199 取引の仕方が間違っているらしいです
「――あー、で?ラヴァインが対応したと。留守にしてて悪かったな。つか、あいつ暇なのか?」
「ひ、暇なのかどうかは分からないけど……別に、やることがあったから留守にしてたんでしょ……まあ、ラヴィの家でもあるし、勝手に帰って来ていても怒られないっていうか……」
「にしては、俺が帰ってくると同時に帰ったみたいだが」
「あはは……」
チッ、と舌打ちが聞こえ、不機嫌なのがすぐに分かった。まだ、アルベドとラヴァインが完全に仲直りしたわけではない、みたいな感じに見て取れて、なんだか少し寂しくも思った。ラヴァインとしても、まだ兄に合わす顔がないと個人的に思っているのか、避けている感じだったし、アルベドも、ラヴァインの話題を出してもいい顔をしなかった。いつも通りと言えば、いつも通りで、かえって来たアルベドには、なんか悪いなあ、とも思った。
(今日は、下で髪の毛結んでる……)
どうでもいいところに目がいき、彼のポニーテールが今日は下の方で結ばれているな、とじろじろと見ていれば、アルベドと目が合ってしまった。満月の瞳が、こちらを向く。
「何だよ。人の顔じろじろ見て」
「い、いやあ、今日は髪型違うなあって思って……」
「別に、気分だ」
「あ、あっそう」
もしかして、触れられたくなかったのかなあ、なんて思いながら、私はしょもっと小さくなる。それを見てかアルベドが「わりぃ、 きつかったな」と謝罪するという、なんとも歯切れの悪結果となってしまって、こっちこそ、申し訳なくなってきた。
帰って来て早々、こんな感じなので、お互いに気まずい。
ラヴァインの話をしてみてもいいかなーと思ったが、気分じゃなさそうだし、他の話題にしようと思ったが、思いつかなかった。早速本題に入ってもいいが、ワンクッション挟みたいところではある。
「ラヴィとまた何かあった?」
「何もねえよ。まだ、あいつが混乱しているだけじゃね?顔を合わせないのはいつものことだから気にすんな」
「ご、ごめんおせっかいかもだけど、仲良くしようとか……」
「あ?」
「ごめん、ごめんって!」
やっぱりだめだ。機嫌が悪い。留守にしている間何かあったのだろうか。そうじゃなきゃ、こんなに機嫌が悪くなることなんてないだろうと。
(嫌だよー顔合わせるのも怖い)
思い返してみれば、こいつ暗殺者だし! とか、次から次へ、自分を落ち着かせようとして出てくる言葉は、アルベドに投げかけたら傷つけてしまう物ばかりで、口を閉じた方が早いのではないかと思った。
やっぱり、この兄弟のことは、この兄弟が何とかしなければならない問題だと。私が間に挟まったところで、何も解決しないのではないだろうかと思えてきた。まあ、人のそれも、家族の問題だし、口出さない方がいいに越したことはない。ただ、どちらとも交流があるからこそ、何とかしてあげたいという気持ちはあるんだけど……
「うーん」
「どうしたんだよ。難しい顔してよお……」
「アンタらのせいよ」
「俺たちのせいにすんなよ。まあ、お前がいろいろ考えて、俺たちの事思ってくれてんのは知ってるから、そこは感謝してるぜ?ラヴィもあんなふうになるとは思わなかったし、お前がいてくれて、本当に……」
「本当?」
私が前のめりになって聞けば、アルベドは、照れくさそうに、そうだ、と頷いて、頬をかいていた。耳まで真っ赤になっており、本当なんだなってことが、見てすぐに分かった。
(まあ、それなら、このおせっかいも、悪くなかったってことだよね)
ラヴァインにも嫌がられた感じないし、今のままでも十分そうだな、なんてどの目線で見ているだって感じで一人頷く。さすがに、それはアルベドに大丈夫か? っていう目で見られたけれど、内心ワクワクとしているから全然平気だった。奇異の目を向けられることは今に始まったことじゃないので。
「それで?俺に用があったんだろ?ラヴィのほうにはその内容……教えてなかったみたいだし、俺に直接ってこったろ?」
「そ、そう。ブライトと……取引して」
「取引?お前、そんなことできたのか?」
「で、できるって、ちょっとくらいなら……」
「取引のちょっとってなんだよ。はあ、お前が勝手に動こうが、なんとも思わねえし、失敗さえしなければ、こっちもなんとも思わねえけどさ、危ない橋わたってるんだから、そこは気をつけろよ。つっても、ブリリアント卿なら、その心配もねえか。あいつが、何か裏で手を回してるとか、そういうのはねえだろうしな」
と、アルベドは言って、足を組み替える。
確かに、ブライトなら……って思ったところもあった。他の人とか、それこそグランツとかは少し信用がない。でもブライトは違って、そういう面では信頼できたのだ。思えば、もっと慎重になるべきだったのだろうが、すんでしまったことをあれこれ言っても仕方がない。
「てか、お前の口から取引なんて聞くのめちゃくちゃ久しぶりだな」
「覚えてたの?」
「あのばっか、面白い取引内容だろ?忘れるわけねえって」
「か、からかってる?」
「からかって……いや、からかってるわ。分かれよ」
「分かれって、何で上から言われないといけないわけ!?」
やっぱり、アルベドもアルベド。弟が弟なら兄は兄だと思った。よくわからない思考回路をしている。私をからかって楽しいのだろうあ。確かに、これだけ、反応してもらえば、カラ海外があるのかもしれないけれど……
(――って!違う!そっちに共感しちゃってどうすんのよ、私――ッ!)
アルベドのペースに乗せられそうになり、私は、はあ、はあ、と息を切らしながら、アルベドを睨みつける。私のにらみなんて痛くもかゆくもないように、余裕そうな笑みを私に見せつけ、二ッと口角を上げた。
「んで、まあ、取引したと。でも、お前の方からは何も秘密を共有しなくてもいいといわれたっつぅ話だろ?」
「そうよ。本当にそれでいいのか確認したけどいいって言ったから。甘えちゃったけど。でも、何か私から相手側に話せる情報が一つか二つあった方がいいと思って」
「確かにな。フェアじゃねえ。でも、お前は、なんか前の世界の話しようと思うと、はなせなくなっちまうんだろ?」
「そう……だから、それ困ってて」
じゃあ、未来人ですとか言ったらどうだろうかと思ったけれど、それも突拍子もない。というか、それは、禁忌の魔法に含まれているので、未来から来たなんて言うのは嘘に決まっていると怪しまれる。
時を操る魔法と、死者蘇生、そして悪魔を召還する魔法は禁忌の魔法をされている。未来から来たというのも、きっと時を操る魔法と同じだろうし、使えるわけがない。
(前の世界の話を断片的に話しながら、思い出してもらうっていうやり方しか、私たちはできないわけで。それを秘密と言っていいのかどうかも分からない)
そもそも、秘密だ! しゃべるな! と言われているようなものだし。
まあ、だから、アルベドの了承を得て、私たちの関係について、それが秘密になるのではないかと思ったのだ。
秘密の共有だから、ブライトが人に話すわけでもないだろうし。そして、今ブライトは、エトワール・ヴィアラッテアに対して、不信感を抱いている。だからこそ、彼女に言うなんてことはないだろう。ただ、上書き洗脳をされると、こちらも困るんだけど。
「で、お前が考えた秘密っていうのは、何だ?俺に関わることなんだろ?」
「まあ、アルベド、と私に関わること……ブライトなら、この秘密を外に漏らさないと思う。でも、これがお父様にばれたら……いや、バレているんだけどたぶん、怖いから、どうかなって思って」
「……俺たちが政略結婚。いや、そもそも利害の一致であり、ある目的のために手を組んでるだけってやつだろ?」
と、アルベドは、もう一度足を組み替え、私をその満月の瞳で睨みつけた。




