222 賭けて、信じて
「ほんと自分勝手だよな」
「アルベド!」
ふぁあ、よく寝た。みたいな顔で上半身を起こし、アルベドは乱れた髪を整えた。ラヴァインがいなくなってほんの数十秒遅れての反応。絶対に起きていた、というかラヴァインが起きていたと言っていたから、起きていたんだろう。狸寝入り。ただ疲れをとるために休んでいって考えられるけれど、起きていたのなら何か言ってあげてもよかったんじゃないかって思った。兄弟なんだし。
「起きてたんなら、いってらっしゃいくらい、いってあげればよかったのに。し、仕事で戻っていったんでしょ?」
「だろうな。言わねえよ。んなこと言ったこともねえし」
「話聞いてたんならわかるでしょ。会えなくなるかもしれないのに。人はいつ死ぬかって」
「……聞いてたからだよ。あとから後悔増えたらやだろ」
「だったら、いってらっしゃいって言わない方が、後悔じゃない?」
「俺は、きっとそれいったら引きずる奴だ」
すぐさま帰ってきた返答は冷たく、でも本心で、私は空いた口がふさがらなかった。彼なりの答えというか、そういうので返してきたんだから、私も何も言えない。いう方がおかしかったのかもしれないとすら思った。
「ごめん……」
「謝る必要もねえし、考える必要もねえ。人それぞれだ」
「そう、だね」
「なんか、素直だな。ラヴィに感化されたか」
「感化って何を……いつも通りだけど。てか、アンタも話聞いてたんなら分かるでしょ。あと、星キレイ」
「いきなりどうした」
自分でも脈絡が明らかに変だということは分かったのだが、なんとなしに出た言葉がそれだったため、私もいってから、あ、と言葉を詰まらせる。
アルベドになんだそりゃ、って顔で返され、彼は自分の隣に来るようにとポンポンと隣を叩いていた。
「私座りたくないんだけど」
「足プルプルしてんのにか?座った方が、安定するぞ?」
「何か全部見透かされている感じ嫌」
「別に見透かしてねえし。で、星がきれいでどうしたよ」
「……どうもしてないし。アンタと一回目の星流祭いったこと思い出してただけ。昔みたいな感じするけど、割と最近かも、とか。いろいろ思うわけで」
結局、彼の隣に腰を下ろし、私は、空を見上げた。先ほど同じように星々は輝き続けている。見続けていると吸い込ませそうで、さらわれそうで、少し怖くなってきた。
膝を抱え、丸くなるような形で私は座って、膝に顔を埋める。別に何か悩んでいるポーズではないし、ただそれが落ち着くだけだった。教室の端が落ち着くように、小さくなっているのが、好きなだけだった。
アルベドは何も言わずに、片膝を立てて空を見ている。私と顔を合わせるのが気まずいのか、何か思って、感じて私の方を見ないのかは分からない。
「そうだな。お前と一緒に見たんだよな」
「そうだよ。アンタ忘れたの?」
「忘れるわけねえよ。ラヴィにとってさっきのが、最高の思い出っつうなら、俺もステラと……エトワールとあの星流祭の最終日に星を見たのが、最高の思い出だ」
それも、兄弟一緒……とは口にしなかったけれど、アルベドにとってそれが思い出の一つとしてカウントされているのなら、とこっちも嬉しくなった。まあ、誤算だったということとか、間違えてタップしたということさえ除けば、本当に私にとってもいい思い出だったと思う。好感度とか、クエストとかそういう概念は彼らにはないわけで、私が一人奮闘していたころのことを思い出す。
「いろいろあったなあって」
「ほんと、お前どうしたよ。いきなり」
「ううん。私も星流祭のこと思い出したんだよ。まだあの時は関係が浅かったなあって思って」
「そりゃ、あったばかりだったからな」
「でも、アンタはぐいぐい来たから困って」
「お前が変だったから興味がわいた」
「ちょっと待って、変って!?」
「変だろ。お前はいつも変だ。そんで、俺の心を搔き乱す」
そういうと、ニヤリとアルベドは笑った。いったいどっちが振り回されているのか搔き乱されているのかわらかないほどには、彼にはやられている気がする。何というか、遠慮のいらない仲で、相棒で、共犯者で。それがアルベドと私の関係だと思っている。
「それで、星流祭のジンクス、をさ。アンタが信じてたのは笑ったかも」
「お前も聞いて、慌てふためいていたな。俺と結ばれるんじゃないかーって思ったのか?」
「違うし。違くないけど」
「でも、結果はこうだ。ジンクスはジンクス。所詮は、広まったおとぎ話だ」
と、アルベドはひと蹴りすると足を組み替えた。とてもつまらなそうに言うので、確かに、と私は薬と笑う。きっと、アルベドは違う意味で言ったんだろうけれど、私は、確かにアルベドの好感度が上がっただけで、私が好きになったのは、恋人として結ばれたのはリースだった。
あの時は焦っていたけれど、あれはあれで、アルベドとのお身でが一つできたってくらいで喜んでいる。本当は、リースが一緒に見たかった~なんて、喚いていたから申し訳なかったけれど。
「だからさ、ステラ」
「何?」
「すべてが終わったらでいいし、来年でもいいからよ。俺の事好きじゃなくても……」
「い、いきなりどうしたの怖い。何のフラグ?」
「フラグ?は?」
「いや、それ、死亡フラグみたいでいやだ」
「んなフラグがあんのかよ」
あれ知らない? まあ、乙女ゲームだし、メタ的な発言は……という意味なら、知らなくても当然か。死亡フラグっていう言葉が浸透しているけれど、実際、死亡フラグって言葉は作られたものだし。
とりあえず、死亡フラグの説明は置いておいて、話の腰を途中で追ってしまったことを謝る。
「それで?来年でもいいから、何?」
「……星流祭は、来年も俺と一緒に来てほしい」
「え?」
「だから!」
「き、聞こえてるし……あ、アルベド」
「何だよ」
「顔真っ赤。いつも、耳だけなのに、顔まで真っ赤なんだけど」
暗くても、その赤はすぐに見つけることが出来た。髪の毛の赤ではなく、頬の紅潮というか。アルベドは、はあ!? と大きな声を出して、そのまま下に落っこちそうな勢いだったけど、何とか屋根につかまって私の方を見た。そういえば、分かりやすいツンデレ属性だったということを思い出して、笑えて来てしまう。
「真っ赤で悪いかよ。あーかっこ悪いってことだろ!?」
「かっこ悪いなんて全然。星流祭を?最終日以外?」
「最終日に決まってんだろ。ご褒美的な!俺と、お前の悲願が達成されて、元の世界に戻ったら……あーでも、お前はあれか、皇太子殿下の婚約者で」
「――いいよ」
「は?今なんて?」
聞こえていなかった、いや、聞き返したんだろう。驚きすぎて。
確かに、リースのことが好きだし、リースと婚約、結婚すれば、簡単に外出はできなくなるだろう。聖女……という肩書がそのままかは知らないけれど、皇后になって、リースを支えて……そんなビジョンが見えている今、この願いをかなえるのも難しくなるとは思っている。それでも、ご褒美的な、といった彼。望まない彼の望みならかなえてあげたいと思った。別に、尻軽女とか、自分のことは思っていない。相手の恋愛感情をもてあそぼうとかも思っていない。ただ、純粋に――
「いいって言ったの。星流祭のこと。来年も、再来年も。リースの説得は苦労するかもだけど、私が何とかする。恋愛感情じゃないって言えば……大切な人と星流祭を回るって、まあ、星を見るって言えば、きっと納得してくれると思うから」
「ほんとかよ」
「うん。賭けていいよ。というか、私を信じてみて」
差し伸べる手は自分で想像するよりもスッと出た。自身の現れのようなその手を、アルベドは負ッと笑って、優しくとった。




