216 新たな扉なんて開けたくないのに!
「ステラぁ!」
「――っ、と。ファウダー、久しぶり。ブライトも」
ダッと走ってきて、ぎゅむっと効果音が出そうなくらい柔らかく抱き着いてきたのはファウダー・ブリリアントだった。小さな彼は、私の身体に顔を埋めると、「うー」といいながら、頭を摺り寄せてきた。それを見てか、ブライトは何とも言えない表情になっており、「すみません」と小さく謝る。
(まあ、その反応が普通……)
わかってはいるけれど、ブライトとはファウダーの秘密について共有している。そして、私はファウダ―に抱き着かれてもなんともない人間の一人で、これまで徹底的に人を避けてきたのもあって、それが出てしまったのだろう。ファウダーに触れられると、負の感情が増幅させられると……
ブライトの必死な苦笑いが、かわいそうすぎて、こっちも何かフォローを入れられればと思うが、まったく何も思いつかなかった。多分、アルベドには、言わなくともファウダーの正体はバレているだろうという、ブライトの気持ちも伝わってくるわけだし。
「お久しぶりです。ステラ様」
「ひ、久しぶり。ブライト」
「すみません、ファウが……ファウ、こっちに来てください。ステラ様が困っています」
「や!」
「や!じゃありません!」
や! なんて、めちゃくちゃ可愛いじゃん!? などと、ショタに目覚めそうな気持を必死に抑え、私は大丈夫だから、とブライトに微笑んだ。ブライトは、ぎこちなく、「ステラ様がいうなら……」といってくれ、とりあえずファウダーは私に引っ付いたままということになってしまった。別にいいんだけど、自分で言ったから訂正はしないけれど、ちょっと恥ずかしいし、動きにくい。それに、アルベドに見られているという何とも言えない状況に私は言葉を発することが出来なかった。
「本当にすみません」
「いや、大丈夫だから!ね!」
「……はい。それはそうと、邪魔してしまいましたか」
と、ブライトの視線は、アルベドへとむけられた。さすがのアルベドも、空気になることなんてできずに、んだよ、みたいなメンチ切るみたいな鋭い目をブライトに向ける。ブライトのことが嫌い、というのは彼が光魔法の出である、からしか私は分からない。ただ、性格が合わないというのも原因の一つであるため、そこは相手のことを理解できても、好きになるまではいかない。
ブライトは、睨まれたことに対し、眉を下げ、「レイ卿もお久しぶりです」と小さく頭を下げた。
ブライトは、私とアルベドが婚約者同士であることを知っているため、気を使ったのだろうが、その気の使い方はあまり嬉しくない。いや、あっちが何も知らないから、そういう対応をしてくれるのだから、嬉しくないわけではなく、申し訳なくなるのだ。だましているから。
「へいへい、久しぶりだな。ブリリアント卿。あわないうちに、やつれたみてえだな」
「少し、忙しくて」
「アルベド、分かってて悪く言ってない?」
「別に」
「はあ……別に、邪魔にはなっていから大丈夫!星流祭これたんだ!よかった!」
「はい、ファウがいきたいといったので。雨が降らなくてよかったです」
ブライトはそういってにこりと微笑みかけた。アルベドのせいで、確かにやつれているのでは? と思ってしまう。父親の代わりに、侯爵としての仕事もこなし、尚且つ災厄を食い止めるために惑う騎士団としての指揮も執って――忙しいことこの上ないのは十分承知している。彼がつかれる理由はそれだけで十分で、それに関してとやかく言うつもりはなかった。
――が、アルベドは、そういう疲れている人に対してもきつい言葉をかけるので、少しぐらい気遣ってもいいのに、なんて思ってしまうわけで。
私に抱き着いていたファウダーは離れ、ブライトの方へと走っていく。もじっと、彼の後ろから顔を出すところがあざとく、わざとやっているのだとしたら、かなりのサービスだ、なんて思ってしまう。
(新たな扉なんて開けたくないのに!)
リュシオルがいたら、そのまま新しい扉を開いちゃえ、何て言われただろうが、残念ながらが彼女はここにいないわけで。
ファウダーが前よりも、子供らしい姿を見せるようになって、人間らしくなって、ほっとしている自分がいた。ファウダーが混沌という縛りではなく、ただの人――ファウダー・ブリリアントとして生きていける世界というのはみてみたいとは思っていた。ブライトも、ファウダーがもう危険な存在ではないと知ったらきっと彼も心を開いてくれるだろう。それが、ひと時の夢であれ、きっと……
「ステラ、一緒にまわりたい」
「ええっと、星流祭を?」
「うん。ダメ?」
「だ~め、じゃないこともないこともないけれど!」
完全に私を落としにかかっている。ファウダーって攻略キャラじゃないよね? と頭の中では、萌える気持ちと、攻略キャラじゃないのに、こっちを攻略してこようとするショタに対する警戒音が鳴り響き、返答に困ってしまった。今日はすでに、ルクスとルフレとの交流があって疲れてしまっていたから、これから回るとなると、またかなり体力を消費するなと。明日が本番であるから、温存したい気持ちはあれど、ブライトとの交流も捨てがたいわけで……
こういう時は、アルベドに決めてもらおう! と、私は彼の方を見る。すぐに、意図を理解した様で、アルベドは嫌そうな顔を私に向けた。
「別に、俺はお前がいいっていうなら、それに賛同するだけだけどな」
ほら、そういう。
頬を膨らませつつも、私はアルベドは付き合ってくれるみたいだから、まあいいか、という認識に切り替え、ブライトとファウダーと向き合った。ブライトは、本当にいいのかと、信じられないものを見るような瞳で見つめてきた。
「いいよ。少しだけなら付き合える」
「やったあ!」
「ほ、本当にいいんですか。ステラ様」
「え、何で?」
「何で、とは……その……疲れていらっしゃる様子だったので」
と、ファウダーはしどろもどろに言う。
申し訳なさが伝わってくるその表情に、私平気だから、と伝えたうえで、ファウダーの手を取った。小さくて私でも握りつぶしてしまいそうなその手に少しだけ力を加える。
混沌という、災厄を呼び、エトワール・ヴィアラッテアをラスボス化させた張本人。彼のうちに潜んでいるのは負の感情の集合体。それが分かっていても、彼が悪いわけでもなく、そして彼が個として存在するのが難しい存在であると。けれど、ファウダーとしての、一個人としての感情や形が出来ていけば、かれは混沌から切り離された存在になるのではないかと思った。まあ、簡単な話ではないと思うけれど。
ブライトも、それをいつか認めて、そのうえでファウダーと兄弟になってほしいと。
「疲れてはいるけれど、ファウダーも一緒にまわりたいって言ってたし。私たち、まだ明日まわるから大丈夫だよ。ね、アルベド」
「へいへい。婚約者様の仰せの通りに」
「そ、それではお言葉に甘えていいですか?」
「どうぞ、もちろん!」
私が元気よく返すと、ブライトはようやく硬かった表情をほぐし、ふわりと花が咲くように笑ってくれた。ブライトは笑顔が似合うから、ずっとそのままでいてほしい、なんて思ってしまう。
(まあ、後は私しだいってかんじというか……)
「行こうっ!」
「ちょ、え、ファウダー!?」
私がそんな感じでふけっていれば、私の手をグイッと引っ張り、ファウダーが歩き出した。みんなで回るものだと思っていたから、びっくりしてこけそうになるが、後ろを振り返れば、アルベドとブライトも同じようにあんぐりと口を開いていた。子供の大胆な行動としてみてくれればいいな、と感じつつも、私はファウダーに手を引かれ、ずんずんと人ごみへと入っていった。




