215 洗脳が解けかかる
「アルベドでも……だめだと思う?」
「あ?」
「あ、ごめん……ええっと、アルベドも、その聖女がヘウンデウン教とつながっていることに関して思うところあるんだって」
「そりゃそうだろ。そもそも、お前を殺して体を奪っている時点で有罪なのに、ヘウンデウン教と手を組むとかあり得ねえだろうが」
「そうだね……」
「つっても、怒りを向けるべきは本来お前だし、俺が怒ったところでなんともな……」
そういうとアルベドは、壁に背を任せ腕を組んだ。
アルベドは曲がったことが嫌いだから、エトワール・ヴィアラッテアのやり方にはいろいろ思うところがあるのだろう。私だって思うわけだし……何よりも、彼女の行動理由が愛されるため、というのが自分勝手で、それに巻き込まれる人の気持ちにもなってほしい、というのが本音。しかし、そんな罪悪感を彼女が感じているはずもなく、彼女は彼女の愛のために走っているのだ。だから、誰も彼女を止められないし責められない。けれど、誰かが正さなければ彼女は止まらないだろう。まあ、耳を傾けてくれるというわけでもないし。
「……」
「渋い顔してんな」
「アンタだってそうだった。ヘウンデウン教を巻き込む意味が分からなかった。彼女は、きっと魅了?みたいな魔法持っていて、周りからちやほやされて。聖女の歴史さえも書き換えてしまった。自分は愛される存在なんだって、偽りの王座の上でくるくるって……それって、むなしくないのかな」
「知らねえよ。俺は、そいつの事あんまり知らねえんだから。お前だってそうだろ?」
「そう、分からないから、憶測でしかない……」
でも、彼女は何度も愛されたい、愛してといってた。悪役として作られた彼女。愛されないのも、理不尽に嫌われるのも仕方ないと思っていた。それは、ゲームをプレーしている側からの視点だ。
私が、実際、エトワール・ヴィアラッテアになって、その仕打ちを受けて、何で愛されない? というよりかは、何で理解されない? という思いの方が強かった。もしかしたら一緒なのかもしれないけれど、地続きかもしれないけれど、理解されない=愛されないというのはあながち間違っていなくて。でも、私の周りにはちゃんと理解してくれる人、理解してくれようとする人がいて、その人たちに救われてきた。ヒロインが、本物の妹だったっていうのは誤算中の誤算ではあるけれど、それがなくてもきっと私は上手くやっていけたらだろうって。
だからこそ、今のエトワール・ヴィアラッテアのやり方が気に食わなかった。私を殺してまで手に入れたその座は、本当に幸せだったのだろうかと。
(いや、幸せでしょ。リースを……みんなを……)
むなしいのなら、きっとすべて壊してしまっただろう。なんとなくそんな気がするのだ。彼女の性格的に。だから、今は幸せ。でも、飽きたらすべて壊してしまうかもしれない。そんなことは絶対にさせないし、許さないい。
彼女の気持ちに寄り添ってあげたいけれど、彼女が寄り添う気も、それをみせる気もないのだから、仕方がない。ただ助けてとか、一緒にいてとか、愛してとか……それを押し付けるわけでもなく、奪うでもなくすればもっと違う道があったのではないかと。
洗脳という方法でしか人に愛してもらえないというのは、あまりにも寂しすぎる。
「さて、今日はもう帰るか。明日が本番だしな」
「まあ、明日リースに会えるとは思わないけれど、それに、エトワール・ヴィアラッテアもいるだろうし……」
「めちゃくちゃ不安そうな顔してんな。珍しい」
「珍しいって。だって、私の事全く興味ないって、そんな顔、されたから……傷つくじゃん」
同じ結果になったらって思うと怖くて眠れなくなる。
いや、きっと同じ結果になってしまうだろう。彼女の洗脳を解く方法がまだ見つかっていないんだから。
不安を口にしたところで何かが変わわけじゃない。むしろ悪化してしまうといってもいいだろう。
だからあまり口に出さずに、胸の内に秘めておきたいのだけれど……
「だが、他のやつとの交流が増えていって、少しはその洗脳が解け始めてるんじゃねえか?」
「え?」
私はアルベドの言葉に顔を上げた。
アルベドは、確証はないとしたうえで、持論を述べる。夜風に彼の紅蓮の髪がなびき、美しいなと目を奪われてしまった。
「ブリリアント卿もあの双子の富豪も、グランツのやつはどうかは知らねえよ?だが、ラヴィの封じられていた記憶も取り戻せた。少しずつ、こっちに分配は上がってきている。だから、そこまで心配しなくてもいい。その洗脳とやらが、とけかかっている……もしくは、弱くなっているとか」
「そんなことってあり得るの?」
「魔法って有限じゃねえよ。そいつのイメージと魔力が尽きれば解けるだろ?お前もそれは分かってるはずだが?」
「わ、分かってるけど……でも、聖女の魔力だよ?そう簡単に尽きるわけないじゃん」
エトワール・ヴィアラッテアの魔力量については、かつてその体を借りていたみとしてはずいぶんよくわかっているつもりだ。ちょっとやそっとで尽きるような設計になっていないのだ。まあ、私の使い方が悪くて、何度も疲労を起こしているけれど、初代聖女に匹敵するほどの魔力を秘めていた。だって、本来なら悪役として、ラスボスとしてみんなの前に立ちふさがるんだから。
けれど、アルベドがいうと説得力があり、もしかしたら? なんていう希望も見え始めた。
そうだったらいい。でも、だとしたらリース一人に目的を絞って洗脳魔法をかけているのでは? という疑惑も出てくるので喜べないところである。一人に対して高度な魔法をかけるということは、決して愚策ではないからだ。
「確かに……周りに思い出してもらえたら、それだけ、この世界に違和感を叩きつけられるってことだし、前の世界に戻るってことも、考えられなくはない……かも」
「そうだろ?考えようだよ。それに、記憶を封じ込められているだけで、魅了の魔法はあまり強くない」
「え、あれ、洗脳魔法って強いんじゃないの?」
「強いけど、魔法は魔法だ。人の心を操ったり、混乱させたり……でもそれは、魔法が一部作用しただけで、魔法は絶対じゃねえ。だから、魔法至上主義っつぅ考え方はよくねえよ。だって、魔法より、人の心が強いんだからな」
「ええっと、つまり?」
と、私が、分からなくて首を傾げれば、アルベドは、目を丸くしてふっと笑った後に、「魔法の原動力、魔法を発動するのに必要なものは?」と私に質問を投げてきた。私は、そこまで言われて、気づかない馬鹿ではなかったので、すぐに気づくことが出来た。
「心、イメージ……」
「そっ。だから、魔法は人の心によって動かされ、強くなる。魔法から心を守るのは、そいつの強い心っつうか……やべ、説明分からなくなってきた」
「いや、分かるよ。洗脳魔法が欠けられていても、本当に心までは操れない。操れるけど、限度があるってことだよね。感情によって魔法が凶暴になるのも、それが原因で」
「そうだよ。だから、100%魔法が、絶対完全無欠の存在じゃねえってこと。だから、穴はある」
「そ、そうだよね。何回も、アルベドに元気づけられちゃって、あはは……ありがとう」
「今お前を支えられるのは俺しかいねえしな」
そういって、アルベドはまた、フンッと鼻を鳴らす。今回ばかりは――今回も助けられた。何度だって不安になるけど、そのたび励ましてくれて。必要な存在だと認識させられる。もし、アルベドが迷ったら、その時は私が。
「――ステラ様?」
「……ブライト?と、ファウダー?」
ふと、聞きなれた声が耳を貫き、私はバッと体を向けた。するとそこには、闇夜のように美しい漆黒の髪を持った、アメジストの彼と、小さな元ラスボスがたっていた。




