしいなとは思った――が、耳を疑うような言葉が返ってきたので、思わずどすの利いたような声でベルの方を見てしまった。睨んでしまったかもしれないが、それは問題じゃない。
彼は、にこにこと笑いながら私の方を見ていて、どう? とでもいうように、答えを待っているようだった。まあ、一言でいえば狂っていると言えばいいか。いや、この場合正しいのかもしれないが、私は要領を得ない、自分の想像を超えてきたそれに対して、どう答えるのか正解か、分からなかった。
彼の考えていることなんて、これまで一回も分かったことがないくせに、さも分かるような口ぶりはやめたほうがいいのはわかるけれど。
「な、なんて?」
「だから、奪えばいいじゃないっすか。召喚されて、あの偽物ちゃんに洗脳されて、調教されるくらいなら……初めから奪えばいい。ようは、誘拐すればいいってことっすね」
と、彼はそれが正解だ、というように、でも確実に悪意を持った瞳で私を見ると、無害そうな笑みを向けてきた。それが私には悪魔の笑みにしか見えなかった。




