208 最悪の可能性
(――星栞って書くの二回目。でも、凄く久しぶりな気がする)
二週目ともなれば、書くことは変わってくるのかもしれない。いや、同じでもいい。あまりに世界に影響を与えすぎるとどうなるか分からないから。けれど、リースの気持ちを知りたいっていうか、その根本的な思いは、変わらなかったから、何を書こうか非常に迷った。
「そういやさ……」
「な、なに?」
「いや、そんな警戒すんなよ。あんときは、何書いたか教えてくれなかったけどよ。今回は見せてくれんのか?」
「いや!だって、見せたら、かなわなくなっちゃうかもしれないじゃん」
「んな、まずこの中から選ばれるわけねえだろうがよ!見てみろよ」
と、アルベドは無数に飾られた星栞を呼びさしながら言った。叫んでも、彼が注目されないのは、先ほども言った、彼が自身にかけている魔法のためだろう。本当に自身の姿を隠せる、判別しにくくさせる魔法というのは、暗殺者としても特に特別視できるものなんじゃないかと思った。それもあって、彼が公子でありながら、暗殺者で、それがバレていないというのも納得できるというか。
魔力の性質という話は、あまり聞きなれなかったが、そういうのもあるのだと、今回ものすごく勉強にはなった。
(また、この色選んじゃったな……)
リースの色。黄金。誰にもけがされない、メッキでは決してない、純金。あのまばゆい黄金が、私は好きだった。ルビーの瞳も美しくて、私は何よりも、彼のビジュアルを好いていた。もちろん、中身が遥輝だから今はもっと好きなんだけど。
手に取った星栞になんて書こうか、迷い、そのうちにアルベドは書き終えてしまったようで席を立つ。
「アルベドはなんて書いたの?」
「お前が教えてくれねえから、俺も教えねえよ」
「ケチ」
「どっちがだよ。お前も早く書いて、この場から退散しようぜ。人がうじゃうじゃいて、落ち着かねえ」
「アルベドも、人ごみ苦手?」
「好きではない、な。お前と一緒」
と、アルベドはひらひらと手を振って、星栞を括り付けに行った。
私も早く書かないとと思うのに、手が進まなくて、頭を悩ませる。
(この間と一緒でいいか……な)
エトワール・ヴィアラッテアだから、当たったのか。それとも、私だったから、星栞に書いたものが選ばれ、隠しミッションの報酬を得られたのか、未だに分からない。同じものを書いて、同じ結果になるなんてこと、まず、同じルートをたどっていないのだから、無理に等しいだろう。
人の心を読めることは、まあ、いいことではないけれど、この際、知っておいた方が、相手が、洗脳されているのかされていないのか分かるし、それでもいいのではないだろうかと思った。
(我ながらあくどい……というか、利益とか重視している点は、親に似たというか……)
これを、親にというべきなのか。でも、今の親は、フィーバス卿だし、前世の人たちのことは考えたくもないなと思う。もう自分で決められる年なんて過ぎて、自分で決めなければならない年なんだから。
「よし」
「書けたのか?」
「うわあ!?びっくりした。後ろから生えてこないでよ」
「生えるってなんだよ。戻ってきただけだろ?あ、いっとくけど、覗いてないから大丈夫だぞ?」
「それ言うと、フリに聞こえるんだけど……アルベドがいうなら、信じるけどさ」
「お前からの信頼は、誰よりも厚いと思っている」
「うわっ、思った以上に、自己肯定感高いタイプだった」
アルベドってそういうこと言うタイプだったっけ? なんて思いながら、まあ、見られていないなら良しとするか、と私も星栞を括り付ける。
これだけ色とりどりの、星栞が飾ってあると、本当に誰が何を書いたかなんてわかりっこなかった。それだけじゃなくて、文字がかすむほど色鮮やかで、星が降ってきたみたいな、流れ星みたいなふうにも見えて美しかった。
「きれい……」
「だな」
「アルベドのもあの中にあるの?」
「あるだろう。さすがに、書いた願いを捨てるほど馬鹿じゃねえし」
「は、はあーまあ、そういう」
「子供のころには、かなわなかった願いが、今叶ったみたいで、俺は嬉しいけどな」
「子供のころ……あ、闇魔法だからって差別されて、歓迎されなかったって言う……」
「……」
「ご、ごめん」
「いーや。覚えていてくれるだけでもうれしいぞ?理由が分からないのに、あれこれ言われるより、分かったうえでっていうのは、気にしねえからよ」
「あ、ああ、そう」
また、人を傷つけるようなやり取りになってしまい、申し訳なさを感じながら、再び星栞を見る。この中から、一人だけ願い事をかなえてもらえるのだ。みんな、期待していないだろうが、実際に体験した身としては、もう一度……と思ってしまうのだ。
今は一つでも手札が欲しい状況。
(ああ、でもそういえば、アルベドには力を手に入れたことについて何も言ってないんだっけ?)
思い返してみれば、私の星栞がい選ばれたことに関しては、アルベドにいっていなかった。私が願ったことの内容もそうだが、自分の心を読める人間と一緒にいたくない、なんて思われたらいやだなと思ったからだ。それもあって、私が力を手にしたことをアルベドが知っているはずもない。私が変に期待しているところをみて、いろいろと思う部分があることは仕方ないと思った。
「じゃあ、とりあえず、一通り回る?明日が一番盛り上がるみたいだから、今日はぷらぷらっと、って感じで……」
「疲れたなら帰ってもいいが……まあ、目的が、目的だし、歩くか」
「だね……やっぱり、貴族でもお忍びで、星流祭くるの?その、貴族って身分を隠して……とか」
「別に身分を隠す必要ねえし、そんな面倒なことする奴の方がすくねえよ。平民も、貴族も、誰でも参加できる愛されている祭りだ。無礼講っつうわけではなねえけど、それなりに、フラットに……」
「どしたの?」
「そういや、星流祭の日って、前の世界では雨降ってたよな」
「ふ、降ってたけど……あ、降ってない?」
アルベドに言われて、星流祭の前日、その期間中に雨が降っていないことに気が付いた。
それが、やはり、前の世界とは決定的に違うことを示しているようで、不穏な空気が漂う。前の世界と変わってきているせいで、思うように動けないと、そんな気がしてならないというか。でも、天気さえも変えてしまうってそんな天変地異をどうすればいいのだろうか。
「対策の方法は?」
「知らねえよ。対策しようがねえんじゃねえか?」
「星流祭のあとは、確か災厄の調査があったはず。その時に、ヘウンデウン教の作り出した肉塊とはちあうことになるんだけど……エトワール・ヴィアラッテアなら、それを防ぎかねない。あれを、倒す方法は知っていると思うけれど、わざわざそんなことをするのかどうかも……」
「だな。俺の所に情報は回って来てねえし、かといって、その調査自体があるかもわからねえ」
「それで、その後は――」
「本物って言われていた聖女様がこの世界に召喚されるって流れだったな」
「うん……」
エトワール・ヴィアラッテアが、本物だって言われているのなら、わざわざトワイライトを召喚する必要がない。
もし、召喚されなかったら?
(トワイライトが、この世界にいない……そんな世界もあり得るってこと?)
私が出来なかったこと。ヒロインが来る前に、ヒロインの座を奪うこと。それが、エトワール・ヴィアラッテアによってなされていたら?
「ステラ?」
「私、妹にこの世界で会えないかもしれない」
いきなり浮上したその不安は、思った以上に大きく、それが、本当になってしまうかもしれないと考えたら、いてもたってもいられなかった。




