228 戻ってきた理由なんて
選ばれないかもしれないという恐怖ももちろんあった。選ばれなかったらどうしようって何度も考えた。それくらい私にとって怖いことであり、リースに見捨てられることを恐れていた。けれど、信じてみることを忘れてしまったらそれもそれでいけない気がして、私は選ばれることを信じぎゅっと手を握る。
リースのルビーの瞳が私を射抜き、まだ揺れてはいるものの、少しの違和感からか、彼のみ地引出した答えが口から発される。
「俺は、一緒でもいいと思っている……」
「……リース」
「はあ!?」
もちろん切れたのはいうまでもなく彼女だった。
リースの腕を思いっきり握ると、あり得ないとリースを睨みつける。リースは申し訳なさそうにエトワール・ヴィアラッテアを見たが、その視線はすぐにこちらに向けられた。なんでこっちを見ているか分からなかったけれど、とりあえず笑みを絶やさないことだけを年において、私はリースに微笑んだ。もしかしたら思い出してくれたかな? と思ったけれど、彼の好感度は変わっていない。興味を持ったのなら、1%くらい変わってくれもいいもののそれもないのだ。全くどういうことか理解できずに私はただ微笑むしかなく、リースの言葉を待つしかなかった。
(なんなんだろう。リースが違和感を持ったから?本能的な何かなのかな……)
原因を突き止めることなんてできないだろう。ただ彼が選んでくれた、。それだけの事。それをまず喜ばなければならない。
「いいか。アルベド・レイ」
「別にいいぜ。俺は、皇太子殿下が俺の婚約者と一緒にいて嫉妬したりしないんで」
「……」
「アルベド!」
食って掛かるような言い方しかできないのは、アルベドの悪癖だと思う。なんでそんな風にしか言えないんだと服を握れば、彼も彼で忌々しそうな顔をしていた。アルベドからしたら、忘れてしまったリースが、過去の私と同じ顔の女性とベタベタしていて、私が思っているのに無視して、酷い言葉をかけたい手と一緒にしたくないのだろう。守ってくれているという思いと、恋心が彼を突き動かしているんだという思いで複雑になり、私は胸が張り裂けそうだった。アルベドの恋愛観おじゅを利用しているとわかっているからこその行為。
それでも、リースにひどい言葉はかけてほしくなかった。
リースはピクリと眉を動かしつつも、アルベドだから、というように受け流し、もう一度私の方を見た。
「ステラだったよな」
「は、はい。そうです。皇太子殿下……」
「――リース」
「え?」
「リースでもいい。堅苦しいのは嫌いだ」
と、リースはいうと視線を外す。
今なんて言われたのか理解できず、私は聞き返そうとしたが、アルベドがサッと前に手を出した。こんな時に邪魔を! と思ったが、そうではなく、彼の隣で殺気を放っていたエトワール・ヴィアラッテアをを見て理解した。
彼女は毛をすべて逆立てるほど怒りに満ちた表情でこちらを睨んでいたからだ。よくそんな表情が出来ると感心するほどに。何度もかがみでみたエトワール・ヴィアラッテアの顔が、憤怒の赤に染まっていた。私の取られると思っているのだろうか。リースの腕からは決して手を離そうとせず、威嚇するように唸っているのだ。
「何で、リース、何でよ。私が婚約者でしょ」
「嫉妬しているのか。まあ、そうだな……だが、俺も」
「俺もじゃないのよ。何で、私だけを愛しているんでしょ?私だけでしょ?リースには私だけ……」
「聖女様……?」
私が思わず口を開けば、キッと飛んできたにらみとともに腕を掴まれた。痛いほど握りしめられ、そのまま骨が折れてしまいそうなほど無理やり引っ張られる。彼女はずんずんと人ごみをかき分けて、私をどこかへ連れて行こうとした。
「おい、ステラ!」
「エトワール!」
後ろであわてた二人の声が聞こえたが、エトワール・ヴィアラッテアの魔法だろうか、彼らは私たちに追いつくことが出来ず、すぐに彼らの声は大勢の人ごみの中に消えてしまった。まずい、と思ったときには遅くて、私は暗い路地裏へ連れてかれるとドンッ! と壁に投げ捨てられた。ごみが散乱している場所に投げられたため、臭いにおいが体にまとわりつく。
「どういうつもり!?」
「……な、なにが」
「アンタ、こっちの人間じゃないでしょ」
「……」
「分かってるんだからね。言いなさい。アンタは、天馬巡……私が殺した相手でしょ」
「……」
彼女の殺意に満ちた目が私を見下ろす。そんな顔、よくリースに魅せられていたなと思うくらい彼女の顔は怒りに満ちていた。私の恋人を奪っておいて、そんな顔がよくできると感心するほどには、彼女の顔は歪んでいた。それほどまでに、今の幸せを手放すことが怖いのだろう。私だっていきなり奪われて、恐怖する間もなく殺されたというのに、じわじわと奪われていくのも怖くはあるけれど。
はあ、はあ……と息を切らして、エトワール・ヴィアラッテアはクッとした唇をかむと、足でどんと壁をけった。間一髪のところで顔に当たることはなかったが、何本か髪の毛が巻き込まれてしまったようで引っ張られて痛かった。
「アンタ、どうやって戻ってきたの!?なんで戻ってきたの。どういうつもり?私から、奪おうとしているの?」
「アンタが奪ったんじゃない……私から……」
「これは私の身体よ!それに、私は愛される資格があるのよ!」
と、彼女は喚き散らかしていう。
愛される資格はあるだろうが、確かに元の身体の持ち主はエトワール・ヴィアラッテアだろうが、やっていいことと悪いことの区別がつかない人間に喚き散らかされる筋合いはなかった。
いまだ息を切らして、怒りに任せて叫んでいる彼女は今も私を殺そうとしていた。殺した方がいいと、そう目がいってきている。理性の糸が切れかかっているのは誰が見ても明白だった。
「少し、お話ししない?」
「しないわよ。リースを誘惑して。私からまた奪うつもりだ。アンタの心はずたずたに追った踏みにじったはずなのに。ゴキブリみたいな気持ち悪い、気色悪い。消えなさいよ!」
「……今、私を傷つけたら、お父様が黙っていないと思う」
「はあ?」
「現皇帝と、お父様は仲が悪いの。私が死んだことが分かったら、きっとお父様は……」
「はあ?私を脅しているっていうの?どうやって取り入ったか知らないけれどね、所詮血のつながっていない相手はそこまでしてくれないのよ」
「じゃあ、愛してくれる人は家族じゃないといけないってことになるじゃない。リースはアンタと血がつながっていない。なのに、愛してくれている。それは何故?」
「話をすり替えないで!」
「……とにかく、アンタと私は、対等じゃないけれど、でも近い位置にいる。アンタの魔法くらい、私ははじき返せる力を持っているの」
こんなの聖女にとって何の脅しにもならないかもしれない。でも言われっぱなしだけはやめたかった。
ここで殺すことが、どれほどのデメリットになるかだけ教えれば、少しは冷静になるだろうと思って。
しかし、エトワール・ヴィアラッテアはそう簡単に引き下がってくれなかった。
「あの赤髪……私が何をしてもなびかなかった。アンタ何かしたの?洗脳魔法でも使ったの?」
「まさか、アンタと一緒にしないでよ」
「私が洗脳魔法を使っていることは分かっているのね。じゃあ、手を引きなさい。アンタには今あの赤髪がいるじゃない。それで満足しなさいよ。あとは全部私のものだから、手を出さないで」
と、エトワール・ヴィアラッテアは笑う。
まるでものみたいにいう物だから、私はあまりにもカチンときて立ち上がった。殴りたい気持ちだけ抑えてエトワール・ヴィアラッテアを睨みつける。
「彼らはアンタのものじゃない。アンタの私欲を満たすためのお人形じゃないの!」




