212 引きつる笑顔
(なんかお父様の権力を使ってっていうところは、なんか申し訳ないなあとは思うけれど)
これ以上馬鹿にされるのも、馬鹿にされて話を聞いてもらえないのもあれだと思ったため、フィーバス卿の名前を出したが、その効果は絶大だった。
ルクスも、ルフレも少し怯えたような、それも演技ではなく、ごくりと固唾をのみこんで私の方を見ていた。知らないわけではないだろうし、知っているからこそ、そんな反応なのだろう。まあ、驚いているのは、養子がいたことに対してか、それとも私がフィーバス卿の娘だとわかったからなのかは分からなかった。
「フィーバス辺境伯の」
「娘……」
「そう!だから、あんまり変なこと言うと……お父様に言いつけちゃうんだから」
「……なっ」
「おとなげなっ」
ルクスは言葉を飲み込んだように答えていたが、ルフレに関しては、すでに言葉が出てしまった後だった。あ、みたいな顔をしていたが、それは見逃してあげようと思う。
後ろで、アルベドも「おとなげねえなあ」と言っていたので、こちらに関しては、足を踏んずけたが、まあアルベドだし大丈夫だろうと思った。
そんなふうに、少し未知の端によりつつ、話をしていれば、先ほど双子を見失ったのか、いつの間にかはぐれちえたメイドのヒカリが合流した。
「お、お坊ちゃまたち……あ、足速いです」
「メイドが遅いだけじゃん」
「遅いメイドが悪いんじゃん」
「そ、そんなあ……って、あの、こちらの方は?」
ヒカリは、すぐに私たちの存在に気づき、アルベドを見た瞬間、少しだけ眉をひそめた。そういえば、ヒカリは、ヘウンデウン教とつながりがあったため、ここにアルベドがいるのが想定外だったのだろう。さすがに、アルベドがヘウンデウン教じゃないことは知っているが、その弟には扱き使われていた云々、だったような気がしたので、恐れを抱いていも仕方がない。ヒカリは搾取された側であり、双子を殺されているのだから。
ヒカリの恐怖を肌で感じつつ、私の方を向いた彼女は、やはりといっていのか首を傾げた。
「ええっと」
「メイド、無礼なことしたら、僕たちの首飛ぶかもしれないから」
「発言慎重に」
「お、お坊ちゃまたち!?」
「すみません、挨拶が遅れました。私、ステラ・フィーバスと言います」
私はすかさず、にこりと挨拶をした。作り笑顔もさすがになれてきているので、自然に挨拶もできるようになった。ドレスをちょんとつまんで例以上らしい挨拶をすれば、アルベドの視線が刺さる。令嬢らしくないと言っていた相手が凝視していることに耐えられそうになかったが、何とか持ちこたえて、ヒカリの方を見た。
ヒカリも、フィーバス卿の名前を出せば、すぐに気づいたようで「すすすす、すみません」と、昔の私みたいに挙動不審な挨拶をする。深々と下げすぎた頭はなかなか上がってこなくて、双子がペシンと、ヒカリのお尻を叩いた。
「ひっ」
「変な声出さないでよ。もー」
「もー、変な声」
「す、すみません」
(いや、アンタらのせいでしょ……)
さすがに、子供とはいえ、女の子のお尻を叩くのはどうかと思う。いったいどんな教育を受けてきたら、女の子のお尻を叩いていいなんて思えるのだろうか。
「なんか愉快だなあいつら」
「不愉快とか言い出したらどうしようかと思った」
「いや?別にそれは思わねえよ。公爵家では見えない光景だなって思ったんだよ」
「まあ、アンタら殺伐としているしね……」
けれど、使用人たちは有能で、アルベドとラヴァインの気を窺いながらしっかりと仕事をこなす。ヒカリが出来ないわけじゃないけれど、この双子に振り回されて平気なわけはなかった。私でも……いや、私だったら三日も待たずして、二人の前から去っていったかもしれないのに。ヒカリはそういう根性があるから双子に気に入られているんだろうなと思う。双子も、ひどく当たっているけれど、ヒカリのことは実際は好きだし、きっと解雇することなんてないだろう。彼女が裏切った後も(裏切らざるを得なかった後でも)彼らは、ヒカリを解雇することはなかったし、有能な面はあるのだ。ただ、その魔法を今隠しているだけで。
「あああ、あの、どうしましたか。ステラ嬢」
「何でもないの。大変ですよねーその双子の面倒は」
「え、ええっと。そうでもないです。私は、ルクス様と、ルフレ様が好きですし。毎日楽しいので」
「メイド、臭いセリフ」
「くっさいセリフ」
「うう、すみません」
本音を言ったのに、それでも馬鹿にされるのだからかわいそうだとは思う。それでも、彼らがそんな言い方をするということは、完全にあっちもあっちで本心を隠しているということだろう。まあ彼らが面と向かって、ありがとうとか、感謝しているとかいうタイプでもないし、こんな感じなのだろう。
「ああ、あの、それで。ステラ嬢が、ルクス様とルフレ様に何の用で、ご、ございますか?」
「ようっていうか、少し話したいなって思ったの。私、まだ貴族になったばかりで、友達がいないから、少しでも交流関係を深めたいなって思って」
「そ、そうだったんですね。それで、ルクス様と、ルフレ様を……それで、あの、アルベド・レイ公爵子息様は何故?」
「ああ?」
「ひいっ」
「ちょっとアルベド!何で毎回そんな態度しか取れないの!?」
「はっ!?そんな態度って、俺は別に普通に、いててて、足、足踏むな馬鹿!」
「だって、アンタの態度が大きいというか、威圧的というか!?」
普通だ、とアルベドは叫んでいたが、それが普通でいいわけがなかった。いや、私だったら、いや怖いって思うけれど、ヒカリや、双子を見ていても、怖いって思っているのは明白だったし、なんかもう少し優しく接することが出来ないのかと私は足を踏みつけた。さすがに今回は痛かったようで、痛いという抗議の声を上げたが、「ああ?」から始まったら、誰でも威嚇されているのか、不機嫌なのかって思ってしまっても仕方がないと思う。
「悪かったよ……別に、怒ってねえから」
「そ、そうだったんですね。す、すみません」
「おどおどすんな。メイドがそれじゃ、主人のかくが下がるぜ?」
と、アルベドはヒカリの態度に対し一言言った後、双子の方を見た。ルクスはルフレの前に立ち、庇うようにアルベドを睨みつける。よく、アルベドを睨みつけることが出来たと、褒めたいくらいだったが、アルベドは別に気にする様子もなく息を吐いた。
「ああ、えっと、私とアルベドは婚約者同士で。だから、一緒に星流祭を回っていたの。それで、私から話しかけるのが苦手だから、アルベドが……ちょっと怖がらせちゃったかなとは思ってて、反省はしてます」
「は、反省なんて」
「怖かったんだけど」
「怖いんだけど!」
「お、お坊ちゃまたち。あの、一応、彼らは……」
はっきりと怖いと言われてしまい、アルベドもピクリと眉を動かしていた。まあ、ちょっとヤクザっぽくはあるんだけど、それでも根はいい人だから、と私はアルベドをかばいつつ、確かに友達になりたくて声をかけた、は少し無理があったかもしれないと自分の発言を思い出す。
婚約者がいるのに、男性貴族と友達にってなると、怪しまれるというか、倫理的に……いや、友達になりたいってだけなんだけど……
(なんにも悪いことじゃないし!)
アルベドも、別に気にしていないようなそぶりを見せたため、私は一人心を奮い立たせ、よし、と息む。
「まだ、貴族社会に足を踏み入れたばかりなので。ぜひとも仲良くしてもらえると嬉しいな……なんて」
最大の笑顔。でも、ちょっと不格好だったのは許してほしい。




