198 無意味に付与する価値
(――ハッ、結構馬鹿にされてるのね)
いや、馬鹿にまではされていない。しっかり、根拠をいったうえで、自分に自信がある馬鹿なんだ。そう感じた。
リースのへの気持ちが、それほどまでに軽いと思われているから、こんな発言が飛び出るんだろう。少なくとも、そう思っていないわけではないと。ラヴァインの自信は、いったいどこから湧き出てくるのかと思ったが、まあそれもいい……
「恋人の真似事はしない。そんなことに、時間を割いている余裕はないの」
「へえ、ステラ。珍しく怒ってる?」
「それ、怒っている人に聞かない方がいいと思うけど?」
「まあ、そうだよね。言われて嬉しい人はいないと思うよ。でも、俺は別にそういう人間の心にずかずか入っていっちゃうけどね。俺の知ったことじゃないもん」
「……」
「でも、ステラは別。嫌われるのは嫌だからね。そっか。そんなに、皇太子殿下のことが好きなんだ。やっぱり、兄さんかわいそうだね」
「アルベドには悪いことしていると思ってる。でも、双方の思いを確認したうえで、今の関係が成り立っているの。アンタが口をはさむことじゃないと思うけど」
「確かに。俺の言葉で、兄さんが動くとは考えにくいもん。こういうのは、ステラの方に分があると思うし」
と、ラヴァインはパッと手を離し、私が地面に足がつけるようにしてくれた。
どこまでが本気だったのか、私ですらわからなくなってくる。やはり、危険だな、深入りは禁物だな、と私はラヴァインを睨みつける。彼は、睨まれてもなお、にこにことしており、その腹の底は見えそうにない。ラヴァイン・レイという男の本質は、誰にも見抜けないのかもしれない。いや、分かるところは分かるが、誰にも見せない深いところに探りを入れられないと言った方が正しいのかもしれない。
どちらにしても、彼が本気であろうが、なかろうが。私はさっき言った通り、恋人の真似事、疑似恋人ごっこに付き合うような余裕はなかった。もし、それが条件に出され、手伝う、手伝わない問題が発生したら、きっとラヴァインを切り捨ててしまっただろう。
彼の中で、私という人間が占めている割合があるからこそ、彼は嫌われないようにと、自分の行動を見直す――と。
(本当に、嘘と本当が交差するような男なのよね……アルベドとはまた違ったタイプの嘘つき)
兄弟似ているが、人間としては個である。だから同じ人間だと思ってはいけないのだ。でなければ、こちらも、その人間を、血筋という大きなくくりでくくってしまうことになるから。
(はあ、それもどうでもいいの。私のリースへの思いが揺れ動いてさえいなければ、何も問題ないの)
何のためにここに戻ってきたのか、それを見失ってしまったら、私はもうどうすればいいか分からなくなってしまう。そうならないためにも、私はリースへの思いを忘れてはいけないし、彼を思い続けなければならない。ならないといけない、というより、忘れたくないのだ。
彼が、過去、振り向かない私をずっと好きでいてくれたように、今度は私がそうなる番なのだ。
今だからこそ、リースの気持ちがよくわかる。自分に振り向いてくれない人間なんて、普通なら、その場でぱたりと諦めるものだと思うけれど、リースは、遥輝は何年も私のことを好きでいてくれた。もう、ここまで来たら愛しきるってどこかで吹っ切れたのかもしれないけれど、あの頃の私だったら、絶対に人をそこまで愛することが出来なかったと思う。それでも、この世界で、彼と過ごし、死線を潜り抜けてきたからこそ芽生えた愛や、彼への愛情……恋や愛に関してもう一度認識を改めることが出来たんだと思う。
だからこそ、この世界のことが好きだし、リースのことは取り戻したいし。今のわたしを構築している人間はすべて取り戻したい。
愛する人と、私を取り戻すための戦いなのだ。
「ステラの目、すっごくいいかも。あの時の瞳もすきだったけど、今も素敵だよ」
「いきなり褒めて……何か裏がありそうで、アンタの場合は怖いのよね」
「すごく心外。俺だって普通の人間と同じ感情があるよ。ステラがさっき言ったようにね」
「……」
「何?そんなじろじろと見て。顔に何かついてる?」
「ううん。アンタは、そっちの方がいいって思って。アンタは、最初私たちの敵として、前に立ちふさがったけど、今は……って。そう思うと、ちょっとだけ感動するかも」
「ちょっとだけって。でも、感動ってステラらしいよね。確かにあの時は、暗闇の中にいて、右も左も分からなくて、走っても同じところをひたすらにって感じだった。でも、ステラに出会って、変わったよ。兄さんの思いも再確認できて、俺は愛されているって……それに気づいてれば、傷つける人が今よりももっと減っただろうにね」
「過去は変えられない、から。だから、いま頑張らなきゃいけないんじゃないの?アンタが後悔しているなら、その分」
私がそういうと、ラヴァインはぱちくりと目を動かした。
まさかそんなこと言われると思っていなかったという顔なのか、それとも、他の感情か。どういう感情の顔か分からなかったが、ふっと笑うと、ラヴァインは耳に髪の毛をかけなおした。
「でもさ、ここで何をやっても、元の世界に戻ったら、無意味じゃん。それでも、やる必要あると思うの?」
「それは分かってる。それでも、あの日の後悔を、一時でもやり直せるって思ったら、それは素敵じゃない?それを利用しない手はないと思うけど」
「……ステラはすごいね。無意味に意味を見出せるなんて」
「無意味だなんて思っていない。後悔してたから、あの時こうしていればよかったってことを、巻き戻したように再現するだけ。そういう意味では、巻き戻ったこの世界に、少しだけ感謝しているのかも」
甘えというか、もちろん、ラヴァインの言う通り、無意味かもしれない。それは、分かり切っていることで過ぎ去った時をどうしようもないように、この行為も、あの時こうしていえれば――という新たなルートを見るだけに過ぎない。そもそも、あの時こうしていれば、という状況が生まれるかすらもこの世界では怪しい。
けれど、それは私自身が決めたことで、私がそうしたいからそうするだけ。
無意味に意味を見出して、自分なりの価値を付与すれば、それはそれで素敵な気がするから。
私のことが、まだ少し理解できないというようにラヴァインは頭をかいていたが、ふうと息を吐いたあと「いいんじゃない?」と爽やかな笑みを向けてきた。
「ステラらしいよえ。俺には到底そんな考え方できないや」
「効率重視だからじゃない?私も、そっちの方がいいと思う。辛いことはしなくてもいい。効率だけ考えて、効率的に動いて……そっちの方が、無駄がないと思う」
「いうねえ。ステラも分かってるじゃん」
「まあ、アンタは、効率重視派だと思うけれど、好奇心に従って、邪魔もしてくるからね。そこは、いただけないところ」
「ありゃ、俺けなされた?」
と、ラヴァインはすっとぼけた顔で私を見ていた。
「そういうところよ。だから、アンタが本気で何かやりたいって時、それがアンタの足枷になっちゃう。だから、今からでも、遅くないから、しっかりしなさい。本気になるものが見つかった時、足を引っ張るからね」
「本気になるものねえ……今も、だいぶん本気だけど」
「何か言った?」
「ううん、何にも言ってないよ。気にしないで」
ひらひらと手を振って、また本心を隠す。いったそばから……と思ったが、それは癖なのだろう。治せないものって、少なからずあるからね。と、私はとりあえず、それを無視して、無意味に意味を見出す、というその言葉を自分のかあでもう一度咀嚼した。
(無意味なんかじゃない。私がそう思っている以上は、無意味じゃないから……)
たとえ、すべてが元通りになったとしても、その記憶が誰かの中に残るのなら……そこに意味があったと言えるだろうから。




