196 出迎えたのは弟のほうでした
「兄さん不在だよ~じゃ、じゃあ!?俺に会いに来てくれたってこと!?」
「はあ……アルベドがいないかって来たのに、アンタ。てか、アンタが何でここに?」
「俺の家だから」
「……まあ、そうだけど」
ひっどいなあーなんて、軽口叩くのは紅蓮の彼の弟ラヴァイン。
ブライトとの秘密の共有は、あの後すんなりと……まではいかなかったが、当初の目的は果たせたと思う。好感度は40%。50%を超えたら、あの南京錠が出てくるのか、まだ、彼の記憶の鍵を入手することはできなかった。ただ、ブライトとの関係が構築できたことで、これからも、空いている日があれば魔法の師として鍛錬に付き合ってくれるみたいだったので、彼とはもう少し長い関係になりそうだ。
あの日、私の秘密については話さなかったが、もしものために、秘密を暴露してもいいのか……というのを、アルベドに聞きたくて、レイ公爵家を訪れたのだが、悲しいことに彼は不在で、代わりに出てきたラヴァインにつかまってしまったのだ。
レイ公爵家の家紋である、ピンク色のチューリップが咲き乱れる中庭で、ラヴァインとお茶をすることになったのは予想外で、ラヴァインが、行儀よくお茶を飲んでいるところが、なんだかしっくりこなかった。
「いやだなあ、そんなに見つめてさあ。俺の事そんなに好き?」
「いや別に」
「即答じゃん。傷つくなあ……ステラ、俺なら何でも言っていいって思ってない?」
「思ってないわよ。アンタだって傷つくこと……知ってるわよ。アンタも人間なんだし」
「俺のこと人間扱いしてくれるのは嬉しいかも」
ズッと、私はお茶を飲んで、いったいどんな生活をしてきたのか、彼の過去が気になってしまった。
(人間扱いされてこなかったってこと?)
そんなまさか。だって、腐っても、公爵家の次男で、貴族なのに?
奴隷のような使いを受けたような感じではないが、闇魔法というだけで、嫌われる……ということだったら、理解したくないし、想像したくないけれど、分からないでもなかった。
それをさらって言ってのけてしまうラヴァインは、かなり心に傷を負って、ふさがらないまま大人になったんだろう……
(いや、まだ子供か。ずっと、子供のままかも)
グランツも似たようなものだし、大人だけど人間不信か、子供で闇を抱えているかのどっちかなのではないかと思った。このゲームの攻略キャラは。
本来だったら、そんな攻略キャラたちの心に寄り添うのは、トワイライトだったんだなあ……なんてぼんやり考えてしまう。あのトワイライトが、と今では思うけれど、プレイしていた時は、プレイヤーが私たち、オタクだったため、クリアできたのかもしれない。でも、実際、この手の闇を抱えた人間を数時間で攻略するなんて無理だろう。それこそ、信頼関係を築き、少しずつ、その人の過去を知って寄り添っていかなければ、人の心は修復できない。修復できたとしても、完ぺきではないため、傷は傷として残るけど。
「はあ……アンタのその態度が気に食わない」
「だから、酷いって。最近ステラ、俺に対して塩対応じゃない?」
「別に、嫌いとか言っているわけじゃなくて。アンタは、自分が受けた傷を、馬鹿みたいだ、って自分で塩をぬって隠そうとしているの。その自覚がないから、いやだなって思って」
「ステラ……もしかして、俺の事心配?」
「心配っていうか。だから、アンタがこれから生きていくうえで、アンタを助けてくれる人に出会えなかったら、自分の辛さをわかってくれる人に出会えなかったら……ちょっと、かわいそうだなって」
「かわいそうって……俺は、かわいそう?」
と、ラヴァインはいつもの読めない顔で、にこりと笑って私を見た。
その、本心を隠そうとする笑みが気に食わないことに彼は気づいているのだろうか。
はあ、と私はため息をついて、もう一度ティーカップに口をつける。少し酸味の利いたお茶はスッと花を通り抜けて、鼻の奥で香りが広がる。目の前に置かれたクッキーからかおる香ばしいバターの香りも食欲をそそられる。
そして、チューリップが風で揺れ、彼の少しながい襟足も同時にゆらゆらと揺れた。
答えを待っている、この子供に、私は何を言えるのだろうか。
「かわいそうだと思うけど。まあ、アンタには、アンタを思ってくれる人がいるから、かわいそうじゃないわね」
「それって、ステラの事?」
「……アルベドのことよ」
「兄さん?」
「……」
「ステラは、面白いこと言うね」
一瞬驚いて、それからはにかんで、また気味の悪い笑みに戻って、コロコロ変わるその表情に、私は目が追いつかなくなりそうだった。でも、アルベドの名前を出しただけでも、反応する彼は、本当に兄であるアルベドのことが好きなんだろうなっていうのが分かった。
好きだからこその執着が、彼を蝕んで、兄弟の仲を切り裂いた。皮肉な話だけど。
「ステラは、俺の事好きじゃないの?」
「恋愛的には」
「じゃあ、恋愛じゃない意味では好き?」
「……」
「えーねえー答えてよお」
ぶーぶーと、本気なのか、本気じゃないのか分からない、まるで、小学生の恋愛話みたいなテンションで聞いてくるので、こっちも気がおかしくなる。何処まで彼の言葉を信じていいものなのか。分からないし、どこまで、彼の言葉に対して本気で答えればいいのか分からない。いや、本気で言っているにしろ、言っていないにしろ、彼には真剣に向き合ってあげないといけない気概s多。きっと、彼に真剣に向き合ってくれた人がこれまでいないだろうから。
(決めつけはよくないんだろうけれど、彼がまだ子供だっていうなら、まだ彼は変われるんだよね……)
たいそうなことが出来るわけじゃない。
何もしてあげられないかもしれない。おせっかいかもしれない。それでも、彼という人間に真摯に向き合って、少しでも彼が幸せになれるのなら、その手助けをしてあげたかった。
かわいそうな人……まではいうつもりはないけれど、彼の悩みや、話を聞いてくれる人が、これまでいなかったことは事実なので、その一人にでもなってあげられたらって思うのだ。上から言っているように思えるかもだけど、私が、幼いころそういう人に出会えなかったからこそ、今からでも、ラヴァインが頼れる人になってあげたいと思ったのだ。
「――好きだよ」
「え!?本当に?」
「嘘ついてどうすんの。アンタ、嘘つかれるの嫌いでしょ?」
「俺は、嘘つくけどね」
「最低……」
サラッと、とんでもないことをいったけれど、彼は喜びのオーラを一切隠す気がなかった。ガタンガタンと、椅子を揺らしていて、落ち着きがない。
恋愛感情的な意味では好きじゃないけれど、人間的にも問題あるけれど、嫌いじゃない。どっちでもないというわけでもないなら、好きと変わらないのだろう、という私なりに出した答えだ。嫌いになり切れなかった。攻略キャラだから? と一瞬思ったけれど、そういうわけでもない。
嫌いになり切れなかったのもまた事実だけど。
「でも、嬉しいな。もう一回!もう一回いって!」
「安くないんだけど……」
「じゃあ、どれだけ払えば、貢げば言ってもらえるわけ?」
「み、みつ……アンタ、公爵家の次男だもんね。そりゃ、金ぐらいはあるよね……」
「そっ……で?言ってくれないの?」
と、ラヴァインは椅子から立ち上がって距離を詰めてくる。眩しいほどのその笑顔に、押され気味になりながら、私はコホンと、咳払いをする。
「一回しか言わないからね?」
「うん、うん。いいよ!」
「…………」
ワクワク、みたいな効果音が彼の周りを飛んでいる気がした。すごいプレッシャーに耐えかね、私は顔をそらしてしまった。熱い、熱い、あつくて仕方がない!
「や、やっぱりだめ!」




