218 祭りの思い出
町の活気は、夜が深まってきても、その盛り上がりを萎えさせることはなかった。
「ステラ、これ、やりたい」
「射的……かぁ」
本当に、星流祭の屋台は、何をもとに作られているのか分からなくなる。射的、という名前でなくとも、見る限り射的だし、りんご飴とか、お面とか……もちろん、世界を探せばいろいろあるんだろうけれど、ロマンスファンタジーの一種であるこの乙女ゲームにはなんか浮いて見えてしまうのだ。というのは、私の感想であり、ただ祭りを単純に楽しめるのはいいことだとは思う。
「射的かあ……あんまり得意じゃないんだよなあ」
「じゃあ、ボクがやる!」
と、ファウダーは、店主にお金をわたし、大きな銃をうんしょと台の上から持ち上げる。どう考えても大きさがみあっておらず、子供用の台の上に登ったとしても、不安定すぎてみていられなかった。
さすがにその位置から落ちて怪我をするなんてことないだろうけれど、さすがにこれは……と思ってしまうのだ。やる気があることもやってみたいと思うこともいいことだとは思うけれど、どう考えても、大きさがあっていない。
「ふぁ、ファウダー大丈夫?」
「重い……」
「だ、だろうね……いけそう?」
「わかんない。でも、やってみたいんんだ」
やりたいと口にしたファウダーの目は輝いていた。すすで汚れたアメジスト、それがファウダーの瞳の特徴だったのに、今ではその瞳を輝かせている。好奇心旺盛な子供のようで、私はわっ、と思わず声が漏れてしまう。純粋な子供。混沌なんて言われる恐ろしい存在ではなく、本当に純粋に、それを楽しむ子供のようで、私はなんだか嬉しくなった。
(射的、私上手くないけど、やってみようかな)
感化されて、という言い方はそこまであっていないのかもしれないけれど、ファウダーがパン、パコッと、慣れない手つきで銃をかまえて、景品に球を当てようとしている姿は可愛らしくて、我が子を見守る親のような気持ちになった。
すべて球を打ち終わったようで、何も当たらなかった、と瞬とした表情で、ファウダーは台の上から降りた。
「もう一回やる?」
「ううん。大丈夫、平気!」
「楽しかったらもう一回やってもいいんだよ?今日お金持ってきているし……」
「そうじゃなくて……うーん、ちょっと重かった」
と、ファウダーはやってみての感想を述べた。やっぱり重かったかあ~なんて思いつつも、それでも楽しかったと言ってくれたファウダーの頭を対撫でてしまった。前、こんなところがブライトに見つかっていれば手を叩かれていたところだろうけれど、ファウダーの秘密を共有し、彼に触れても大丈夫な人物として認められたことで、私もだいぶん動きやすくなった。
ファウダーは嬉しそうに顔を緩め、へへ、と私の手に頬を摺り寄せた。弟が欲しい! なんて思ってしまうくらいには可愛かった。
「ステラ様!」
「ああ、ブライト、アルベド。ごめん、先に行っちゃって」
「迷子になってねえか心配だったんだぞ?お前、人ごみ苦手だろうし」
「あはは……まあそこは大丈夫かなって感じで」
「――ったく、お前はなあ」
合流したアルベドとブライトは、ほっと安心したように胸をなでおろしていた。迷子になったのかと、とアルベドがいった通り、かなり心配されていたらしい。追いかけてくるのが遅かったのはそっちじゃん? といいたくなったが、ぐっとこらえて、ごめん、と口にしておく。謝ったら、変な火種はうまないだろうし……
ファウダーはタッと、ブライトに駆け寄って、ごめんなさい、と少し誤った後で、私や、星流祭が愉しいということを口にした。ブライトも、最初は何を言っているのか理解できていないようだったけれど、ファウダーの言葉を理解してからは、その頬を緩ませて、自分事のように喜んだ。少しずつ、弟とのあれそれが解消されていけば――という私の願いもそのうち叶いそうだと。
(ただ……だけど、元の世界に戻ったらこの関係もなくなっちゃうのよね……)
わかっている一時の幻想だとは。
「ふーん、射的か。えと……ステラがぼろ負けした奴だな」
「うっさい!慣れているアンタと一緒にされたくない!」
「俺が慣れてるって何でそう思うんだよ」
「経験値」
「何だそりゃ……勝負するか?」
アルベドはにやりと笑って私に問いかけてきた。負ける未来しか見えていないのに、私は勝負する気さえおきんかった。そんなに言うのなら、ブライトとすればいいのに。私とやっても、勝てる未来しかないのに本当に嫌味な奴、と私はアルベドをちょーっと軽蔑するような目で見る。
「アンタと、ブライトが戦えばいいんじゃん」
「それだと、つまんねえだろ?あと、注目は集めたくない」
「なら、私とやっても一緒」
そんなふうにやり取りしていれば、ふああぁ、とファウダーが眠そうにあくびを下。
「ファウ、眠いんですか?」
「うん、ちょっとだけ眠い……でも、まだ遊ぶ」
「体調の方が大事なんですから、今日はもう帰りましょうよ」
「でも……ステラと一緒にいたいから」
「……あ、あはは。ありがと」
何か、個人的に話したいことがあるのだろうかと思ったけれど、全くそういった打算なしで、ファウダーは遊びたいようだった。本当に純粋な子供の彼が垣間見れて、そこに喜びを感じつつも、やはり、子供体力のため、夜遅くになると疲れて眠たくなるらしいと。
ブライトは、明日もあるんですから、といったうえで、私たちに頭を下げた。
ファウダーは最後まで抵抗していたけれど、ブライトに言われて大人しくなり、ちらりとこちらを見た。
「いつでも、呼んでくれたら行くから。あ、でも、お父様にきかなきゃだめだから、よければ、そっちに招待してもらえると嬉しいかも」
フィーバス卿はきっと、ファウダーの存在に気づいてしまうだろうから。ブライトもそれをわかってか、こくりと頷いた。そうして、彼らは感謝の言葉を述べながら、人ごみの中へと消えていく。きっと、ちょっと行ったところに馬車が手配されているのだろう。
彼らが見えなくなった後、私もどっと疲れがきて、アルベドにもたれかかってしまった。彼はさすがというか、体力があるので受け止めてくれ、私の肩を優しく抱いた。ちょっとしたそういう気づかいというか、行動に心臓が飛び跳ねてしまうけれど、平常心、平常心と唱えながら、私は目を伏せる。
「疲れちゃった」
「だろうな。お前、体力ないから」
「それは、そう、認めるけど……もっといい言い方なかったわけ?」
「ねえなあ……そういや、あいつスッキリした顔してたな。ステラも隅に置けない」
「はい?」
生き何を言い出すかと思えばよく分からないこと。アルベドは、少し焦ったような、それでもどこか誇らしそうな顔をしていた。どうなったら、そんな感情が入り混じった顔が出来るのか、聞きたいくらいには、アルベドの顔は、なんとも言えなくて、そして、どこを見ているか分からなかった。
「まあ、ブライトともいろいろあったから。結果オーライ。今回のこともそうだけど」
まさか、ブライトと会うとは思っていなかったけれど、それでも、彼の好感度や、信頼という物が少しでも今回の交流で深まったのならいいと思った。
そして、問題は明日――
「リース……」
「……」
きっと、明日彼は来る。だって、エトワール・ヴィアラッテアが、こういう行事ごと、ジンクスを信じているだろうから。ロマンチックに、愛されているってエトワール・ヴィアラッテアならそう考えるだろうから。
闇に白い星が点々と輝き、私たちを見守るように優しく降り注いでいた。




