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230 愛されたいから




(――狂ってる……)




 改めて聞いた彼女の願いに、私は理解を示すことが出来なかった。

 予想通りではあったし、分かっていたことだったけれど、実際彼女の口からそれを聞いたとき嫌悪感を抱いてしまった。当然の望みなのに。愛されない悪役令嬢だけど、愛されたいって藻掻くその気持ちは間違っていないのに、恋人を奪われたからか、すべてを奪われたからか、私は許せないのか。

 なんでか分からない。けれど、彼女の演説に全く共感を持てなかった。




「世界を滅ぼすって……そのために、ヘウンデウン教と!?おかしいでしょ。アンタは聖女で、世界を救う役割を担っているっていうのに。自分のやってること間違ってるって何で分からないの!?」

「こっちこそ聞きたいわよ。何で戻ってきたの。戻ってこなければ、苦しむことがなかったって言っているのに。親切心が分からないのね」

「……話が分からないのはアンタの方よ…………何で闇魔法なの」




 もともとのストーリーでは、エトワール・ヴィアラッテアは闇に落ちて、闇魔法になって。初めから闇魔法の適性があったかとかは忘れてしまったが、とにかく、彼女が闇に落ちるのは分かり切っていたことだった。でも、私は光魔法の適性があって、闇落ちせずにここまで来ることが出来た。でも彼女はまだストーリー序盤であるというのに闇魔法を使っていて。




(どういうことなの?性格とか、適正とか……魂によって違うっていうの?)




 そんなところに引っかかっている場合ではない。そこは後からでも考えようが出来る。問題は、そうではなくて、ヘウンデウン教と手を組んでいる理由についてだ。




「アンタ……ファウダーから、混沌の権能を奪ったって本当?」

「あら、何でそんなことまで知っているのかしら。背後に誰がいるの?教えてほしいくらいね」

「教えて。何でアンタはそんな風になってるの?私の知らない、エトワール・ヴィアラッテアになってるの?」

「アンタが知ってるっていうのがよく分からないのだけど。まあでも、世界を撒き戻す際に手に入れた能力ってところかしら。便利よね。これがあるだけで、ヘウンデウン教を好きなように動かすことが出来るんだから」

「ヘウンデウン教が何をしているか知っているの?」

「知ってるに決まっているじゃない。嫌でも話が入ってくるのに。私は聖女。敵対する関係にあるのよ」

「じゃあ、何で敵対する関係のアンタが、ヘウンデウン教と手を組んでいるのよ!」




 普通は恨むべきだ。でも、憎しみ合うべきではない。けれど、ヘウンデウン教は話が通じない相手で、だから争うしかなくなるのだ。そうやって、押さえつけるしか、平和には近づかないと。

 エトワール・ヴィアラッテアはそれが悪いことではないようにふるまうので、私は彼女の思考を理解するのをあきらめた。何を言っても無駄だとは思っている。身体を返してくれるわけでもない。




「いいじゃない。私がどちらもの運命を握っているって。最高じゃない?」

「そんなことのために、犠牲者を出すっていうの?」

「いいのよ、良いのよ。気にする必要なんてないでしょう」

「アンタは人の命を!」

「じゃあ、肉塊を人の形に戻す方法があったら?」

「え?」




 落ち着いたトーンで、それでも私を見下したような口調で話すエトワール・ヴィアラッテアに私は一瞬思考が止まった。肉塊というのはヘウンデウン教が生み出した人工的な魔物だ。それも、人の犠牲の上に積みあがったモンスターともいえる存在。それが今何が関係あるというのだろうか。

 嫌な予感しかしずにエトワール・ヴィアラッテアを見れば、彼女は不気味に笑っていた。人の命さえ軽んじるような女だからこそできる表情といったらいいだろうか、すでに悪役の顔に仕上がった彼女は笑いをこらえきれないようにこちらを見ていた。なにも面白くもないのに、彼女は笑っているのだ。




「な、なに……」

「肉塊が人間の姿に戻れるって、戻る方法があるって知っていたら、アンタは殺さなかったでしょ?」

「すでに、人の犠牲の上に作られている魔物なんだから、人の形に戻るわけないじゃん!」

「さて、それはどうかしら。そうじゃなかった場合、アンタはただの人殺しになるわけだけど」

「……過程の話。そんなことあるわけがない、だって、アルベドが……」

「アンタに黙っているんじゃない?アンタが傷つかないために。やりそうじゃない。あの赤髪は」




と、エトワール・ヴィアラッテアはいうと、くすりと笑った。


 ハッと嫌な想像がまた頭に浮かぶ。もしそうだったら、私は本当に人を殺したことになるのではないかと。吐き気がこみあげてきた。それと同時に、何を信じればいいのか分からなくなる。頑固として持っていた意思が揺らぐようで、いい気分ではなかった。でも、これは災厄によって引き起こされる現象だとわかっていたからこそ、正気を保つ。負の感情を抱けば、それに集まるように、増幅するように何かが体内に入り込んでくるような感覚。それが、災厄の特徴だ。

 アルベドが――という話は一理あった。けれど、何体も倒してそれはないだろう。彼は、話してくれないことはあるけれど、今は前よりも頼ってくれるし話してくれるようになった。逆に話さないことこそが、私を傷つける行為だと彼は知っている。




「アルベドはそんなんじゃない。あれは、もう元には戻らないもの……死んだ人は元に戻らないんだよ。だから、アンタは……もっと命を尊く見るべきだと思う」

「説教?」

「……事実。アンタは何もわかってない。愛されたいなんて口だけで、本当は、今も孤独を感じているんじゃない?」

「何ですって?」




 その動揺が答えなんじゃないだろうか。

 洗脳して愛を得ているからこそ、彼女自身、それが本物の愛じゃないとわかっている。だから、満たされているつもりで、満たされていないのだ。それを自覚しているからこそ、彼女は辛いのではないだろうか。

 だって、洗脳をしただけで、彼女自身愛される努力などしていないのだから。

 エトワール・ヴィアラッテアは図星をつかれて、そして怒りに震えた。私に八つ当たりされてもと思ったが、そういう問題ではなく、ただ、自分の間違いを指摘されるのが嫌な子供のように燃えた。それがよりいっそかわいそうで、私はみるに堪えないな、と目をつむりたくなった。けれど、向き合わずにはいられない。




「体を返してって言える立場じゃないけれど、アンタのやり方が間違っているのは事実だから。だから、元の世界に戻して、こんなの絶対に間違っているから」

「――うるさい!」




 パシンと私の手を払って、エトワール・ヴィアラッテアは怒りに満ちた夕焼けの瞳を私に向けてきた。そこには怒りと憎しみ、殺意といった負の感情があふれ、彼女の影がゆらゆらとうごめく。まるで、感情に呼応しているようだった。

 やっぱり、話し合えるような相手じゃないのかもしれない。それを期待した私も私だけれど、それでも、同じ苦しみを味わった存在なら、と思ったのに。




「どうしてそこまでするの」

「だから、愛されたいからに決まってるでしょ!?アンタが愛されて、私が愛されない理由なんてない。こんなの間違ってる!」




 世界が間違っていると叫んだ彼女は、私をよりいっそ睨みつけると先ほどまで躊躇していた魔法を展開する。現れたのは、真っ黒なオレンジの花で、その花弁が私に向かって鋭い刃のように飛んできたのだ。とっさのことで、守ることもできず、ただ迫る花弁を見ていれば、危ない! と誰かが私を包み込むようにして抱きしめた。刹那、鮮血の花弁が散った。



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