203 安直な考察
「ステラ様が、がりがりになって!な、なにがあったんですか!?」
「別に普通に食べてるし、がりがりじゃないと思うんだけど」
「何と言いますか、オーラが!いつもは、なんかよくわかんないんですけど!」
「あ、アウローラ機嫌、いいの?」
「いえ、別に、いつも通りです」
私が、気分が下がっているからだろうか。アウローラの機嫌がいいように思えて仕方がなかった。でも、彼女は普通だと言って、こてんと首を傾げた。じゃあ、やっぱり私がつかれているせいだと、さらにしょもっとした顔になれば、アウローラが「ああああ!?」なんて叫びだしたので、大変だった。
(しょもっともさせてよ……すごく疲れたんだから……)
アルベドのもとに何を詩に行ったのかすら忘れるくらいには、本当に何しに行ったんだろうって思ってフィーバス辺境伯領まで帰ってきた。ブライトとの取引の話、それから、星流祭のこと。いろいろあったんだけど、あの破天荒すぎるレイ兄弟に挟まれて、すべてがどうでもよくなったというか、吹き飛ばされてしまった気がする。そればかりが印象にの追って頭から消えてくれないのはまた事実だった。
ここに帰ってくるのが遅くなったことで、フィーバス卿に心配され、アウローラには少し厳しく言われ、ノチェに関しては、いつも通りといった感じだったけれど、久しぶりに帰ってきた我が家は、落ち着くどころか、さらに、重い問題を抱えて帰ってきたことで、安心して座ることすらできなかった。
「何があったか知りませんが、長旅でしたね」
「うん。ブライトに魔法の師としてこれからも、教えてもらうことになったし、後は、まあいろいろ……」
「レイ公爵家にもよったと聞いたのですが、そちらの方は?」
「聞かないで、あそこにいたのが一番疲れたのよ」
「ということは、アルベド・レイ公爵子息様と何かが……は!?もしかして」
むっふーと、いやらしいことでもしてきたんでしょ、みたいな顔をされてしまったため、私は違うから、と全力で否定した。まあ、その否定が、あまりよくなかったのか、アウローラに脇をつつかれる結果となってしまったのだが。
「いいいい、いや、そんな、ね。何もないから!」
「隠さなくてもいいですよ。一応、婚約者ですし!なにもおかしいことありませんって!」
「私と、アルベドはそういう関係じゃないから」
「でも、婚約者なのは変わらないでしょう?なら、そういうこともありますって。お年頃ですし」
なんて、勝手に話を進めるものだから、もうそれでいいかと一瞬思ってしまった。だが、それはダメなのだ。そういう関係ではなく、これは政略的な意味で。そして、世界が元通りになったら終わる関係なのだ。
(――というのが、言えたらいいんだけど、言えないし、そんなの言って、関係が崩れるのも嫌なんだよな)
まあ、言えないというのが一番なんだけれど、でも、この今の世界にも執着があって、この世界の人たちとの縁が切れてほしいわけじゃないというのは、常々思っていることだった。アウローラだって、憎まれ口をたたくけれど、私にとっては大切な侍女だし。ノチェだって、フィーバス卿だって。
(……いやだな。みんなとの縁がなくなるのは)
迷いも足踏みも、してはいけない。
私が、前の世界に戻したいってエゴを貫くために、利用している人たちに情がわきすぎたせいで、このままでもいいのかな? と少し思ってしまうし、このままがいいとも思ってしまう。それはいけないし、これ以上足枷を自分につけるわけにもいかなかった。でも、心を鬼にできるほど、私は強くなかったし、何よりも、この世界に来て、かかわった新しい出会い、その人たちのぬくもりに触れたからこそ、手放せなくなってもいる。
私が、前世、感じることが出来なかった家族のぬくもりも。
「ステラ様?」
「アルベドとは何もなかった。ちょっと、口論になったというか、今後の予定をね……」
「ああ、それってもしかしなくても星流祭のことですか!?」
「え、ええ、うん、そう。そうだよ。なんでわかったの?」
「だって、予定と言えば、それくらいしかないんじゃないですか!?そりゃ、あのジンクスのこともありますし、一緒に回りたいでしょう……もしかして、アルベド・レイ公爵子息様が、ステラ様と回りたくないと、予定が合わないと言ったんですか!?それで口論に!?」
「落ち着いて……そんなことじゃなくて、そんなんじゃなくて……」
ラヴァインの話もここでは禁句だ。アウローラが闇魔法の魔導士のことを嫌っているし、ヘウンデウン教の幹部ってことを、知っているかもしれないから、その話もできない。だから、アルベドと何かあったと誤解したまま、申し訳ないけれど、いてほしかった。
アウローラは、じゃあ、何があったんですか!? と頬を膨らませて聞いてくるので、どうかわそうかと、私は試行錯誤する。こうなったアウローラは、かなりしつこく聞いてくることが目に見えていたからだ。
(まあ、別に何もなかったし、それでもいいか……)
と、自分の中で、答えが導き出せそうになった時、アウローラがアッと声を上げた。
「もしかして、ブリリアント卿にも誘われたんじゃないんですか!?」
「へ!?」
「それで、アルベド・レイ公爵子息様ともめて……ステラ様も隅に置けませんね……」
と、アウローラは持論を展開し、私のわきをやっぱりこついてくる。
やめて! と叫びたいが、少しくすぐったくて、身をよじることしかできず、アウローラに、そうなんでしょ! と問い詰められる。アウローラ的には、ブライト推しなのだろう。もちろん、ブライトよりもフィーバス卿がいいというのは大前提として置いておいて、光魔法の魔導士を推してくるのは目に見えていたというか……
はあ、というため息すらつくのもめんどくさくなるくらいに、彼女の猛攻撃を受ける羽目となった。ノチェは、他のことをやってくれているため、呼び出すのもかわいそうだと思い、私に興味を持って話しかけてくれているアウローラの気持ちを大切にするか、と彼女を見る。
まあ、本当にすごい勘違いをしているので、そこは訂正したいところではあるけれど。
「違うって。ブライトは、弟の病気もあって、簡単に家を空けられないの。私のことで、そんなリソース作のもあれだと思うし、こっちも、そこは気遣っているつもりだから」
「もしそれがなければ、一緒に行ったと」
「行かないって。変な噂たったらまずいでしょ?一応、私には婚約者がいるんだから」
「それもそうですけど……」
「それに、それは、アウローラがそうだったらいいなってだけで、別に私は、ブライトのこと恋愛感情云々で見たことないんだけど」
と、私がいえば、アウローラはええ!? と驚いたような顔をして、私はの顔を凝視してきた。そこまで驚くことだろうか。そう思って、じっと見つめ返せば、アウローラは、少し視線を漂わしながら、面食いでしたよね。とまた、失礼なことをいう。
面食いなのは認めないわけではないけれど、人から言われるのは違う。
「いいの!私は多分アルベドと回ることになるから……ああ、でもお父様に話は通しておいた方がいいよね。また、勝手……じゃないけど、領地外に出るんだし……」
「そうですね。フランツ様にいっておくのがベストだと思います」
「そ、そういうことだから、じゃ、また!」
私は逃げる理由が出来、その場を足早に去った。後ろから何か聞こえてきたけれど、無視し、そのまま廊下をかける。また、令嬢らしからぬことをしている自覚はあったけれど、そんなことはどうだっていい。
(なんとなく今日は、フィーバス卿と話したい気分)
あの氷の辺境伯のことがなぜか頭に浮かび、私の足取りは少しだけ軽く、父親の元へ向かう健気な娘のような気持ちで向かっていった。




