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204 話すつもりがなかったこと




「――最近外出が多いが、大丈夫か?」

「え、あ、はい。大丈夫、ダイジョブです!」

「カタコトだな。何かあったらいえ。とはいえ、俺はここから出られないが」

「お父様……」




 相変わらず頼ってほしい精神の塊というか、そういう、しんしんと降り積もる雪みたいな、きれいさがフィーバス卿の魅力だよなあ、なんて勝手に分析しながら、こくりと頷く。

 外に出られない、フィーバス卿に星流祭の話をしたらどうなるだろうか。フィーバス卿のことだから、楽しんできなさいというかもしれないけれど、外に出られない人に対してあまりに酷なこと言っているのではないかと、その自覚はあって、さっきまでルンルン気分でここに来ていたのに、あまりにも、足が重くなり、口も堅くなってしまった気がする。

 フィーバス卿はどうした? と、書類を片付けながら、私に問いかけてきた。




「その、お父様は、外に出られるとしたら、何がしたいですか?」

「……」

「ああ、えっと、ちがくて……ああ」




 思っていたことがそのまま口に出てしまった感じで、私は、慌てて訂正しようとした。ピクリとフィーバス卿の顔が動いたのが分かり、気にしているのことなのではないかとひやひやして次の言葉が紡げなかった。

 フィーバス卿だって、ここにいたくているわけじゃない。けれど、出ていったら、この領地がどうなるかも分からないのだ。性格には出られないから、出られないなりにいろいろしていると言った方が正しいが、娘の私は、制約に縛られることなく……縛られようとすれば縛られるのだろうが、フィーバス卿はそれを良しとしないので、私は好き勝手生きさせてもらっている。

 その恩を仇で返す様なことは絶対にあってはならないのだ。

 フィーバス卿の次の出を窺いつつ、私は、言ってしまったことを後悔し、俯いた。それが、伝わってしまったらしく、「気にするな」と一言言われてしまう。




「すみません」

「気にしていない。お前のように、そう素直に言ってくる奴はいないからな。少し驚いただけだ。でも、そうだな……考えたこともなかった」

「……」

「外に出られたらなにがしたいか。自分が、鳥かごの中に閉じ込められているような感覚は、もうとっくの昔になくなったと思っていた。だが、ステラが外の世界の話をするたび、俺も、一緒に外に出られたらと思うようにはなった……か」




と、フィーバス卿は、自分でもよくわかっていないというような感じで話をし、ペンを置いた。


 私のせい、というわけではないのだけど、私が来てから、フィーバス卿も変わったということだろう。


 星流祭――フィーバス卿と回ることが出来たら、楽しいだろうか。父と娘、親子水入らずで祭りを楽しむなんてこと、私も夢だったから、フィーバス卿にいわれてしてみたくなってしまった。それも、かなわぬ願いだと知っているからこそ、たちが悪く、思えば思うほど一緒に祭りを舞われたらどんなに楽しいかと想像してしまう。本当に、相手にとって、害悪でしかないこの考えを今すぐ捨てたかったが、私の前世のずっと隠していた思いが爆発してしまいそうになり、一緒に祭りを回りたいと言ってしまいそうだった。

 でも、それは口にしてはいけないことだとわかっていたため、私は口を噤む。これだけは、言っちゃだめだと思ったからだ。




「私が、代わりにここにいて、お父様が外に出るというのはどうでしょうか」

「前も言っただろう。簡単に、この地の魔法を体にうければ、トラウマになるぞ。俺は、そんな酷なことを、ステラに……娘にかしたいわけではない」 

「お父様……でも、私は」




 辛さを知らないのに、知ったような口をきくなと、自分で自分を責めるしかなかった。

 フィーバス卿の苦しみは、フィーバス卿にしか分からない。確かに、分かち合うとか、理解しようとすることはできるかもしれないけれど、100%は無理だ。何もできやしないのに、理想ばかりか経っていてはいけないと、私は口を閉じる。




「変な質問をしてしまいすみません。何も知らないくせに、知ったような口を」

「ステラ……」

「はい。なんでしょうか。お父様」

「それは、お前が生きてきた中で、誰かに言われた言葉か?そう、何かがあった時自分のせいにして謝れと誰かが言ったのか?」

「え?」




 顔を上げると、そこには、苦しそうに顔を歪めたフィーバス卿の姿がそこにはあった。なぜ彼が傷ついたような顔をしているのか、私にはわからなかったが、私のために、そんな顔をしてくれているのだと、なんとなく気づいて、申し訳なくなった。




(申し訳ないって、何度この人に思えば気が済むんだろうか……)




 ごめんなさいとか、すみませんとか。

 だましている時点で、もう何度も言っている言葉を心の中で唱える。

 私の自己肯定感の低さは確かに、異常かもしれない。自分で何もできないくせに、って決めつけて。もちろん、非力なのは全くその通りで。

 でも、少しだけ、この世界に来て自己肯定感が高まったのは事実だ。でも、それ以上に、私が過去、前世、親から受けてきた仕打ちは、簡単には私の中から消えてくれそうになかった。

 フィーバス卿が私に近づいてきて、それを感じ、申し訳なく思いつつも、私は肩が揺れてしまった。それを見て、フィーバス卿は、私に伸ばしていた手を下ろした。




「俺が怖いか?」

「いいえ。ちょっと思い出しただけです」

「思い出した、何を?」

「昔のことです。あんまり覚えていないんですけど……多分、私、親に大切にされてきたことなかったんだと思います」




 前世のことだから、こっちの世界のことじゃないから、上手く言えないし、少しずつだましだまし、小出しにして言うことにした。

 それを、フィーバス卿がどんな風にとらえるかは、フィーバス卿次第だ。

 もちろん、モアンさんたちに何かされたとかそういう話でもなく、いろいろあって、その前……というような、作り話にはなってしまうのだが。

 フィーバス卿に促され、私はソファに座ることにした。フィーバス卿も私と向き合うように座り、娘の話を聞く、という姿勢を作ったのち、ふぅと息を吐いた。少し息が白かったのは、この部屋が寒いからだろう。

 まさか自分からこんな話をするなんて思っていなかったし、何で話そうと思ったか。それも、今更前世のことを、と自分でも思った。けれど、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

 まだ信用できていない、いや、父親にどう接すればいいか分からない、家族という物を知らない私の話を。きっと、家族を知らないけれど、家族になろうとしてくれているこの人に、聞いてほしかったんだろう。

 彼の透明な青い瞳が私を射抜く。この人は、真剣だ。そう私を安心させてくれる。

 この人になら話しても、馬鹿にされないし、変に同情もされないだろう。そんな不安があった。

 同情は、時に人を傷つけるから。それを、フィーバス卿は知っている。

 家族のぬくもりを知ってこなかった、私と、フィーバス卿だから通じ合える何かがあるのだろうと、感じながら、この話を、自分の口から人に伝えることはしてこなかった。リースにも、リュシオルにも。リースに関しては、思わぬ形で、私の過去を覗かれてしまったけれど、それを覗けば、これが初めての試みだった。




「今も、凄く、親というものにたいして、どう接すればいいかとか、少しのあきらめと、少しの希望をもって接しています。フィーバス卿が……お父様が、私のお父様になってくれた時から、ずっと。いろいろ思ってきました」




 この際だから、話してもいい。なんだかそんな気がして、私は透明な瞳を彼に向けた。



 

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