188 会いたい、会いたい攻撃
「弟に、ですか……?」
「病弱って噂だから、私にできることないかなって少し思って……というか、単純に会いたい」
「……ですが、弟は」
と、ブライトは相変わらず、腰が低い感じだった。というか、あわせるわけにはいかないと思っているのだろう。触れるとその人の負の感情が増幅させられるという混沌そのもの。まだ、目覚めていないとはいえ、その力は、子供だからと侮れない……
(――っていうのが、前の世界で聞いた話。合わせたくない理由は分かるし、触れさせたくない理由として、病気を使ったのは、悪いような気がするんだよな)
病気と聞くと、心配になるし、医者は同s知恵いるんだと周りから言われかねない。けれど、感染病だ。触れると、移る、ということを付け加えていったおかげで、ブライトの弟を知らないものは多いのだろう。実際にあったことのある人間なんて少ないと思う。混沌の脅威については、ブライトはよく知っているだろうし、ブリリアント家は、聖女に近いところにいた家門だから、混沌に関する資料という物はいっぱいあるのだろう。だから、混沌であるファウダーに会わせてくれない。
(確かに、初めてあった時とか、手を握った時とか、変な感じはしたけど、今はもう大丈夫だし……)
実際に、この世界に来てから、ファウダーに会った。それも、私が最後あった時と同じ状態だったため、彼とはすぐに話が出来た。権能を奪われてしまったことや、混沌として機能しなくなっていることなどいろいろと。そして、後悔していること。兄であるブライトに複雑な感情を抱いていたことを。それは、兄弟ともに抱いていて、ファウダーが混沌でなければ、彼らは分かりあえたかもしれないと、そういったこともあった。
私も、彼を助けたかったし、彼が悪かったわけじゃないと知ってから、誰も悪くない、個の乙女ゲームの世界は優しさに満ち溢れていることを知った。彼女が、あの体に憑依するまでは。
(どうしたら、首を縦に振ってくれるのかな……でも、さすがに、いきなり侯爵家から追い出すなんてことはしないだろうし……)
いくら何でも、泊める気でいたのにやっぱり無理です、お帰りくださーい、とか言われたら私も困る。いや、どうにかして、辺境伯領に戻る方法を感がるのだろうけれど、またそれはそれで、別問題だ。それに、ファウダーに一回会っておこうと思っていたし、何より私にできることなら……ファウダーたちの力になりたかった。さすがに、すぐには和解できないだろうし、正体を知っているからこその葛藤がブライトにあるのも知っている。だからこそ、できることがないだろうかと、私も模索しているのだ。
(ちょっと、卑怯だけど……)
「その、弟が病気だったら、私帰った方が、良いってこと、なのかな……」
「い、いえ。今日は遅いですし……さすがに、今からかえす訳には……フィーバス卿のこともありますし」
「あ、ああ、お父様怖いもんね」
確かに、娘になんてひどいことしてくれたんだ! とか、怒りかねないような気がする。というか、私が無理言って、アウローラにも、ノチェにもついてきてもらわなかったため、一人で戻るってなったら、そりゃもう心配されるだろうし。ブライトからしても、追い出すメリットなんて何一つないわけで。それを狙ったわけではないが、ここに居座ることが出来るのは確実みたいだった。問題は、ファウダーに会わせてもらえるかどうか……
もう少し押せばどうにかならないかなあーと、思っていると、確か前に、ブライトが言っていたことを思い出し、それを口にして、どうにか合わせてもらうと模索する。
「でも、その病気って、防御魔法をかけていれば、触れても大丈夫なんだよね?」
「ど、どこの情報ですかそれ?」
「じゃないと、誰も弟の事面倒見えないんじゃないかなあって。さすがに、侯爵家の人間をほったらかしにはしないだろうし。だから、専門医か……ブライトもあっているってことは、会う方法があるってことじゃないかなって思って」
「確かに、ステラ様の言う通りではありますが」
「じゃあ、会えるんだよね!」
「そ、そんなに会いたいんですか。弟に」
少し引き気味に言う彼に対し、私は、まだ説得が不十分だと、それでも、悟られぬよう、とりあえず会いたいアピールだけする。押しに弱いはずなんだけどなあ……と思いつつも、フィーバス卿の娘である私に、何かあってからでは遅いと思っているのか、会わせられるとかいった、決定的な言葉を貰えなかった。だが、今のは盲点だったようで、痛いところを突かれたな、とブライトの顔にそれらが浮かぶ。しっかりと、相手の表情を観察すれば、何が弱点か、もしかしたら読めるようになるのかもなあ、なんてのも思いながら、話を続ける。
「はい、だって、私の魔力量褒めてくれたじゃん!この力誰かの役に立てればなと思ってて。弟の病気を見せてくれたら、何かできるかもしれないし」
「僕の魔法でもダメだったので」
「じゃあ、聖女様は?」
「……えと、わーる……さまなら。いや、無理でしょう。病気を治すことは」
「でも、少しでも良くなったら嬉しいじゃん。ね?ダメ?」
「……わかりました。そこまでおっしゃるのなら。ですが、絶対に触れてはいけませんよ。責任取れませんから」
「わかった、大丈夫」
「……はあ」
「あ、珍しくため息ついた」
思わず口にしてしまい、気分悪くさせたかなと、顔色を窺えば、ブライトは、少しだけ蒸すくれた顔で私を見ていた。そんな顔するの珍しい、と私は思わず口が開いてしまう。
「別に、ステラ様に対してじゃありません。ただ、自分が……」
「自分が?」
「ステラ様には、優しくしなければと思ってしまうのです。いえ、辺境伯令嬢なので、ということもあるのですが、なんというか、罪悪感……?から、でしょうか」
「罪悪感」
「何もしてないとは思うんですけどね……出会ったのも最近ですし」
「自分に対してのため息?」
「はい。少し優柔不断と言いますか、決定力に欠ける自分のことを好きになり切れなくて」
「な、なるほど。ブライトは、全然そんな感じしないけどな……」
やさしさゆえに、隠し、一人で抱え込むところとか。
その、ブライトが感じている優柔不断や、決定力というのは、一人で決めるにはあまりにも重すぎるものだから、仕方がない気がする。
ブライトは、では案内しますね。と言って、移動し始める。部屋から出ると、すでに夕日が沈み始めており、そんなに長いこと練習していたんだ、と時間感覚がバグってしまう。
「きれい……」
「夕日、きれいですね」
「あ、うん。すごく……辺境伯領でも見えるけど、周りが、絶壁っていうのもあって、こんなにきれいに見えたの初めてかも」
「防御魔法に、要塞のような作りの領地……フィーバス卿らしいですよね。辺境伯領は寒くないですか?」
「ちょっと寒いけど、だいぶんなれたかな……いや、でもよるちょっとどころじゃないくらい寒い!」
「ふふっ、そうですよね。僕も寒いの苦手です」
「確か、ぽいかも!じゃ、じゃあ、暑いのは?」
「寒いよりかは、暑いほうが耐性ありますね……ああ、でもそれは、水魔法が得意だからかもしれません」
「その考えはなかったかも。確かに!」
水魔法が得意だから、というのが果たして、暑さに耐性があるのと関係あるのかは分からないが、話を合わせることで、それなりに楽しい会話が出来た。いちいち、相手の気を使いながら会話をする、というのもいかがなものかと思うけれど、そういう気を使わない、関係になれること、そして、気を使わなくてもいいと思えることで、初めて楽しい会話ができるのではないかとも思った。
その後も、和気あいあいと話しながら、本館の方に戻り、ブライトは、どうぞ、と扉を開ける。そして、さらに奥へ進み、三階の奥の部屋の前で、いったん立ち止まる。
内側から感じた、その空気、魔力に、私は一瞬で、個の扉の向こうにファウダーがいることに気が付いた。一人で、ずっとここに閉じ込められているんだろうなと思うと、胸が痛い。でも、そうすることが、正しいことだって、前の世界の私なら思っただろう。
「では、開けますね」
と、ブライトは、厳重にかけていた結界魔法をほどき、ドアノブに手をかけた。




