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232 聖女としての立場、足場




「すまない、服を――」

「じっとしていて」

「ステラ?」




 服が、何て言ってくれるところ、なんかリースっぽくない、なんて思いながらも、私のことが好きでもない彼が気が付くところといえばそれくらいなのだろう。まあ、そんなことはどうでもよくて、私は彼の腕に治癒魔法をかける。これくらい、身体が聖女なのだから簡単にできる。




(そうだった。聖女――だけど、エトワール・ヴィアラッテアは今、闇魔法なんだよね)




 だから、治癒したくてもできないのだ。好感度を上げたいといっても、彼女の魔法属性が闇魔法のせいで、リースを治癒したら、光魔法と闇魔法の反発で傷つけてしまう。傷つけてしまうという感情や可能性を、彼女が考慮しているとは思わないが、ただ、闇魔法を使う、なんてことを知られたらまずいのは彼女だってわかっているだろう。それがバレれば、どれほど洗脳が深くなっていても、夢から覚めてしまうと。だから、こちらのことを忌々しそうに見ていた。




(ああ、だから、遠ざけようとしたというか、なんというか)




 私を傷つけるのは仕方がない。でも、リースを傷つけてしまったら自分では治癒が出来ない。彼女にとって最悪なシチュエーションだったというわけだ。




(こっちに、ちょっとだけ運が巡ってきたってことかな)




 これくらいでも、感謝しなければ。

 エトワール・ヴィアラッテアが何もできない状況――私が、リースに何かすることで好感度が上がるかも、と思ったが、現実問題そう簡単にはいかなかった。




(好感度上がらないし……)




 まあ、こっちが勝手に治癒したくてしているだけ、と思われているのなら全くその通りなので、何も言えない。しかし、好感度を上げるために治癒をしているわけではないということをしっかりと頭に入れているため、好感度がついでに上がればいい程度に思っていたので、そこまで落胆することはなかった。

 徐々に彼の腕の傷がいえていき、赤いしみまでも消えれば、すっかりと彼の腕は元通りになった。さけた部分があるが、そこまでは治癒――に含まれないため、やれた部分は仕方がない。




「……ステラ、嬢」

「これでもう大丈夫だと思います。ありがとうございました。庇ってくれて」

「いや……こちらこそ、治癒まで」



 そういって、リースはちらりとエトワール・ヴィアラッテアの方を見た。彼女は分かりやすくビクンと肩を上下に震わせ、おずっとしたような表情でリースを見つめていた。リースもやはり気になってしまったのだろう。自分を治してくれなかったことに。

 リースは、治してくれないと思っているが、実際は治したくても、治せないというのが正解である。それがバレてしまえば、ほころびが生まれることを誰よりも彼女は理解しているから。



「お前は、優しんだな」

「え?あ、いや。普通怪我している人がいたら治すものじゃないかなあって。というか、皇太子が怪我してるんですよ!?なおさないわけがないじゃないですか。それに、自分のせいで傷ついてしまった人がいて無視するなんて私には到底できないので」

「……ステラ嬢は」

「す、ステラでいいです。てか、さっき堅苦しいのは嫌って言ったのはリースでは!?」

「ステラは……優しいし、温かいな」




と、リースは迷った末の言葉、というように口からひねり出して、ポツンと落とすように言葉を吐くと自分の両手を見て感覚を確認するように何度もぐーぱーと繰り返した。


 優しい、というのは分かっても、温かい、の意味が分からず、私は彼の言葉を待つしかなかった。けれど、自分がいった言葉すらも忘れたように、リースは、感謝する、といって、エトワール・ヴィアラッテアの方を見た。それもまた、洗脳によるものなのだろうか。他の人の思考が、他の人のことを考えるための思考が遮断されているというかなんというか。仕方ないとはわかっていても、少しだけ興味を示してくれたのなら、もっと、とねだってしまう。

 離れていく彼に手を伸ばしながらも、私はそれをひっこめた。こうやって、地道に積んでいっても気にも留められないことがあるのだと。




「エトワール」

「な、なに?リース」

「帰ったら何があったか教えてくれ。双方思うことがあって、もめてしまったのだろうが……お前が罪を犯す必要はない。聖女だからと言って、その足場がしっかりしているわけではないからな」

「……」




 そういったリースの言葉を私は聞き逃すことが出来なかった。




(足場がしっかりしていない?聖女なのに?)




 エトワール・ヴィアラッテアは、誰にも認められた聖女だと思っていた。だが、それが違うのなら、もう一人の聖女、本物のヒロインであるトワイライトが召喚される可能性だってあるわけだ。でも、エトワール・ヴィアラッテアが、なぜ? という疑問は晴れない。

 だから、リースが過保護になっていたのか、とも思ったし、もしかしたら、トワイライトの召喚は決められていたものだったのかもと。




(物語の強制性といったらいいのかな……エトワール・ヴィアラッテアもそれは注意していたところだろうし)




 はっきりとなぜ、というのは分からなかったが、エトワール・ヴィアラッテアの表情を見て、これは確定事項なのだとわかってしまった。

 彼女も、トワイライトのことを警戒していると。かつての私のように。




(でも、ヒロインをつぶすよりも先に、私をつぶすことを優先したから、てっきり、トワイライトはとるに足りない存在だと思っている……と思っていたんだけど)




 見当違いだっただろうか。

 悪役だから、ヒロインの熱に焦がされるみたいな。手に入り得ないものを、自分が持っていないものを欲しがるみたいなそんなものなのではないだろうかと。私も実際そうだった。でも、彼女が妹だと知ってからは――といっても、それは、世界を救った後の話だけど、トワイライトと仲良くできるようになった。本当の姉妹になれた。




「殿下、どういうことですか」

「どういうこととはなんだ」

「聖女様の足場が、という話です。聖女様は、聖女様でしょ?」




 私の言い方に、エトワール・ヴィアラッテアは眉間にしわを寄せたが、そんなことに気づく様子もないリースは、私の方に体を向ける。全く、好感度は上がっていないのに、彼の人の好さなのか、話はしっかりと聞いてくれるらしい。ちょっとたちが悪いのは目をつむるとして、これを答えてくれるのはかなり大きかった。




「災厄が、過去に見ないほど大きな力で広がっている。聖女は本来一人の召喚だが、エトワールだけでは荷が重いと、もう一人聖女を召喚しようという話になっているのだ」

「……でも、そんなことできるの?」

「分からない。俺は、そう聞いているだけで、実際どのような仕組みになっているかは分からないからな」




 まあそうか、と私は、彼が本物のリースでないことを知っているから納得できた。聖女召喚、災厄、混沌……この世界のルールをすべてわかっている人などいないだろう。リースが知らなくて当然だし、聖女が二人、なんていうイレギュラーも、乙女ゲームの都合みたいなふうで湧いてきたようなものなのだ。だからこそ、二人聖女が召喚できるのか問題は、いったんおいて……




「エトワールに無理までして、戦ってほしくないからな。聖女は、災厄を退けた後消えるのだろう。だから」

「……だからといって、そのもう一人の聖女が消えてもいいなんて言う考えにはならないと思いますが。その聖女も、聖女としての役割を全うしようとしているだけ。そちらの聖女も、聖女としての役割を果たすべきだと思います。それが、聖女として召喚された意味では」




 盲目になっている恋人には悪いけれど、トワイライトが犠牲になっていい理由にはならない、と私はリースに向かって一歩前に出てそういい放った。

 



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