220 寿命の短い星
「風魔法でふわっといけない?」
「い、いけなくないけど、ハシゴとかじゃなくて……ええっ」
ほら、と差し出された手を掴んで、屋根の上に登れるかといえば、登れないと言いたかった。ラヴァインの手を見て、しり込みしてしまい、私はテラスから屋根の上に登ることが出来ない。アルベドは、風魔法を付与しているのか、それとももともとの身体能力なのか分からなかったけれど、トントンと跳ねるように屋根の上に登ってしまった。もっと、屋根裏から屋根に上る――みたいな感じだと思っていたのに、原始的に、よじ登るようにして、屋根の上登るようだった。確かアルベドは、幼いころに~といっていたから、幼いころからそんな危険なことしていたの!? と今更ながらに驚かされたというか。
「無理無理、絶対無理だから!?」
「大丈夫だって、俺こう見えても結構力あるし?あ、重いのとか気にしてるんだったら大丈夫。重いって言わないから」
「重くないから!?まず勝手に決めつけられる方が嫌なんですけど!?」
重くないと思う。体重計とかこっちに来てから乗ったこともないし。あっちにいたときも、かなり変な生活していたから、朝ご飯と昼ごはん食べないとかざらにあったから。かといって、がりがりだったわけでもなく、でも平均体重より少し軽かったくらいか……
(でも、太もも大きかったんだよな。意味わかんないよね?)
誰に問いかけているのかも分からないけれど、そんなことを思い出しながら、私は無理だと首を横に振った。
「ええ、そう言うところだけ、乙女だよね」
「別に、乙女じゃないし。怖いだけだし」
「あの、肉塊とか大蛇とかたおそうって張り切っている女の子なのに?」
「それとこれは別」
「高いところが苦手だとか?」
「こいつ、別に空飛ぶのそこまで何とも思ってないと思うぜ?」
「ちょっと、アルベド!」
上からひょいと顔を出して、問題ない、みたいにラヴァインに伝えていた。問題ないわけがないし、ありまくりだし。何勝手に、私の事決めつけているのか、こっちも意味が分からなかった。兄弟だなあ、なんて感心する暇もなく「じゃあ、手、出さなくていい?」とひっこめそうになったので、私はラヴァインの手に捕まった。
「重いとか言ったら怒るからね」
「大丈夫、大丈夫。俺の愛の方が重い」
「何それ……きゃあっ」
私がそういった瞬間、グイっと腕を持ち上げられ、体が宙に浮いた気が下。かなり屋根と地面から距離があったように思ったのに、身体がはねになったように浮き上がったのだ。
「ほーら、言ったでしょ?大丈夫だって」
「……ま、魔法?」
「さあ?でも、魔法使ったら、反発で痛い目見ると思うけどな」
「う、そっか……じゃあ、単純な筋力?」
「さあ」
「さあって、いい加減な……でも、ありがとう。おかげで、登れた」
「降りるときは、一人で大丈夫そう?」
「大丈夫!そこまで心配しなくていいから!」
過保護か! と思わず大声を上げそうになったところを何とか抑えて、私は屋根の上で息を吐く。ちょっと息が白かったので、そんなに寒いのかな? と顔を上げれば、目に飛び込んできたのは満天の星空だった。
「すごい……」
きれい、というつもりが、すごい、なんていう感想が漏れてしまい、アルベドとラヴァインに「ほかにないのかよ」と津子まれてしまった。でも、本当にきれいだって思ったし、それくらい、言葉を失うくらい綺麗だったんだから! ということを伝えたかったのに、二人は全くそんなように見てくれなかった。まあいいんだけど……
(にしても、凄い星の数……)
こんなにはっきり見えたことはなかった。星がきれいだって思ったことはある。もちろん、アルベドと星流祭の時星空を見たことも。でも、こんなにきれいだっただろか。澄んだ空には、闇色が敷かれていてその上に、青とか、紫とかの寒色のグラデーションがのっかっている。そして、その寒色たちが、闇色を染め上げて滲んでいって。美しいグラデーションの中に白や赤の色がぽつぽつと輝いていた。言葉にするのも難しい、脳が直接美しさを語るのを放置したような、でも脳に直接ビビッと入り込んでくるようなそんな感動を覚えた。
「星……」
「流れ星は明日だろうがな。まあ、運が良けりゃ見えるぞ」
「見たい、けど……そんな簡単じゃないでしょ」
「お前は運いいから見えるかもな」
と、アルベドは屋根の上に寝っ転がって言うとふああ……と大きなあくびを下。連日連れまわしてしまったため、彼もつかれているのだろう、とありがとの意味を込めて小さくお辞儀をする。それにしても、明かりがなくて、周りが見えないのだけはちょっと辛かった。でも、明かりをつけてしまったらあの星々は見えなくなってしまうんだろうな、っていうのが分かってしまったから、明かりを――とは言えなかった。
夏特有のちょっと涼しい風が吹く。エトワールだったころとは違い、髪の毛が短いため、なびく、という感覚はなかったがそれでも少しだけ髪の毛が揺れて、私は手を当てる。今思うととても不思議な感覚で、転生というのは全く違う体に憑依するということで、自分の意志で手足が動いているのだとしても、自分の身体なの? と思うときがある。ちぐはぐになるわけではないが、こんなきれいなのが私!? とか、転生した当時は思ったものだ。そして、転生――体が借り物であるということが、なんとなくしっくりこなくて、でもそれが心理な気がして。いつか返さなければならないみたいなイメージがあるのだ。だから、もともとの身体の主に、私は体を奪われた……返しただけ、というとらえ方もできる。けれど、やり方が間違っているのではないかと。
(――っていっても?どうやって返せばいいって話になるじゃん。処刑されて、身体を……なんて意味わかんないし)
強奪の仕方がえぐすぎる。トラウマを新たに刻まれた感覚もあって、私は何も言えなかった。あの時に感じた怒りは今も心の奥底で煮えたぎっている。怒りというのは七秒経てば消えるとかいうが、そんなことはない。残った燃料でも燃え続けるもので、それが薄くても消えることはないのだ。
エトワール・ヴィアラッテアもこの夜空を見ているのだろうか。見ているのなら何を考えているのだろうか。
(リースが横にいて、寄り添って……キスとかしているのかな)
考えたくもないのに、頭にたくさんの考えが浮かんでくる。エトワール・ヴィアラッテアがそれを望んでいるのならするだろう。そうでなければ、ただ隣にいる、洗脳して隣にいさせて愛させているだけで満足か。愛なんて、求めれば求めるほど強欲になって、歯止めが利かないものだとは思うけれど。
「あっ、みて、ステラ。流れ星」
「え、ど、どこ!?」
ラヴァインに言われ、ハッと顔を上げたが、すでに流れ星は消えた後のようで、ラヴァインは、あ~と残念そうに声を上げ、肩を落とした。
「ご、ごめん、せっかく教えてくれたのに」
「まっ、仕方ないよ。あいつら寿命短いし」
「寿命って」
「でも、俺たちの方が寿命は短いよね。あと、不運な事故で命をなくすとか……」
「ラヴィ?」
ラヴァインの瞳が寂しく揺れる。濁っていた満月の瞳は輝きを取り戻したと同時に、幼い子供の目に変わり、寿命が、命の星が消える……と呟くように、彼は私の手をそっと掴んだ。
「俺、あの時怖かったんだよ。見てたから……ステラが死ぬの。今でも忘れないよ」
そう言って、ラヴァインは、ぎゅっと私の指先をつまみ、眉を寄せた。




