227 泣き落とし
(馬鹿だなあ、何で泣いているんだろう……)
みっともないと自分でも思ってしまった。あれだけ強がっていて、結局は傷ついているんだから。強がらずに苦しいって初めから言っておいた方がよかったのだろうか。それとも、本当に心を無にすれば……そんなことが出来ればの話だが。
あふれていた涙をぬぐうのは難しかった。手でこすろうとすれば、薄く乗った化粧が手につく気がして、簡単にぬぐうことはできなかった。ぐちゃぐちゃな顔をリースに見せたいわけじゃなかった。リースの前では笑っていたいっていう、それも強がりで。自分が強くないことを自覚していないのに、自覚しきれていない、認めるのが怖かった。
というか、アルベドの前でも私は強がっていたんだろう。大丈夫だって、復讐の鬼となったんだってそういって自分を取り繕っていた。弱く見られたくなかったのか、心配させたくなかったのか、今では分からないけれど、どっちにしても、泣いてしまったら、アルベドもリースも困らせることは目に見えていた。だからだろうか。
「す、すみません。なんか泣けてきちゃって……あの、えっと、あー」
言葉もまとまらなくて最悪だ。今日のためにいろいろと準備してきて、いざ話すぞってなって泣いちゃって最悪だ。ピアノの発表会のために練習したのに本番でミスするくらい、楽譜を読み飛ばしてしまうくらいの失敗だった。こんなことあってはいけない。
私は完璧を求められても、完璧にできないけれど、でも、リースは完璧で。だからこそ、完璧でありたかったのかもしれない。
――だったのかもしれない、なんて今更思ってもどうしようもないし、そんなこと考えるまでもなく、だったのかもしれないじゃなくて、だったんだ。それすらも吐き間違えて、そうだと言いたいだけの弱虫だ。
「す、すまない、俺もそこまで言うつもりは――」
「泣き落とし?」
「え?」
冷たい声が響いたと思えば、はあ、なんてめんどくさげにため息をついた彼女は、銀色の美しい髪を肩から払いのける。そして、夕焼けの鋭い瞳で私を睨みつけると、リースの腕に胸を当てて引き寄せた。
「婚約者がいるのに、皇太子に色目を使うのはどうかと思いますけど?ステラ嬢。もしかして、狙っているんですか?リースを」
「そんなんじゃ……っ」
違う、と叫べたらどれだけよかっただろうか。
その違うも、狙っているわけじゃない、ではなくて、もともと私の恋人だ、と。けれどそれをいったらまたERRORが表示されて苦しむだろう。それに、リースには伝わらないだろうし。
リースは、おどっとした表情でエトワール・ヴィアラッテアを見ていた。さすがに、口をはさんでくると思っていたが、こんな大胆に。周囲には私たちが植木か何かに見えるような魔法をかけた。だから、私たちが人ごみにいても、私たちを避けるようにして人々は歩く。だから、大声さえ出さなければ魔法が解けることはない。かといって、長い時間効力が持つものでもないので、なるべく早めにことを収めたいのだが、エトワール・ヴィアラッテアがリースを離さないところを見ると簡単には説得できない。
この間のパーティーのようにアルベドがエトワール・ヴィアラッテアを……とも思ったが、もし、星流祭りのメインである流星群が始まったら花火が始まったら、それをいっしょに見た人は結ばれるってジンクスが……
(ジンクスはジンクスだけど、それにアルベドを巻き込みたいわけじゃない)
一緒に見ようと約束した。それを最初から破るわけにはいかなかった。しかし、この二人を逃すわけにもいかず、これ以上、取り返しのつかなくなったら私たちの努力が無駄になってしまう。
エトワール・ヴィアラッテアは私を悪者にしたいようだけど、悪役が悪役を用意できるわけがない。その醜悪さがバレないのは魔法があってのことだ。
「違う。違います。私には婚約者がいますが、皇太子殿下と少し話したいことがあるんです」
「俺と話したいこと?」
「リース!私と一緒に祭りを回ってくれるって言ったじゃない。それを破るの?」
「エトワール」
「……」
とんだ茶番を見せられている。本当に好きなら、もっと強引にでもリースを引っ張ればいい。でもそうしないのは、エトワール・ヴィアラッテアにとってリースは自分を愛してくれる大賞、自分が愛されるために必要な道具としか思っていないのだろう。それが何よりも腹立たしくて、嫌悪感を抱かざるを得ない。
(私のリースを、ものみたいに……)
ひとのことを悪く言う前に、良いことをいって気をひかすことはできないのだろうか。そういう性格だから仕方がない? 変わる努力をしていないからだろう。
(私も大概酷いけれど、ここは譲れないし……)
リースが決めかねているのは、私という存在が前にいるからか。それとも、ただ優柔不断なだけか。どちらにしてもリースが決めてくれないことには動けなかった。アルベドにこれ以上頼れないとも思っているし、リースにどうにかして決めてもらわないと。
でも、今リースが決めたらエトワール・ヴィアラッテアを選んでしまいそうだし。
「じゃあ、四人で回ればいいだろう」
「はあ?」
「は?」
リースとエトワール・ヴィアラッテアは同じタイミングでアルベドを見た。私も、は? と言いかけたが、あれほど頼らないって決めたアルベドが助け舟を出してくれたことに対して思うことがあり、口をふさぐしかなかった。
この二人が四人で回るなんてこと了承するわけがないのに。
「何を言っているんだ、アルベド・レイ。そんな四人でなど……」
「だが、決めかねてるみたいじゃねえか。お前が、本当に聖女様を愛しているんなら即決できるはずだろ?でも出来ねえってことは、ステラに何かしら思いがあるってことだ」
「……」
「気づいてんだろ?違和感。ステラは魅力的だからな」
と、アルベドは私の肩を抱いた。それだけで、リースの表情が動き、私は幽霊でも見ているのだろうか、という表情でリースを見てしまった。
好感度は変わっていないのに、確かに彼の視線が、興味が私に移ったこと、それが一瞬であってもだ。
リースはぐっとこぶしを握ると、俯いた。エトワール・ヴィアラッテアはハッとしたような表情で私の方を見た。そして、次の瞬間には忌々しそうに爪を噛み、ぎちぎちと音を鳴らす。
「お前……」
やっと気づいたのだろうか。それとも、気づかない、撮るに足りない相手だと見下していたからだろうか。
(まあ、いつかはバレると思っていたし、仕方ないけれど……)
どう出るかは少しだけ気になるところである。それでも、泣いてしまった以上、もう怖いものなんて何もなくて、私は少しだけ気が大きかった。
「り、リース。私は反対よ。四人で回るなんて。だって、リースと一緒に来たくてここに来たのに。私との約束を裏切るの?」
泣き落としは――といっていた人間が何をいうんだろうかと、見てて呆れる。それだけでも、小物だと思ってしまうが、彼女が図太いことはよく知っているため、これだけじゃ注意ならない、と私は睨むだけでやめる。少し焦っている様子が見えて、彼女も予測不可能な事態があるんだと、一つ参考になった。こういうふうに攻めていけば、きっとリースを取り戻せると。
ただ、リースがどう出るかが問題である。アルベド言葉がどれほど帝国に影響力があるかは分からないが、聖女が洗脳魔法を使うということを訴えたら、エトワール・ヴィアラッテアはどうなるだろうか、とふと考えてみる。ただ、それさえも洗脳魔法でかき消してしまうだろうが。
(ねえ、リース、どうなの?)
心の中の呼びかけに答えるように、リールはふわりと顔を上げた。
「俺は――」




