189 誰も悪くはない
(こんな、頑丈に……まるで、監禁じゃん…………)
まさかこんな頑丈に、ファウダーの部屋が作られているとは思わなかった。見た目からして、すでに重厚な扉に、何重にもかかった結界魔法。病気と言われていて、そもそも侯爵家に近づかないんだろうけれど、これを見たら、みんなどう思うだろうか。何か危険な存在がこの奥にいることくらい、魔導士なら察せそうなところでもあるが。そのために、侯爵家にまず、人を入れないし、こんな奥まで人を招くことはないだろう。私は特別に……と。
でも、ここまでしなければ危険だと、ブライトは思ったのだろう。混沌を光魔法の家から出してしまったこと、それはブライトの責任でもなければ、誰の責任でもない。だからこそ、ブライトがここまで一人でしなくちゃいけない理由が分からなかった。いや、分かっている部分もあるし、隠さなければ、周りが混乱するということを知っているから、こうせざるを得なかったのだろう。ブリリアント家のひとったちがどう思っているか知らないけれど、家の外にはこの話を持ち出さなかったはずだ。
「すごい重厚なんだね……」
「空気感染をするわけではありませんが、まだ幼いので……監禁していると、思いますよね。僕もそう思います」
「……心読めるの!?」
「いえ、そういうわけではないのですが、また顔に……」
「顔に出てたってこと!?」
なに、その申し訳なさそうに言う感じ!? 私が、顔に出ることを気にしているみたいで恥ずかしいじゃないか。そんなことを、ブライトが気にしていたなんてそっちの方が驚きで、本当にどこまで気遣ってくれて、優しい人なんだと思ってしまう。だからこそ、もろいのと、一人で抱え込んで、どうしようもなくなるんだろうな、と彼の弱さを垣間見る。
「仕方ないんです……僕も、本当はしたくないのですが」
「なんかその言い方、サイコパスっぽいというか、ヤンデレっぽくない!?」
「や、ヤンデレ、とは?」
「病んで、デレること」
「よ、よくわかりませんが……僕がその、ヤンデレだと?」
「あ、ああ、違う違う。今の忘れて!」
思わず口にしてしまったことを撤回しつつ、私は手と首を全力て横に振って否定した。何を、ブライトに復唱させているんだと、我に返ってしまったから。
(ヤンデレなのは、どっちかって言ったら、ラヴァインとか、グランツのほうじゃない?ブライトは優男……うん。そんな感じ)
一人で納得しつつ、そりゃ、攻略キャラが、みんな同じタイプではないだろうと考え直す。ブライトは、一番攻略キャラの中で優しい心の持ち主なのだろう。じゃあ、優しくないのは?
(いやいや、こんなこと考えている場合じゃないんだって!余計なこと言って、また話そらしちゃったし……)
ほとんど、私が余計なこと言って、本題からずらしていってるのだ。それを理解しているから、どうしようもない、時間ロスだな、と思ってしまう。自分のせい。
まあ、それはいいとして、ブライトがしたくてしているわけじゃないことはよくわかっているので、私は、分かってるよ、という意思も込めて、彼の手に自分の手を重ねた。
「ステラ様?」
「ブライトは優しいから。大丈夫だよ、私、ブライトが優しくて、教えるの上手くて、魔法が大好きってのは分かるから」
「あはは……ありがとうございます。ステラ様も優しいですね」
「私は優しくないから」
現にアンタをだましてるでしょ? と、心の中でつぶやき、にこりと笑う。彼はこの笑みをどんな風にとったのか知らないけれど、ぎこちなく笑みを返してくれた。
そうして、最終チェックだと言わんばかりに、私に防御魔法をかけてもう一度、私に注意点を話した。
「絶対に、弟には触れないでください。これは、ステラ様のためでもありますからね」
「分かってるって、大丈夫。でも、さ……触って何もなかったら、どうする?」
「何もないなんてこと絶対にないですよ。僕だって、どれだけ気を付けてこの部屋に入るか……」
「ご飯とかはどうしているの?」
「途中まで使用人に運ばせています。あとは、僕が中までもっていくんです」
「ほんとうに厳重なんだ……」
「はい、なので、くれぐれも……?ですよ」
「分かってる、もう大丈夫!」
「少し心配です……」
ブライトは、触れたら危険だと知っているから、心配するんだろうけれど、私からしたら、そんな心配はいらないので、軽く聞こえてしまっているのかもしれない。もちろん、ファウダーは病気で……ではなく触ったら、負の感情が増幅され、それにより精神に異常をきたしてしまうから危険だ、ということなのだ。だから、触れるな、と。
果たして今もそうなのだろうか。彼が、混沌なことには変わりがないし、元凶そのものではあるのだが、この間触れた感じ、全く嫌な気はしなかった。それは、私が耐性がついたからなのかもしれないし、ファウダーにその意思がない、もしくは、その力が亡くなったともとらえられないこともない。だが、それを、誰かが試すようなことできるわけもなく、いまだ、触れたら危険人物として、ファウダーは危険視されているのだ。それを知っているのは、ブライトだけ。彼は、実際にファウダーに触れたことがあるのだろうか。
信用ならないなあ、みたいな顔をされえ、少し傷つきながらも「触りませんから!」と宣言する。というのは、今だけで、触れても大丈夫なことを伝え、ブライトとファウダーの仲を取り持つ計画だ。うまくいけばいいけれど、途中で邪魔されたら、と思わないわけでもない。
そこのところをどうするか、部屋に入ってから考えてみても遅くはないのかもしれない。まあ、一回……出会った当初触れようとして、手を叩かれたのは、いい思い出だけど。
(いい思い出ではないよね!?すっごく痛かったし!?初対面で、攻略キャラに手をはたかれるとか聞いたことないよ!?)
「ステラ様どうしたんですか?」
「あ、いやなんでもない。ちょっと、思い出したことがあって」
「……はあ。まあ、いいですけど、では開けますからね」
「あ、ごめん。どうぞ」
どうぞ、ではなく、私が引き留めていただけなんだけど。そんなことを思いながら、開かれる扉を私はずっと見つめていた。私が手を出したら怒られそうだなというのもあって、黙ってみていれば、扉は半分開き、その奥から、タタタッとこちらに近づいてくる足音が聞こえた。
「――っ」
「ステラ……?」
小さな声。扉を開いた、ブライトは気づいていないようで、隙間から見える彼と似たアメジストの大きな瞳が私を捉える。くりくりとしたその目は、多少濁っていたけれど、前よりも美しく、真っ黒ではなかった。
「ファウ、部屋からは出ないでください、と言っているでしょ?」
「ごめんなさい、おにぃ……誰?」
と、ファウダーは話を合わせてくれるようで、初対面ではない私を指さした。ブライトは、指をさしちゃいけません、と優しくしかった後、とりあえず、中に入ろうと、私を招く。その際も、ファウダーとはかなり距離をとらせ、一歩でも近づいたら、魔法が飛んできそうなほど気を立てていた。
「お客さん?」
「そうです。貴方に会いたいと言ってきてくれたんですよ」
「ボクに」
こてんと首をかしげるところがあざとい! なんて感じながら、私は、頷く。初対面じゃないけれど、あくまで自然に、初めて会ったという感じを装って……
「フィーバス辺境伯の娘、フィーバス家の長女、ステラ・フィーバスです。初めまして、ファウダー・ブリリアント侯爵子息様」
もちろん、微笑みも忘れずに。完璧な、嘘の笑顔、でも、伝わる人には伝わればいい。
(さて、どう動こうかな……)
耳から落ちた髪の毛をもう一度かけなおし、私はファウダーに「よろしくお願いしますね」と、もう一度笑みを向けた。




