193 秘密の共有を
「秘密の共有……取引……ですか。いきなり、なぜ」
「ブライトは、話せることが限られている感じがするし、このままじゃ、一生教えてもらえるないと思ってるんだけど。まあ、それは、私たちの信頼関係が築けていないからなんじゃないかなって」
前の世界では、その域に達していたから彼と秘密を共有できたし、ブライトが本当の意味で中身なってくれた。偽物だとか、聖女とは違う特徴を持っているとか、そんなこと気にすることなく、彼は最後まで私を支えてくれていた。
でも、今回は、自分から魔法の講師をお願いして、そのうえで、どうにか関係を構築しようとしたけれど、それが上手くいっていなかったのだ。あの流れだったからこそ、それか、私が正確に一応、聖女という肩書があったからこそ、彼は私に寄り添ってくれたのだろうか。じゃあ、今回は、それがないから上手くいかない?
(てか、取引って、アルベドとあった時みたい……)
アルベドと初めて会ったのは、恐ろしい殺人現場。それから、レイ公爵家に招待されていってみれば、猫を被ったアルベドがいて。彼が、暗殺者だと私は見抜いて(まあ、設定を知っていたから)、黙っているからとかいう取引を持ち掛けたことがあった。もちろん、その取引が上手くいったかと言えば、いくわけもなく、無駄になったような感じだったのだが、今回は、無駄にならないよう、この取引というか、話を成立させなければならない。
信頼関係を築く。でも、正しい道からじゃ、きっとできないだろうから、卑怯にも、弱みを握る感じで、つけ入ることしかできない。
「信頼関係……ですか。確かに、まだであったばかりですしね。そう簡単に、出来上がるものではないかと思います」
「私は、ブライトの事信用しているよ。でもアンタは違う。アンタが信頼を私にくれれば、いい。裏切ったりしない」
「根拠がありません。それに、まだ、僕はあなたのことをよく知らない」
「それも、そうだね。ごめん、性急すぎたかも」
「……いえ。でも、貴方のやり方は間違っていない」
彼はそういうと静かに目を閉じる。
間違っていない、というのは、たぶん、弱みに付け込むのが……という話だろう。それは、間違っている気もするが、やり方としてはうまい、ということなのだろう。褒められているわけではないので、その言葉は流しつつ、後は、ブライトがどこまで乗ってくれるかである。
こんなやり方じゃなくてもよかったかもしれない。でも、方法として、少し急ぐのなら、これが一番なのではないかと。
「でも――」
「でも?何?ブライト?」
「……僕はあなたを知っている気がするんです。だから、貴方のことがよくわからなくても、貴方が、何か秘密を抱えていて、それが危険なものかもしれない、あるいは、敵かもしれないと思っていても、貴方なら――と思ってしまうんです。ステラ様」
「……」
「貴方と一緒にいれば、この気持ちも、霧がかかったような気持ちも、いつか晴れるのでしょうか」
ブライトはまた、不安げに瞳を揺らした。でも、その瞳には、どこか確証がないながら、でも確証があると言った矛盾を抱えつつ、私といればいつかは――という期待にあふれた色も見え、私は、静かに息を吐いた。
その靄というのは、忘れている記憶であるとわかっているから。それが、私もすぐに言える立場であればどれだけよかったか、言っただろうか。ブライトの言う通り、一緒にいれば、その靄がいつか晴れるかもしれない。その手助けをできるのは、後にも先にも私だけなのだから。
(そう、それだけ、信じてくれているのなら……手を取ってほしいんだけど、ファウダーとの関係修復はまだ時間がかかりそう)
どうなんだろうか。そこを目標にしてしまっているからいけないのかもしれないが、先は長いと感じている。でも、最初が肝心なので、この信頼関係の構築には、そういう大目標、小目標と立てていって最後にそこにたどり着ければ、というプランでもいいのかもしれない。どっちにしても、まだ今の段階では、記憶を取り戻してもらえなさそうというのは明確なので、そこを踏まえたうえでの次のプロセスだ。
「晴れる――とは言い切れないし、すべてを知って、辛いって思うかもしれない」
「ステラ様は、不思議なことをいうんですね。一度、前に……どこかであったような口ぶりをするときもありますし」
「あったことがあるかもしれないよ?なんか、誰かは、夢の中であったとか、言ってたし」
「ステラ様は、精霊か何かなのですか」
「い、いやあ、精霊なんて可愛いものじゃないと思うけど……夢を渡り歩けるとか、そういう魔法あったりするの?」
人の精神に干渉する魔法なんて、闇魔法が一般的だし、光魔法の人間がそれを使えるとは思えない。というか、精霊という物がこの世界に存在していたんだと、また初耳なものが出てくる。
まあ、それはいいとして、ブライトは「普通はできませんよ」と、どこか乾いた笑みで行ったあとに、私の方を見た。含みのあるその表情が気になってしまう。
「闇魔法でも、人の夢に干渉……できる人間は少ないですし、悪夢を魅せることはできても、自身が夢の中に入るなんてことは難しいです。でも、光魔法でも、闇魔法でも、相手の夢に干渉……とまではいかなくても、それらに似たことが出来ないわけではないのですよ」
「なんか、それ、すごく気になるかも」
探求心は、人並にあるので、そんなことをいわれたら気になってしみあうではないか。でも、それを聞くためにここに来たわけじゃないし、また話がそれていると思いつつも、やっぱり、その話に食いついてしまった。
だって、ブライトが楽しそうに話すから、興味を惹かれないわけがないんだもん。魔法が大好きな、研究者みたいな一面もあるブライトだからこそ、その話が、しっかりとした根拠があって、不思議な現象であっても、ブライトならうまく話してくれるそんな確信があった。
「……話はだいぶんそれてしまいますが、前世でつながりがあるものだったり、その人間の思念体……その人間の思いや自我が強いと、その人間の望む他者の夢の中に入り込むことが出来るんです。といっても、服生体のようなもので、本体から離れれば離れるほど、その人間から別の何かになってしまいますし、長いこと、人の夢にもぐり続けるのは不可能になります」
「つまり生霊……」
話を聞くと、興味深いが、それは一言でまとめれば生霊と同じなのではないかと思った。
ただ、前世でつながりがあるものが~という話はとても面白く、前の世界でのつながりもそこに含まれるのだろうか、と少し疑問がわいてきた。もしそうだった場合、私が、ブライトの夢の中に出てきても何の違和感もない体。そのことを、ブライトはいっているのではないかと、私は思いながら、話を戻そうかな、と息をつく。
「その、私が夢に出てきたってこと?」
「平たく言うと、そのようなものですね。ですが、ステラ様が出てきたわけではないのです。知っている顔なのに、知らないような……ステラ様だけど、ステラ様ではないような。言葉で言い表しにくいのですが、そんな――」
「どうしたの?」
「いえ。思い出そうとすると、スッと頭からそれが抜けていくような感覚が。時々、いえ、頻繁に、ノイズがかかるんです。まるで、思い出そうとするな、と言われているように」
「今も痛いの?」
「はい。エトワール様と出会うまでは大丈夫だったのですが……」
と、ブライトは痛そうに頭を抱えながら、そう口にすると、白く美しい顔にしわを寄せた。




