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223 呼ばれて




『――様、お姉様。起きてください!お姉様!』

「……っ」




 誰かに呼ばれる声がして、目が覚める。ぐっしょりと、枕もベッドも汗で濡れている。悪夢でも見ていたのだろうか、目覚めが悪すぎた。というか、頭も痛くて風邪かな? と思ったほどだった。でも、目が冴えてこれば、頭が少し痛いだけで、痛みも徐々に引いていっているし、風邪ではないんだと思う。ただ、本当によくない夢を見ていたんだろうっていうのは、なんとなくわかった。




(心臓、すごく痛いんだけど……)




 何で胸が痛いのか分からなかった。頬を伝う涙も、汗も、なにもが不吉で、不穏で、不安をあおって。最悪の連鎖だった。目が覚めて自分の部屋……フィーバス卿の辺境伯邸ではなかったことも、少しだけパニックになった。そういえば昨日……もう少し前から、レイ公爵邸にお邪魔しているんだったと思い出す。どれほどパニックになってんだって思うくらい、自分でも慌てていた。こんなこと一度も……いや、何度かあったけれど、久しぶりの感覚だった。

 心臓が締め付けられて、ドクンドクンと暴れていてとてもじゃないけれど、いい気分ではなかった。肉塊の中にいるときの感覚とはまた違ったけれど、味わいたくはない、そんな感覚に、私は頭を押さえる。胸を抑えるべきなんだろうが、まだぐわんぐわんと、頭の方も痛かった。




「最悪だなあ……」




 今日が本番だっていうのに、体調が万全じゃないのが嫌だった。もしかしたら、気にしていないようなふりをして、気にしているからこうなっているのかもしれない。そう思うほどには、私はひ弱だと思う。リースに会えるかもしれない。でも、また、その隣には私じゃない誰かがいるかもしれない。浮気現場を見に行くようなもので気が気でない。そこに、アルベドがいるから何とか保てているようなもので。




「もう、気合入れ直さないといけないのに!課題はいっぱいなんだから!」




 大学の課題をしばくのとはまた違う。そこに、命とか、人間関係が含まれているからだ。失敗すれば、自分の地位が危うくなり、自分の大切な人、しいて言うなら周りの人を巻き込む結果となってしまうわけで。

 よくない、と私はパシンッと頬を叩いて、目を覚ます。痛みじんわりとほほに伝わっていって、目が覚めた。ここまで強くたたかなくてもよかったんじゃないかって思うくらいには痛かった。

 そんなふうに、自分を律したタイミングで、トントンと部屋の扉がノックされ、私はとっさにどうぞ、といってしまった。そういえば、自分がネグリジェ姿であることを思い出し、入ってきたのがメイドじゃなかったら……と怖くなった。そして、その予感は的中した様で、目の前にはふさっ、とあの紅蓮が現れ、視界を覆う。




「あ、わりぃ。今起きた感じか?」

「え、あ、うん。ノックしてくれたもんね。入ってくるのが、当然だよね。うん」

「なんか、他人行儀だな。まあ、出てってほしいなら、出てくけど……お前、顔色悪いぞ?」

「あーやっぱりそう思う?」




 アルベドから見ても顔色が悪いなら、きっと顔色が悪いだろう。今だって、頭が痛いし、少し落ち着いてきたと思ったけど、違うようだった。

 片頭痛持ちではないのだけど、やっぱり、嫌な夢を見たからだろうか。けれど、その夢の内容を思い出せないのだから不思議だ。夢なんてそんなものと、割り切ることが出来ればいいんだけど。




(……でも、誰かに呼ばれたから、目を覚ましたって感じだったんだよね)




 誰かが私を呼んでいた。それはもう必死に。女の子の声だった。

 もしかしたら――という推測はできれど、まだ彼女はここにきていないはずだ。




「――新たな聖女召喚は行われると思う?」

「前にも似たような質問したよな。妹のこと心配してんだろ?」

「夢……の内容までは覚えていないんだけど聞こえた気がしたの。トワイライトの声が。それで、目が覚めて。悪夢から、トワイライトが引っ張り出してくれたっていうか」




 おぼろげだけど、トワイライトだった。確かに彼女だった気がしたのだ。

 でも、彼女はまだこの世界にいないはず。だからこそおかしかった。私の願望が彼女の幻覚を見せたのかもしれない。悪夢から救ってほしい。救ってくれるのは彼女だって。だって、彼女は本物の聖女で、私の妹だから。




「あいたい……」




 口にしてしまえば、後は楽……最悪だった。

 ポタリ、ポタリとあふれ出して、決壊したものはすぐに止まってはくれなかった。ぎょっと目を向いてアルベドが、おい、と慌てたような困惑したような、でも怒っているわけじゃないけれど語彙強めでいうと、私の前で手を伸ばしてはひっこめる、みたいな作業をずっと続けていた。そのうち、何も言えなくなって、「ステラ……エトワール」と、私の名前を呼び直した。




「なんかそれ、久しぶりに聞く」

「エトワールってのか?お前の名前なのか、あの偽物の名前なのか、いまとなっちゃあ、どうでもいいし、お前がエトワールだったから、エトワールだって思てるわけで。あーなんつうか、分かんねえけど、まあ、そういうこった」




と、アルベドは、どうにか言いまとめて頭をかいていたが、まったくまとまっていなかった。それが笑えてしまって、私が涙を止めずにふふ、と笑っていれば、アルベドも少しだけ笑ってくれた。




「その聖女様が、召喚されるかわかんねけど。すべて取り戻したらきっと会えるだろう。だから、頑張ろうぜ、ステラ」

「そうだね。トワイライトにかっこ悪いところ見せられないし。だって、私お姉ちゃんだから」

「お姉ちゃんって気がしねえな」

「ど、どうせ、私の事子供っぽいって思って、それで似合わないとかいうんでしょ。酷い、最低!」

「まて、俺そこまで言ってねえし、思ってねえからな!?勝手に、ステラが……勝手に!」




 アルベドも私の語彙力と同じくらいまでおち、あわあわと口を動かしていた。

 お姉ちゃん、っぽくないし、おねえちゃんの自覚とかあんまりないけれど、それでも双子の妹がいる、という自覚は今はある。だからこそ、しゃんとしないとと思うけれど、それは簡単じゃない。

 アルベドだって、ブライトだって、ルクスだって、兄という立場で、弟に対しての接し方に問題がある……みたいな。みんなそれぞれ悩みを抱えていて、家族って単純なものではないな、と思ってしまう。よく、世界のみんなが家族だ、とかいう人がいるけれど、絶対そうじゃない。家族ってそんなものじゃないんだ。フィーバス卿のことも、そうで……




「んで、泣き止んだか?」

「まあ、ちょっとは。ありがとう」

「別に礼なんて言われる筋合いねえよ。俺たちは、共犯者で相棒。お前が倒れたら、俺も倒れるんだ。だから、お前のメンタル管理は、俺の仕事ってわけよ」

「私が、メンタル弱いみたいな」

「でも、実際参っちまってるのはそうだろ?」

「うぐっ……」




 言い返せないから全くの図星である。

 もうこのやり取りを何度してきたかとか、考えるのもばかばかしいくらいには。




「つーことで。今日だろ。本番。星栞に書いた願いが叶うなんて奇跡ねえかもだけど、会えるといいな。満天の星空の下で、お前の待つ王子様と」

「い、言い方!そんなんじゃないから!」

「でも、好きなのは事実だ」

「……」




 パチンと指を鳴らし、アルベドが肩にかかった束の紅蓮の髪を振り払う。




「いいと思うぜ。一途。本当に、皇太子殿下がうらやましくて、妬ましくてたまらねえよ」

「……リースは…………よし、頑張ろう。今日も一日」




 羨ましいなんて、そう思われていたのだろうか。これまでも。分からなかったけれど、でも、リースと釣り合うか、釣り合わないかとかそう悩んでいた時期もあったから、もしかすると、それに気づいていたのかもしれない。

 私とリースが並んでいるところを、羨む、妬む声が。

 でも、それ以上に、リースに愛されている私はもっと妬みの声と視線を……立場が逆転しただけなんだ。

 私はそう思いながらベッドから降りて立ち上がった。



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