197 イタズラ? 本気?
「えーどうしてさ。言ってくれる雰囲気だったじゃん。ねえ、ステラ?」
「ねえ、じゃないし。ち、近い!」
「ふーん、もしかして、俺の顔に見惚れたとか?かっこいいとか思ってるから、顔近づけられるの嫌なんじゃない?ねえ」
「ねえ、ねえ、言わないで!もう!」
そうだ、と言ってしまったら、調子に乗るのは目に見えている。
(そうよ、そうよ!攻略キャラなんだから顔がいいの!自覚してんの!?この野郎!)
心の中だから言いたい放題言えるけど、面と向かってじゃ、前々言えない。
ぐっと顔を近づけてきたため、もう避けようがなく、このままでは、椅子から落っこちてしまいそうだった。けがを負わせたーって接触禁止令なるものを出してもいいと思うけど、なんか、たぶんそういうの効かないだろうし……
「近い、近い!」
「ステラが、面白い顔するから揶揄いたくなるんだよね。その顔、凄くそそる」
「やめて、やめて!本当に!きゃあ!?」
椅子を後ろに引くだけのつもりだったのが、誤って体重をかけてしまい、後ろに転倒――と、背中に痛みが走るだろうな、と構えていたのだけど、いつまでたっても痛みがやってこずに、というか、身体が誰かに支えられているような気がした。
「もう、ステラ怖すぎ」
「怖すぎって……あ、ありがとう……」
「どういたしまして。あ、なんか見返り要求していい?」
「そんな笑顔で、見返りとか言わないで。怖すぎる。アンタの方が怖い」
にこにこと、私の手を掴んだまま離さないらラヴァインは私に、助けた見返りを要求してきた。今手を離されれば、私は、この石畳さんと頭をごっつんこしかねないだろう。だから、手を離されるのは非常にまずいわけで、まずいというか、痛いわけで、この私のピンチに要求してくるところが、悪だなと思った。ずるがしこい。どう考えても、それを承諾しなければ、私が痛い目を見るのが目に見えていた。
(最低、最低!こういうところよ!)
アルベドだったら、それが嘘だぜ、とか言って、口にはするけど、見返りの要求なんてしてこない。でも、これがラヴァインだから、絶対に何かしてくるっていうことは分かってるわけで。
「な、何が欲しいの」
「だから、さっき言ってって言った言葉。言ってくれるだけでいいの」
「何言えば」
「えーそれも忘れちゃったの?ステラ、頭ひよこさん?」
なんて、ラヴァインは、いち、にの、さん、とか言い出して私の手を離す気でいた。そんなの、困るし、後ろを確認できていないけれど、もし後ろに出っ張ったところがあって、そこが頭に刺さったらと考えると恐ろしい。
それも何よりも恐ろしいのが、笑いながら無邪気に、私の嫌がることをしようとしているその態度だった。
「わ、分かった、言うから、言うから!」
「本当に?嘘だったら、どうしよっかなあ~」
「もう、いじわる!」
「ステラだから、いじわるしてるんだけど。あ、兄さんにもいじわるするよ?」
「余計すぎるでしょ!?」
その、アルベド好きアピールはどうでいいから!
何で、この場にいないアルベドの名前が出てくるんだと、どれだけ兄のことが好きなんだと言いたかった。まあ、私に言われても困るので、ご本人に言って頂ければ、とは思っているんだけど、それにしても、ラヴァインのアルベドの好き好きアピールはひどかった。いや、闇から解放されたから、純粋に好きだって慕う、尊敬する気持ちが膨れ上がっていっただけなんだろう、いい意味で。災厄の時の悪いようにこじれていくんじゃなくて、純粋に彼を――
(――って、今はそんなことどうでもいいの!)
今にでも手が離されそうで、私は言葉を紡ごうと必死に口を動かす。
何をいえばいいんだっけ? と途中で頭が真っ白になり、助けてと、ラヴァインを見るが、安定の笑みを向けているだけで、こいつは助けてくれそうになかった。
「ね、もういい?俺、あんまり待て、できないタイプなんだけど」
「て、手、離さないで!お願い」
「じゃあー言って?」
「いう、言うから!――っ!?」
「時間切れっ」
パッと手が離されてしまい、スローモーションで後ろに倒れていく感覚がした。嘘、本当に手をはなすの? と信じられなくて、彼を見る。まだ、その顔が、望んでいるものが手に入っていないと言ってきているようだったので、私は手を離された後だったけれど、反射的にその言葉を口にした。
「――好き」
脈絡もない、『好き』なんて、誰かが聞いたら誤解しそうなものだった。私だって、何のために『好き』だと言ったかなんて、もうわかんないくらいには、頭が真っ白になっていた。
そうして、再び痛みを覚悟したが、グイッと今度はもっと確かに、腰を抱かれ、受け止められ、ふはっと、あどけない声が上から降ってきた。
「好きって、俺の事そんなに好きなの?必死になっちゃって」
「…………ら、ラヴィ」
「ありがと。ちょっと、強引な手段だったけど、やっぱりいいね。今、この瞬間、俺は世界一幸せ者かもね」
と、彼は、先ほどよりも幸せそうな笑みを私に向けいてた。
本当に数秒前まで、意地悪だった彼はもうどこにもいなくて、子供が褒められたような、いや、小学生の子供が好きな人に好きって返してもらったときのような笑顔を、向けていた。
(馬鹿みたい……単純すぎる)
ひとのことをいえないのが苦しいところではあるけれど。
その『好き』の意味をはき違えるほど、彼が阿呆でないことも知っている。だからこそ、こんなことで……というのもあれかもしれないが、喜べる、ラヴァインはある意味才能があるのではないかと思ってしまう。人によって、喜びの基準や尺度は違うわけだし、ラヴァインが喜んでいるのなら私はそれでもいいと、とりあえず、思考を放棄した。
「世界一、幸せって、言い過ぎ。そんなんじゃ、アンタずっと世界一幸せになっちゃうじゃない」
「じゃあ、毎日言ってくれるってこと? 毎日? 毎時間? 毎秒?」
「も、もう、近い!そんなんじゃないから!」
完全に強引に攻めれば何とかなる、ということを感づかれてしまったみたいで、ラヴァインはこれでもかというくらい私に顔を近づけて、満月の瞳を輝かせてきた。無邪気なその顔に、本当に倒れてしまいそうになったけれど、ぐっとこらえる。年下の子を相手するのは慣れないな……とラヴァインを見ながら思うわけで。
(ほんと、わけわかんない……)
災厄の時、感情が高ぶり、ねじれていたラヴァインも厄介極まりなかったけれど、このラヴァインもラヴァインでかなり厄介だとしんそこ思う。まあ、それでも、攻撃してくるわけではないので、そこは見逃しどころだろう。
「と、とりあえず離れてもらっていい?私は、アンタの望みをかなえたわけだし、もう私について回る必要はないでしょ?」
「そうだけどさあ。今、俺たちだけなんだよ?ここ?もうちょっとくっついていたいって思うじゃんねえ、普通」
「思わないわよ。てか、思ってるのはアンタだけなのよ……」
「俺にしとかない?兄さんよりも、上手く立ち回れるよ?」
「アンタの今の立ち位置、忘れたわけじゃないでしょうね……アンタは、今ヘウンデウン教の幹部。アンタとの婚約は、きっとお父様が許さないと思う。アルベドが適任……そこは、理解していてほしい」
「確かにね。でも、俺にも少しくらいは夢を抱かせてくれてもいいじゃん。一日くらい、恋人の真似ごとさせてくれない?」
「恋人の真似事?」
「一日じゃ、ステラの中にある、皇太子殿下への気持ちは変わらないかもだけど、揺れ動かすことくらい、できると思うんだよね。どう?試してみない?」
と、ラヴァインは目をぎらつかせ、二ッと口角を上げ、私に訪ねてきた。




