185 教えてもらう立場
答えるまでもない質問。
魔法が好きか? それはもちろん、好きである。
「好きだよ。魔法」
「そうですか。ステラ様も、好きそうって……伝わってきます」
「えー恥ずかしいなあ」
別に恥ずかしいわけではないのだが、とっさに出た言葉がそんな陳腐なものだった。それでも、ブライトは笑ってくれたし、彼も、自分と同じ志、同じ思いを持っている人間がそばにいて安心したのではないだろうか。そんなことを私は感じながら、ブライトと笑う。
まあ、ずっと笑っていられるわけでもないので早いところ、魔法の特訓を始めないと。時間は有言なのだから。
「でも、ステラ様はこの間……ある村を襲った魔物を倒したんですよね?」
「え、待ってなんでそれを――あ」
「ステラ様で間違いなかったんですね」
「待って、本当に何で知ってるの!?それ、エトワール・ヴィアラッテアに、入ってないよね。彼女の耳に!」
「お、落ち着いてください。近いです」
思わず、私はブライトに距離を詰めてしまった。だって、気になってしまったから。私が、あの村で魔物を倒したこと……(正確にはとどめはグランツがさしたのだが)が、なぜブライトの耳まではいっているのか。もしかしたら、グランツが話したのではないか。それが、周りに知れ渡っているのではないかと。そうでなければ、ブライトが知るはずもない。確かに、大きな被害だったけど、誰も死んだわけじゃないし……
(ああ、だから、負傷者ゼロって……話題に上がるかも)
騎士団か、治安維持隊かが村に来たのだろう。一応平民は、その土地の領主にお金を納めないといけないわけだから、納められない理由がなんなのか、調査に来るはずだ。あの時は、焦っていて、そのことがすっかり頭から抜け落ちていた。そこまで考えていれば、復興……魔法を無理に使ってでも、あの村を修復したかもしれないのに。
(でも、そんなこと私にできた?)
建築関係なんて全く分からない。魔法が使えるのは、イメージが及ぶ範囲だけ。だから、イメージできないことは魔法に変換できないのだ。
だから、あの場でどうこうできたなんてあまり考えない方がいい。どうにもできなかったんだから、逃げたんだし、エトワール・ヴィアラッテアと鉢合わせたくなかったから逃げたのだ。ただそれだけのこと。
ブライトは、慌てたように、近い、と少し顔を赤らめて距離をとった。私が、聖女のことを呼び捨てにしたことなど全く気にも留めていない様子で、私の方をちらりと見る。私の焦り具合から、私があの村で魔法を使ったことが確信に変わったのだろう。
「魔物の残骸から見るに、見たことのない魔物でした。魔物の生態を調べている研究職の人間はいますが、その者たちも見たことがない魔物だと言っていました。基本、魔物は生態がある程度わかっているものなら、倒し方や、弱点が分かるのですが、初めて見つかった魔物となると、普通は真っ向から戦いません。危険ですからね」
「う……っ」
「それで、調べてわかったのですが……といっても、魔物の残骸、すでに肉片となっていましたし、あくまで目視で、という話にはなりますが、魔法があまり通らない身体の作りになっていたみたいじゃないですか。それを、ステラ様は――」
「そ、その話なんだけどさ」
「はい」
「誰に聞いたの?」
と、私はそこまで疑問に思っていたことを口にした。ブライトは一瞬何を言っているのか理解が出来なかったようで、追いついた頭で、ああ、と顎に手を当てた。
「グランツさんです。彼が」
「彼が……って、ブライトにだけ?それとも、魔物を倒したこと、それに関与している人物のことを、周りは知っているの?」
「い、いえ……グランツさんが直接僕に。僕にだけ。珍しいと思っていたんですが、なんだか、心配そうな、不安げな顔でここまで来て」
「ブリリアント家まで?」
「はい。そうなんです……彼とはかかわりがないわけではないのですが、あまり好かれていないと思っていて。そんなグランツさんが、自ら訪ねてきたのでどういう風の吹き回しかと。そして、ステラ様の話を――」
「じゃあ、誰も……ブライト以外は、知らないってこと?」
「と、なりますけど……聖女様も、何も言っていませんでしたし、何よりもグランツさんが、口止めされていると言っていましたから」
「く、口止めされているのに、話してるじゃん」
「そうですね」
と、ブライトも困ったように眉を曲げた。
あれだけ言うなとくぎを刺したのに、グランツはそれを裏切ってブライトに話した。でも、幸いなことに、ブライトにしか話していなくて、他の人間――エトワール・ヴィアラッテアはこのことを知らないようだ。それでも、魔力の痕跡から、気づいたかもしれないし、グランツに問い詰めたかもしれない。今は、ブライトの言った、聖女は知らない、という言葉を信じることにする。
もし、エトワール・ヴィアラッテアが気になったのであれば、何か仕掛けてくるはずだし。グランツに、何か吐かせようとしていないところを見ると、簡単にはいかないのだろう。グランツは、口が堅いから。
(かたいけど、話しているのよね……)
信用が、落ちた。
地に落ちたわけじゃないので、今度会ったときにちょっと問い詰める程度で許そう、なんて私は考えながら話を戻す。
「ステラ様に、基礎魔法はもう教える必要がないかと思いまして」
「き、基礎魔法……じゃ、じゃあ何を教えてもらえば」
「具体的に、何を教えてもらいたいと思っているんですか?」
ブライトはまた、違う意味で困ったように私を見た。
確かに、教えてほしいと言ってきたのに、何もプランを考えていないダメ人間に、教える資格はねえ! みたいに思われているのかもしれない。
基礎魔法については、ブライトに前の世界で教えてもらった通りだろう。じゃあ、今回の世界では何を教えてもらうか。事前にもっと考えておくべきだったと。グランツの時もそうだったけど、教えてもらう側は、教えてもらえることをありがたく受け止め、真摯に向き合う姿勢がなければならない。そうでなくては成り立たない関係であるから。
「ブライトの好きな魔法」
「僕の好きな魔法ですか?ですが、ステラ様には、氷の魔法を使うフィーバス卿が」
「水の魔法!私、個の魔法失敗したことがあるの。それに、もっと有効活用できないかって色々模索して。ブライトが好きな魔法、得意な魔法が水だから、それを教えてほしいの」
とっさに出た言い訳としては百点満点だろう。
ブライトはびっくりして、アメジストの瞳を丸くしている。
ブライトが得意としている魔法は、水魔法だ。日の魔法が使えないことで、自分は欠陥だと思っていた時もあるみたいだが、それ以上に、優しく包む水魔法が彼は得意だったのだ。それを覚えておいてよかった。
(あと、水魔法の上位互換が、氷魔法っていうけれど、水魔法……はじめ使ったとき失敗したから、その思いでもあって……なんだよね)
思い出される記憶は、良いものから悪いものまで。
まあこれが、正解かと言われたら、正解なのか、不正解なのか微妙な範囲ではあるけれど、ブライトは、呆れたように笑うと「わかりました」と一言言って、身をひるがえす。そのまま帰っちゃうのかなあ、なんて一瞬思ったけれど、そんなわけもなく、ブライトは、こちらに振り返ってはにかんだ。その笑みには何が含まれているのかわからなかったけれど、彼は確かに笑っていたのだ。
「遅くなってしまいましたが、特訓始めましょうか」
「うん……はい!」




