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226 強がって涙




「前って、いつのことでしょうか」

「あら、覚えていないの?この間のパーティーのことよ。せっかく、私はリースと一緒にいたのに、その仲を裂くように話しかけてきたじゃない。少しは空気を読んだらどうなの?ああ、それとも、まだ貴族になりたてだから、分からなかったかしら」

「……っ」




 くすくすと笑う彼女の顔は悪女そのものだ。その顔を、リースはみているのだろうか。盲目になりすぎていて、気づいていないのだろうか。何にしても、こんな顔を見て、この女と一緒にいたいなんて頭が悪い……




(いや、リースは仕方ないよ!?だって、洗脳されているんだし、記憶上書きされているんだからね!?)




 自分の恋人のことは徹底的に守りたい。リースが悪いわけじゃないと、私は心の中で叫びながら、リースが悪いように見える原因となっている悪女エトワール・ヴィアラッテアの方を向く。本当に嫌味のレベルが高すぎる。エルとして、私の侍女をやっていた時もそうだったけれど、嫌味と言葉選びのセンスが、本当にむかつくまでに高いのだ。そんなところ高くなくてもいいのに……と思うけれど、彼女は悪役、悪女なのだから、そう設定されているんだろう。自分の決定なんて自分で気づかないものだから。




(本当にいらいらする)




「お言葉ですが、それは、私への侮辱でしょうか?」

「ええ?事実をいっただけじゃない。だって、貴族になって間もないって聞いたから。まだ、マナーも何もなっていないんじゃないかって。ああ、かわいそうにね、愛されていないのね」

「……」




 ここで言い返したら、きっと印象が悪くなる。リースがいる手前で起こることが出来なかった。それでも、愛されていないも、教育がなっていないも、それはエトワール・ヴィアラッテアの推測に過ぎない。

 私は愛されていて、フィーバス卿は私のことを……




「そうですね。ですが、愛されていないわけではないので」

「でも、フィーバス卿は恐ろしく冷たい方だというけれど。何で、養女としてとって貰えたのか、とても不思議でたまらないわ。何か、魔法でも使ったのかしら?」

「使ってません。エトワール様知らないんですか?フィーバス卿は、お父様は防御魔法に優れている魔導士です。私のような魔法が十分に使えないような魔導士の魔法にかかるわけじゃないないですか。たとえ、油断していたとしても、お父様はそれにさえ備えて魔法を何重にもかけているんですから」

「……」

「私のことは悪く言っていいですけど、お父様のことを悪くいうのだけは許しません」




 言いたいことははっきり言えた。これだけは言っておきたいと思っていたから。

 さすがにこれだけで、性格が悪いなんて言えないだろう。エトワール・ヴィアラッテアの方に非がありすぎる。




(というか、エトワール・ヴィアラッテア……フィーバス卿のこと全然知らないんだ。噂だけというか断片的な情報しか)




 防御魔法に優れているなんていうのは一般常識だったと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 エトワール・ヴィアラッテアはクッとした唇を噛んで忌々しそうに私の方を見ていた。自分で蒔いた種なのに、そんなふうに見られるのは心外だな、なんて思いながらも、いきなり食いついてきたあっちが悪いと、私は少し勝ち誇ったような表情で彼女を見る。




「エトワールも、この世界に来て日が浅い。何も知らなくて、当然だろう」

「……りー……皇太子殿下」




 やはり、庇うように仕向けられていた。

 リースはさっとエトワール・ヴィアラッテアの肩を抱き、私を睨みつける。光のともっていないルビーの瞳は、かつてのラヴァインの濁った瞳を思い出させる。




(やめてよ……本当に)




 胸が痛くて痛くて仕方がない。あれが私だったら、あそこに私がいたらきっとリースは私のことを守ってくれただろう。それも、いい……それも……でも、今は違う。




(私が、敵……)




 リースにとって、リースの世界を脅かす敵になっているのだ。それがたまらなく苦しくて、悔しい。

 かつての場所をとられたこともそうだが、目の前で見せつけられることも。




「皇太子殿下は、自分の父親が侮辱されて何も言わずにいられますか」

「俺は、別に構わない」

「……じゃあ、エトワール様が侮辱されたらおこりますか」

「あたりまえだろ」

「そういうことです。私も、大切な人を侮辱されたら怒ります。当然の権利で、感情だとは思いませんか」




 過去の私だったら、リースにこんなふうに詰め寄れなかっただろう。

 リースもハッとしたような表情で、すまない、みたいな顔をしたが、次の瞬間にはエトワール・ヴィアラッテアのほうに視線を向け、「大丈夫だ。そういうこともある」と慰めていた。本当に、浮気現場を見せつけられている気がして、胸が張り裂けそうだった。




「……すまない。まだ、エトワールは不慣れなんだ。この世界に。お前も知っているだろう」

「わかっています。けれど、だからといって言っていいことと悪いことがあるんじゃないでしょうか」

「……寛容な心で許容しろ。それとも、貴族になって態度が大きくなったのか。何処で生まれたかも分からない平民以下が」

「……っ」

「――皇太子殿下」




 さすがに、そんなことをいわれるとは思っていなくて、演技にしては、洗脳にしては行き過ぎている気がして、涙がこぼれそうになった。頭の中で、そんな男でも好きでい続けるの? と誰かが問うてくる。

 分かってる。だって、今は洗脳されていて、記憶とかも撒き戻っているんだから、リースは何も知らない。情緒も、心も、全部成長する前に戻っている。だから、その態度は理解できた。理解できる。

 好きでいることが……成長した、彼を、知っているから。

 スッと私をかばうように前に出たのは、アルベドだった。




「おい、俺の婚約者に対してひでぇこと言ってくれんじゃねえか。皇太子殿下」

「アルベド・レイ……」




 ピクリとリースの眉が動いた。端正な顔つきがゆがむ姿は美しい……じゃなくて、さすがのリースもアルベドという存在は無視できないらしい。まあ、私は爵位を持っていないわけで、辺境伯令嬢であるわけだから、ただの令嬢が……ただではないんだけど、令嬢風情が、と思われても仕方がないのではないかと思った。というと、アルベドもまだ子息で爵位を受け継いでいない状況ではあるんだけど。




(まあ、アルベドのお父さんが寝たきりだから、代理というか、ブライトと同じ立場ではあるんだよね)




 だからといって、ブライトの方が上というわけでもなく、同列でもないわけなのだが、リースがただ単に、本能的にアルベドを嫌っている……そういう話なのだろう。巻き戻っているのだから、身体は? といわれると、分からないのだが、彼の中に眠る記憶が、アルベドを嫌っている血を呼び起こした、ということでいいのだろうか。

 自分で言っていても何を言っているか分からなかったが、深くは考えないことにして、私のために声をあげてくれたアルベドに感謝するべきなのだろう。




「婚約者持ちが何の用だ。話しかける理由が俺には分からないが」

「話をすり替えるな。ステラを、平民だったとか、貴族としてなってねとか、そういうのをいうなって話だ。傷ついているのが分かんねえのか」

「傷ついている?これくらいで……っ」




と、リースはいうと、私の方を見た。その時、確かにルビーの瞳が揺れたのが分かってしまったのだ。


 え? と思ったときには、私の頬には冷たい何かが伝っていた。




「あの、私、えっと……」




 泣いている? あれだけ強がっていて?

 自分でもわからなかった。泣いているなんて自分でも言われるまで気づかなかったのだから。

 ああ、でもやっぱり傷ついているんだろう。




「――っ」




 リースは何かを口にした。その声は、祭りの賑わしい音楽でかき消されてしまって聞き取ることが出来なかった。




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