229 愛されたいだけの孤独虫
(どれだけ自己中なの?どれだけ、愛を求めれば気が済むのよ。この女は)
こっちも怒りがわいてきた。というか、それしか湧いてこないくらいには最低なことをしている。最低なことをいっている自覚が彼女にあればいいが、ない……いやあって、自覚していっているならなおさら悪いと思う。
だが、この場合もうそんなことはどうだっていい。ただこの女が偽りの愛に溺れているところを、一人闇の底へ落ちていけばいいと思ってしまうのだ。
「……っ」
そんな風に、他人の不幸を望めば、ぞわりとした感覚が私の背中を駆け巡った。今まで感じたことのないような感覚に私は不快感を覚える。
(今の……何?)
足もとに伸びる陰から何かがかおを出したようなそんな気さえした。今のは気のせいじゃないだろうお。けれど、それも今は関係ない。
「別にお人形だなんて思ってないわ。愛してくれるためだけに存在している存在といったらいいかしら。私だけに愛を囁いて、一生私だけに溺れていてくれる……そんな存在なのよ。彼らは」
「だから、それがものとしてみてるって言ってるの!なんでわからないの!?」
彼女が、この世界が乙女ゲームの世界であると気付いているのならそれも分からないでもない。けれどそうでもないのに、そんなことをいっているのなら、それはあまりにも間違っているし、自分をどれだけ愛してうぬぼれているんだという話にもなる。きっと後者だ。だから私は許せないでいる。
「アンタウザいのよ。自分が愛されていたからって、私は愛されないようにって、そう望んでいるようにしか聞こえないんだけど……!?」
「やり方が間違ってるって言ってるの。アンタが愛されない存在じゃないわけじゃない。でも、アンタはやり方が……だって、洗脳魔法を使わなきゃ愛されないって、その時点ではき違えてるの!」
多分何を言っても無駄なのだろう。聞く気がないのだから話が通るはずもない。初めから会話など無理だったのだ。そして、正体がバレた時点でこちらもつんでいる。私が何をしようとしているかもバレてしまった以上、彼女も周りを固めるだろうから。
まずい状況になったのはこっちもだ、とエトワール・ヴィアラッテアを見れば、私の不安を読み取ったように彼女は口角を上げて笑った。
「そんなに、リースがとられたのが悔しいの?だから奪い返しに来たの?」
「……」
「図星よねえ。私が、リースと仲良くしているところを見て嫉妬しちゃったんだもんね。でも、無理よ。そう簡単に、彼にかけた洗脳魔法は解けやしないわ」
エトワール・ヴィアラッテアはそういうとくるりとその場を回った。銀色の髪の毛は星のようにきらめく。私の今の髪は、透明に近い白色で、銀色のような美しさはない。何の違いなのだろうか。魔力か、それとも、もともと持っている質なのか。けれど、私も同じ聖女の端くれ……ううん、初代聖女の身体なんだから、きっといいはずなのだ。
私も比べてしまう思考になっているのがいけないなと思いつつも、彼女があまりにも美しくその場を回るので見惚れてしまった。何もしていなくても美しいのに、やっていることが下種すぎてそちらに目がいかないのがかわいそうなところだと思う。
わかっているのだろうか。
「それでも、私は……私がつかんだ幸せを全部アンタにあげることなんてできない。それを見逃すことも……私はしたくない」
「なら奪い返すの?」
「当たり前じゃない」
「さらに傷つくことになるんじゃないかしら。だって、さっきもアンタはとっても傷ついているように見えたかけど」
「……っ」
「傷つきたくないんでしょ?怖いんでしょ?だったら手を引きなさいよ。そしたら私も何もしないで上げられるから」
エトワール・ヴィアラッテアはねっとりとした声で言うと、私の頬を撫でた。それがあまりにも気持ち悪くて手を払えば、陶器のような顔にしわが寄る。
「何で私が上からアンタに言われなきゃならないの。アンタのものだったんじゃない。私は傷ついて、苦しくて、辛くて、でもやっと手に入れた幸せを奪われたことが許せないの。アンタは何もわかっていない。私が作り上げたものを持っていったんじゃない。すべてなかったことにしたのが私は許せないの」
この気持ちはきっとわかってもらえない。相手にきく意思がないのだから、分かってもらえるはずがないのだ。どれだけ行っても苦しいだけ。なら、彼女の言う通り何も言わない方が傷つかなくていいんじゃないだろうか。でも、私はそれもできなかった。
きっと私も欲張りなんだ。
その私の意志が彼女にとっては苛立ちを覚える理由で、私のことを好きになってくれない理由でもあるのだろう。彼女が洗脳魔法をかけられる範囲というのは決まっているのだろうし。私がこんなに反発してくるのなら、私に洗脳魔法をかければいい話なのである。でも、それをしないということは、できないということと同じ。
私を排除したいっていう思いはきっと彼女の中に大きくあるはずなのだから。
「呆れた……本当にどこまでも愚図で仕方ないのね。アンタは」
「アンタに言われたくないし!絶対に取り戻して見せるから。アンタが奪ったもの全部。私のものだから」
「……所詮はアンタも私と一緒よ。愛されたいだけの、孤独……」
そういうとエトワール・ヴィアラッテアは私の髪の毛を引っ張った。力差がありすぎるというか、何でそんなに暴力的なのかも理解できない。私には魔法が通じないと思っているのか。彼女の魔法なら私を攻撃することさえも……
(もしかしてできない……とか?)
何かを恐れて彼女は私に攻撃できないでいるのだろうか。魔力の痕跡が残るから? それとも私が先ほど脅したからだろうか。理由は――
「――アンタ、どっちなの」
「はあ?」
「アンタどっちなの。魔力の適性は」
「アンタにそれ関係あるわけ?」
「……アンタほどの、聖女の魔力は偉大だから。だから、アンタが私を攻撃しない理由が分からないの。私の脅しなんてどうとでもないと思っているかもしれないから、だからこそ、気になるの。アンタが、私を攻撃しないわけ。良心じゃないでしょう?」
彼女に両親があるなら、そもそもこんなことにはなっていないはずだからだ。
図星をつかれたのか、彼女はさらに私の髪を強く引っ張り、ブチブチと何本か髪の毛が抜ける音がした。
「白髪みたいね。老婆みたいでかわいそうに」
「……」
「あながち間違っていないわよ。いいわね。ただの馬鹿だと思っていたけれど……」
「馬鹿って、きゃあっ!?」
バチッと痛い音が、スパークする。
目の前で火花が散り、白と黒の雷のようなものが目の前ではじけた。それは何度か見たもの、見間違いなどではなく、やはり――
(魔法の反発……じゃあ、エトワール・ヴィアラッテアは闇魔法ってこと?)
私が、エトワール・ヴィアラッテアだった時、適正は光魔法だった。けれど、今の彼女の魔法はどう考えても闇魔法だ。闇魔法でしかありえない反応が起きたからだ。でも何で? と疑問は抜けない。洗脳魔法をつかえている時点で、闇魔法だってわかってはいたけれど。
「そんなに驚くことかしら?痛いからやりたくなかったのよねえ……それと、こっちもバレるとめんどくさいのよ。洗脳の掛け直しがね」
「闇魔法……聖女なのに。ヘウンデウン教とも手を組んで、アンタは何がしたいの!?」
「――愛されたい」
「え……」
「愛されたいの。愛されて、どろどろに溶かされたい。それで、もういいって思ったら、世界を滅ぼしたいの。世界は、私のためにまわっているんだから。私を愛するためにまわっているんだから」
そういった彼女は、本物の狂人のようだった。




