214 結果的には
「ほんと、ステラは読めねえ女だよな」
「アルベドにも読めないの?」
「そこがいいんだよ。お前のいいところだよ」
「本当に、褒めてる?それ?」
イチゴ飴を舐めながら、アルベドの言葉に耳を傾ける。アルベドからしたら、またとばっちりを食らったようなものだけど、許してくれたので、私たちの絆は他よりも深いと実感する。
「子供嫌いなのに、子供の相手させてごめんね、とは思ってるけど」
「本当に思ってんのかよそれ」
「まあ、アルベドだし、さすがに手を上げるまではしないと思っていたけど」
「お前は上げそうになっただろ」
「まさか!?」
それは、さすがに見る目がなさすぎる。と、私はぶんぶんと首を横に振った。するとアルベドは、わざと行っただけだ、とほんとか嘘か分からないことをいって、私のイチゴ飴の真ん中の部分を食べてしまい、私はあっ、とアルベドの方を見た。
「甘いの、悪くないな」
「ねえ、私の食べかけ!」
「いいだろ。別に」
「よー……くない、よくないって!」
ぺろりと、下で口の周りについたものは舐めとって、アルベドはフン、とまた鼻を鳴らす。
よくない、よくない。そういうのよくないよ! と、私は心の中で全力で頭を振り回した。そういう、ちょっとした行動でも顔が熱くなるのに、アルベドは平気でやるから、本当に心臓に悪い。また、相手が悪いという自覚がないのも悪い!
「よくない……」
「まだいうかよ。そんなに欲しけりゃ、もう一本買ってやるぞ?」
「そういう問題じゃないし……はあ」
「ため息つくなよ。イチゴぐらいで」
「違う!アンタが食べかけ食べたから!分かる?」
「わかんねえ」
「分かってるでしょその顔は!?」
んべ、と舌を出して、頭の後ろで腕を組む。もう、絶対に確信犯だと叫びたかったが、これだけで叫んだら、また「大げさだ」といわれかねない。ここは、ぐっと我慢するしかなかったのだ。たとえ、食べかけを食べられたとしても。
(嫌だけどね!?普通は嫌なんだけど!?)
好きな人にされたら……いや、好きな人でも、楽しく食べていたものを分捕られる気持ちになってほしい。勝手に食べるなダメ絶対! 私はそんな気持ちでアルベドを睨みつけつつ、はあ、と息を吐いた。
「ため息つくなよ。幸せが逃げるだろ?」
「意味わかるけど、それ普通に口にした人初めて見たんだけど」
「いや……いや、まあ」
と、アルベドはいってみただけ、みたいな顔をしていたので、本当にしばきたおしたくなった。
「まあ、縁はつながったし結果オーライだろ」
「アンタがそれをいう?」
「誰のおかげで喋りかけられたと思ってんだよ」
「アルベドだけど?」
「だろ?あとは、ステラが好きなようにすればいい」
「アンタがいうと、煮るなり焼くなり好きにしろみたいに聞こえるんだけど」
「ひっでええな!?さすがの俺でもそんなこと思わねえよ?ラヴィだったらどうだかわかんねけどな」
「ラヴィでも、そんなこと思いわないでしょ」
どうだろな、とアルベドは言うと、ふうと息を吐いて空を見た。満天の星空がそこには広がっており、点々と白い星が並んで光り輝いている。やはり、前の世界では見なかった光景。
雨が降っていて、きれいな空を見ることが出来なかった。けれど、今はどうだろうか。空が高くて、少し肌寒かった。ラスター帝国は、暑くて、焼けそうな太陽がさんさんと降り注ぐ軍事国家だ。なのに、今は少し寒くて、くしゃみが出そうになる。
「星、きれい……」
「いいよな。場所としては最高だと思うぜ。この帝国は」
「お父様も見ているのかな、この星空を」
「フィーバス卿に星を愛でる趣味があるのかよ」
「あるよ……多分、分からないけど。でも、お父様、一緒に星流祭行きたかったみたいだから。いつかね、お父様が、あそこから出られたらいいなとは思ってる……かな」
フィーバス卿の願いもかなえてあげたい。ここまで、いろいろ良くしてくれている人に、なにも恩返しできないまま前の世界に戻るなんてことはしたくなかったのだ。かといって、今すぐに何かできるようなわけでもなく、そこも模索していかないといけない。できないわけじゃないけれど、抱えたものが多すぎて、取りこぼしてしまいそうになっているのもまた事実だった。
ただ本当に、この世界は、私に与えられたやり直すための世界だと思っているので、やりたいことは、後悔があったことは、ここですべて回収しなければとは思っている。
(――って、この世界に来て何度も思ってしまってることなんだけどね)
アルベドの言った通り、ルクスとルフレとの縁はつながった。そして、招待してくれと図々しい話もしてしまった。好奇心の塊である彼らはきっと私を招くであろうという憶測の元、エトワール・ヴィアラッテアの一歩先を行けた、ただそれだけでも私は満足だった。これからどうなるかは分からないけれど、富豪を味方につけられるのはいいだろう。
(ただちょっと、警戒されているんだけどね……)
理由は分かっているし、それをとやかく言う必要もない。ただ、あの双子の警戒心は私が思った以上のものなので、下手に距離を詰めすぎるのはかえって逆効果だろう。大富豪の子供にプレゼントするものなんて、安いものじゃだめだし、そもそもプレゼントで喜んでくれるのだろうかと思うから、安易にあげるのもよくない。
そして、何よりもこの時代に双子のことを知っているからこそ、変に二人を刺激し、離れ離れにさせるようなことはしてはいけないと思うのだ。
「北の洞窟の事」
「北の洞窟?ああ、あの大蛇が出るところな……それがどうしたんだよ」
「あれ、私がとある理由でいって、退治したのは、私じゃなくてラヴィなんだけど……ね。その、あの洞窟には薬草だけじゃなくて魔法石もとれるらしかったの。その権利をダズリング伯爵家に贈与したというか。それで、聖女……神殿と伯爵家のつながりが出来て」
「じゃあ、その北の洞窟の大蛇を早めに退治すればいいってことか」
「そう……それも、エトワール・ヴィアラッテア……今の偽物は、そのことを知らないだろうし、北の洞窟に行かなければならないハプニングが起きないと思う。だからね、早めに対処した方がいいと思って」
「まあ、それは一理あると思うな。だが、問題は災厄の調査をどうするかだな」
「今からいって間に合うと思う?」
私の問いかけに対し、アルベドはさあな、とまったく酷い返し方をしてきて、肩を落としそうになった。でも、確かに、問題に問題をこれ以上積み重ねるのはよくないというアルベドのアドバイスも分からないではない。
(災厄の調査……)
初めてあの肉塊と遭遇した時のものだ。記憶に新しいわけではないが、印象には深く残り続けている。望むなら、あの肉塊とはもう戦いたくない。
(だって、倒すのがめっちゃめんどくさいんだもん!?)
けれど、エトワール・ヴィアラッテアが、助言をしなければ、あの肉塊を倒すことはできないだろう。あの時、リースにアルベドが倒し方を教えてくれたらしいが、エトワール・ヴィアラッテアがそのことを滑らせるかどうか。
けれど、聖女としての役割というのを放棄することはないだろう。彼女にとって自分の株を上げる行為なのだから。
「アルベドの転移魔法を使えば……先回りをすることはできるでしょ。いざとなったらそうすればいい……まあ、でもあの肉塊と戦いたくはないけれど」
「倒すのがめんどくさいのは分かるぞ?俺もよくあんなもの作れたと思ってるくらいだからな」
「でしょ?」
「ヘウンデウン教を叩かねえ限り、犠牲と、あの化け物は作り出される。それに、偽物がかかわっているのが許せねえよ。俺は」
と、アルベドは言うと、グッと爪が食い込むばかり力を入れ、こぶしを震わせた。




