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221 最高の思い出になった、だった




「ラヴィ……」

「命はいつ消えるか分からない。星みたいに散るときは一瞬だよ。不幸な事故……人間でも、星でもそれはあり得る。だから、ステラ……この世界では死なないで」




と、ラヴァインはいつにもまして真剣に言う。その言葉が痛々しくて、肩に重くのしかかって、頷かなければならないのに、口も体も動かなかった。彼に心配されすぎたせいで、自分も心配になったのだろうか。知らない。分からないけれど、彼の言う通り、人はいつ死ぬか分からないのだ。だから、一日一日を燃えるように生きなければならないと。後悔なんてしても、増えていくだけだし。後悔しないように生きなければと。そういっているように思えた。


 彼のくすんだ紅蓮の髪はそよそよと風に寂しく揺れる。彼も情緒が不安定だ。そうさせているのは私なのだろうが、彼を不安にさせたいわけじゃない。今回は、彼が思い出してしまった、いやずっと胸の内に秘めていたけれど言えなかったことを吐露したという感じだろう。だから、彼は何も悪くない。ため込んでいる方が体に毒だ。

 抱きしめた方がいいのだろうかと思ったけれど、アルベドがいる手前やめておこうと、私は手を握り返す程度に抑え、そうだね、と頷く。




(私だって、二回も死にたくないし。痛いとか感じなかったけど、それでも……)




 死って、一瞬だ。もちろん、痛めつけられてじっくり殺されるなんて言う死に方もないわけではない。でも、断頭台なんてあの刃が落ちてきた時点で死ぬんだからよけようがないだろう。体を固定されているわけだし。だからこそ、死ぬその瞬間までの、今から死ぬんだっていう死の恐怖、精神的な方を強く感じた。

 死ぬ、私は死ぬって。そんな恐怖。

 死んだら終わりなのだから、二度も感じるはずがない。そんなゾンビみたいなのは嫌だ。かといって、死にたくもないし、生き返りたくも……




(実際は、生き返って、もう一回チャンスをくださいって他人になってここまで来たんだけど)




 そんなのイレギュラーだろう。この世界だからあり得たのか。いや、この世界であってもイレギュラーすぎる。だから、ラヴァインは、私が一回目として、二度目の師を味わうことがないようにって。




「死にたくないよ。私は」

「そうだね。逃げることだってできると思うよ」

「逃げないよ。だって、決めてここまで戻ってきたんだよ?それがなかったら、私は戻ってきた意味がなくなっちゃうから」

「ステラは、頑張るよね。俺の記憶まで取り戻してくれてさ。頑張りすぎじゃない?」




と、ラヴァインは言って、そっと私の頬を撫でた。私より大きな手だけど、アルベドよりは少し小さくて。冷たい手は、温めてあげたくなるほど固まって言えるような気もした。


 「あっ、ごめん、冷たい?」なんて自分のことをわかっているように彼はいうと手を離そうとする。私はその手を掴んで、大丈夫だからと小さく首を横に振った。




「大丈夫。温かい」

「嘘だあ。だって、俺がふれたときつめたっ、みたいな顔したじゃん」

「よく見てるんだね。やっぱ、アルベドの弟ってだけある」

「兄さんは関係なくない?」




 彼は少し怒ったように言うと、私たちの横で寝転がって目を閉じているアルベドを見た。彼の長い紅蓮の髪は屋根の上に扇形のように広がっていた。本当に長くて美しくて、気高い……いつ見ても羨ましいし、この暗闇でも発光しているわけじゃないのに赤く輝いていた。




「兄さんの髪いいよね」

「へっ!?」

「見てたでしょ?兄さんの髪。俺も好きだよ。俺は、どっちかって言ったら、母さんよりっていうか。ああ、父さんが赤色の髪で、母さんが黒。その半分半分……何色にだって黒を足したらくすんだり、濁ったりしているように見えるでしょ?俺も兄さんみたいな色がよかった」

「アンタは別にそれでいいしょ」

「えーやだよ。兄弟っていうなら、同じ色がいいじゃん」

「さあ、それはアルベドに聞いてよ」




 私はアルベドを指したが、起きる様子はなかった。本当に寝ているのか、それとも興味ないから話に入ってこないのか。どちらにしても、放っておいた方がいいな、と私はラヴァインの方に視線を戻す。




「ステラはそう思わないの?ほら、ステラのこと妹だって慕っているあの子とかといっしょは?」

「別に同じ色がいいってわけじゃなくて、兄妹、姉妹だってことが私にとっては重要なの。確かに、煮ているとか似ていない、とか、そういうのではかったりすることもあるだろうけど、それだけじゃないでしょ」

「まあ、そうだけどさ。兄さんの赤、俺好きだから、そう思うのかな。うらやましいって」




 ラヴァインはそういって、もう片方の手で自分の髪をいじった。つまらなそうに、ちょっと嫌そうなその顔を見ていると、本当に嫌いなんだなということが分かってしまって、どんなふうに返せばいいか分からなくなる。本人が嫌っているものに対して、綺麗だねって励ますとか、良いところをいうとか、それで相手の自己肯定感が上がるわけでもないし、それを望んでいるわけでもない。

 失礼なことを思っていると暴露するなら、闇魔法に染まりすぎていたから、ラヴァインはそんな色なんだと思っていた。実際、闇魔法を使い続け感情のコントロールができなくなると、欲望のままに動いて、そして闇に染まっていくとかもいうし。そのタイプだと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。やっぱり、失礼だな、と思いながら私はラヴァインの手に触れる。自分の頬に冷たい彼の手が当たるのは、ちょっと暑くて、寒いこの気候にはもってこいだった。そこだけ、ひんやりとした感触が伝わってくる。




「ステラ、大胆」

「アンタはアンタだし、アルベドはアルベド。それでいいと思う。ないものねだりってしたくなるのは当然で、お揃いがいいっていうのも、アンタの感情。それは別にいいと思う」

「ステラいうようになったねえ。でも、俺と兄さんの事ちゃんと兄弟だって見てくれるのはステラくらいかな?」

「アンタたち、悪ガキ兄弟ってふうに見られていないの?」

「ひどくない?そんなふうに見られてないよ。ただ、区別というか、差別というか……そこまではいかなくとも、俺は兄さんとは比べられてきたかな」

「アンタも十分すごいと思うけどね」

「カリスマ性がないっていうか。いや、兄さんにカリスマ性っておかしいか。でも、人を引き付ける魅力は、どう考えても兄さんの方があったんだよ」




と、ラヴァインは言ってちらりとアルベドを見た。


 聞かれているかもしれないと少し不安になったんだろう。私から見て、アルベドが寝ているか起きているかは分からない。だから、言うならどうぞご勝手に言ってくださいなのだが、ラヴァインは少しためらっていた。




(まあ、アルベドの方が何でもできて優しさもあって、大人って感じはするけれど。それが全てじゃないでしょ)




 それでも、ラヴァインにとってはそれが最大であり、最高であり、自分が目指すべき地点なのだろう。




「いつも、背中を追いかけてきたよ。振り向いてほしかったよ。振り向いてって言っても、俺の言葉なんて届きやしなかったし……だから、見てもらいたくて、兄さんを傷つけた。それが、今この結果」

「知ってる……でも、少しずつ埋まっていっているでしょ?」

「ステラのおかげでね……で、いつまで兄さん寝たふりしてんの?星見ないならもう帰ろうよ。てか、俺帰るね」




と、ラヴァインは先ほどとは打って変わって、面倒な兄に苦言を呈する弟のように言うとわたしから手を離した。


 先に下に降りるのかと思いきや、ラヴァインは転移魔法の詠唱を唱える。ヴンと彼の足元にくすんだ紅蓮の魔法陣がうかびあがる。




「え、ラヴィ?」

「じゃあ、ステラまた。ありがとう、話を聞いてくれて。楽しかったよ。俺の初めての星流祭、最高の思い出になった」




 そういうと、ラヴァインは、すでに消えかかった手を私に振ってシュン、と転移してしまった。残ったのは、星屑のような魔力のかす。それが、星のようにひらひらと舞って、その場で消えた。




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