逆行したら今度は君に意識されたいif 2024
!エイプリルフール企画です!
この話は『もしも』こういう形で巡ちゃん(エトワール)がグランツと出会っていたらというifストーリーです。
この世界では、”リース×エトワール”ではなく”グランツ×巡”になってます。
逆行要素が含まれますのであらかじめご了承下さい。
番外編が、本編を超えそうな事態になってきました。まだまだ続きます……
毎日楽しみにしてくれている方ありがとうございます。頑張ります!
※この物語は現在連載中の『召喚聖女(略)』のif逆行ストーリーになります。
※本編軸と関連するなら10章以降のお話です。
※本編には全く関係無い、「もしも」の世界のお話です。
※いつもより文字数多めな特別回です。
以上の事が大丈夫な方はどうぞ。
本編とはまた違った物語をお楽しみいただけると嬉しいです。
◇◆◇◆◇◆◇
もし、世界が違ったら。
もし、過去に戻れるなら。
もしもがあったとき、そんな奇跡が起こったとき。
今度は――――
これは、翡翠の彼が世界を変えて白い星の少女に会いにいくお話。
◇◆◇◆◇◆◇
私――天馬巡は、大好きな乙女ゲームをプレイしている最中に、不思議な光に包まれ、ゲームの悪役聖女に転生してしまった!? 今は、エトワール・ヴィアラッテアとして攻略キャラを攻略中! そして世界を救う為に奔走中なのだ!
――って、何だかデジャブを感じる。
はじめこそ、転生とか本当にあるんだ。しかも悪役!? と、恨んだり、呪ったり、喜んだり、悲しんだり、感情起伏ジェットコースター状態だったけど、今ではかなり慣れて、ここが私の現実なんだ、と受け入れ生きている。
私、天馬巡。大好きな乙女ゲームをしている最中に、不思議な光に包まれ、そのプレイしていたゲームの悪役聖女に転生してしまった。今は、エトワール・ヴィアラッテアとして攻略キャラを攻略中、そして世界を救う為に奮闘中なのである。悪役令嬢でも、ヒロイン令嬢でもなく、聖女……(悪役聖女というのは置いておいて)、なのだが、暮らしとしては上級貴族と何ら変わりない生活を送っている。しかし、世界のルールというか、染みついた価値観により、銀髪、夕焼色の瞳は聖女じゃない! と、私は偽物聖女として扱われてきた。そんな中、本物のヒロインであり、聖女であり、私の前世の生別れの妹だったトワイライトが召喚されたりと、もう本当にドタバタとしながらも、世界を救ってきた。
そう――今日だって、起きたらメイドで同じく転生者の親友、万場蛍ことリュシオルが起こしに来てくれて、温かい朝食が準備されているはず……いつ戻りの朝がくると、目を覚ます。
「え……」
寝起き第一声でも、こんなにはっきりと言葉を発することが出来るのかと、自分でも驚くぐらい、「え」とはっきり出た。それはもう、こだまするぐらいに。
辺りを見渡せば、そこは、中世ヨーロッパ風の部屋ではなくて、洋式……ではあるものの、現代の日本を思わせる部屋が広がっていた。結論からいうと、私の部屋である。
「なんか、デジャブ感じるんですけど!?」
気のせいだろうか。前にもあった気がする。いや、ない、あったら確実に覚えているはずなのだ。
「わ、私の部屋……それも、前世の」
飛び起きて、鏡を見れば、少し幼い、高校二年生の私の顔がそこには映っていた。所謂、逆行というやつである。
「いやいや、あり得ないんだけど!?転生して、逆行して……また戻ってきたってこと!?」
もうわけが分からない。取り敢えず、落ち着きたいのだが、落ち着くこともできず、デジャブを感じ、気持ち悪さのままベッドに腰をかける。
スマホを見る感じ、今日は土曜日で学校は休みらしい。休みだと分かっていたなら、朝七時に起きるなんてことしたくなかったのに。
(あっちの世界……の私、ここにいるってことは消えてるってことだよね……)
いきなり私が消えて、リースが心配しているのではないか。リース以外もきっと心配してくれているだろう、なんて思うが、そのまま元の世界に戻ってきたのではなく、過去の世界に戻ってきたというまたわけの分からない状況。飲み込みきれずに吐き出しそうで、頭が痛くなってきた。
勿論、両親は土曜日でも普通に仕事があるので家にいない。というか、顔も合わせていないだろう。このとんでも状況を説明すべく、蛍の家に行くのもいいが、きっと彼女は普通通り……そして、あっちの世界の事なんて知らないだろう。あの乙女ゲームについても知っているかも分からないし。
「ああ、もうどうすれば!」
戻る方法を考えるべきなのか、それとも――
「寝たら、元の世界に戻ってるとか!?」
と、考えられずに出た答えはそんな陳腐なもので、一応ベッドに寝転がって寝てみようとするが、目がさえてしまったため、寝ることはできず、一人部屋の中で発狂するという奇行に走ることしかできなかった。
「はあ、もういい……疲れた……」
眠ることもできないし、元の世界に戻ることもできない。やることといえば、勉強なのだろうが、そこまで勉強をしなければならないほど頭が悪いわけでもない。せっかくの休み、勉強で潰すのもあれだろうと思い、私はちらりと、窓の外を見た。すると、視界の先に、見慣れた亜麻色が映り込み、私は身体を起こした。
「え、嘘、そんなことってあるの?」
見間違いだろうか。いや、でも気になる。
(いるはずがないのに……!)
「待って!」
二階から飛び降りたら危険だ、と脳が私の異変を察知し、待って待ってと口にしながら、私は、階段を駆け下りる。そうして、たどり着いた玄関を開いて、バッと外に出る。
「待って、グランツ!」
「……っ」
振り返った彼は、こちらを見て、その翡翠の瞳を揺らす。
(グランツが騎士服じゃなくて、パーカー来てる……じゃなくて!)
それはもう、勢いよく降りてきたのであって、動悸、息切れがすごかった。走ってきて、いざ話す! となった時にはすでに口の中がからからに乾いていた。あっちの世界だったら、もうちょっとましに動けたのかもしれない。あっちが、現実だけど現実離れ……とまではいかないけれど、それなりに体は動いてくれるから。
――何が言いたいかと言えば、運動不足な体なのである。
「……」
「ぐ、グランツだよね……」
「……」
「ちょっと!」
ようやく、話が出来ると思って、会話を試みれば、グランツからは何も返事が返ってこなかった。というか、フリーズしているというか……
「あの、もしもーし」
「――パジャマ?」
「パジャマ?って、ううううううわわああああ!?」
グランツに指摘され、ようやく、彼がなぜ私を見つめたまま何も言わなかったのか、その原因が分かった。
私、パジャマのままである。
パジャマなのである。
ん? おかしいな……いや、パジャマなんだけど。
「パジャマ!?」
「はい」
「はいじゃないし。もっと早くいってよ」
「指摘していいものなのかと……それに、そういうファッションだったら、何か言うのもあれかと思いまして」
と、グランツはさも自分が悪くないようにいって頭をかいていた。許すまじ。
(というか、なんか白々しい?)
一刻も早く、パジャマを着替えなければならないのだが、グランツがその間にどこかに行ってしまいそうな気がして、私はその場から離れることが出来なかった。いや、離れないでと言えばいい話なのだが。
「とりあえず、うちあがる?」
「なぜ、ですか?」
「……あのさ、聞いていい?」
「何ですか」
どうも、かみ合っていない。
そう思ったのは、グランツもだろう。私を見ても、何も言わないし、エトワール様とも……あっちの名前をよんだりしない……そこで浮上した可能性に、私は怯えながらも、びくびくしながらも、口を開く。
「私のこと知らない?」
「――……知らない、ですね」
「めっちゃ恥ずかしいじゃん!?まって、これ何!?知り合いだと思ったら他人でしたパターン!?でも、アンタ、グランツなんだよね」
「何で、俺の名前知っているんですか?どこかであったことでも……」
(あってるんだよ、アンタが覚えていないだけで!)
と、叫べればよかったのだが、これ以上、初対面かもしれないグランツに、奇行をお見せするわけにもいかないので、私はいったん落ち着くことにした。
(パジャマ……)
そう、パジャマなのも、どうにかしたい。
とりあえず、家に入ってもらうか……と、初対面の人に対してレベルの高いことが頭をちらつく。でも、私も、デジャブを感じつつも、この状況は、不思議すぎて、100%の見込めたわけじゃないので、知り合いとその感情を共有したかったのもある。
「あの、とりあえず家に上がって……ちょっと聞きたいことある。あ、てか、何か用事あったりした?」
「何もありませんが……その」
「話――!家に入ってもらって、私が着替えたら話すからとりあえずはいって。アンタめっちゃ目立つから!」
「目立つ……?」
だって、そりゃ、ね――?
顔が良い。そりゃそうだろ、だって乙女ゲームの攻略キャラだもん。
声が良い。そりゃそうだろ、だって乙女ゲームの攻略キャラだもん。
身長が高い。そりゃそうだろ、だって乙女ゲームの攻略キャラだもん。
乙女ゲームの攻略キャラが、現実にいて目立たないわけがない。言っちゃ悪いけど、コスプレ感もあるから、目立つし。ここが、人通り多くないわけでもなかったから。
グランツは、はあ? といった感じだったのだが、しぶしぶ家まで来てくれた。断られたらどうしようと思ったが、グランツだし……いや、グランツだから断られる可能性があったのだけど。
(どうなってんのよ……全く)
おかしなことだらけ。蛍に連絡をしようとも思ったけれど、グランツを待たせるのも悪いしと思って、私は部屋に駆け込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「――お待たせ」
「待ってないので、大丈夫です」
「わ、可愛くない」
「可愛くないとは?」
そんな還し方されたらこっちも傷つくだろう。それをわかっていないのか、分かったうえでやったのか。それだけでも、違う。まあ、こんなことはどうでもよくて、問題はその――
「それで、なんだけど。話していい?」
「はい。待っていたので」
「待ってなかったって言ってたじゃん。矛盾!」
「……」
「はいはい。私が悪かったです。それで、なんだけど……アンタ、グランツだよね。グランツ・グロリアス」
「はい。なぜ、俺の名前を知っているんですか」
(アンタが、乙女ゲームの攻略キャラだからだよ!って言えたら楽なんだろうけど、それは禁句だし……でも、知ってるって言っても、どこで?て返されそうだしな……)
「逆に、アンタ何も覚えてないの?」
「覚えていないとは?」
もう、だめだ。何を言っても、疑問で返される。本当に忘れているのではなくて、別人なのでは? という疑惑さえ出てくる。しかし、どこからどうみても、グランツだし、グランツとしか思えないし。
だったら、あっちが記憶なくなっているというか、こっちの世界に適応したグランツになっているだけなのではないかと思った。もう、自分でも何を言っているのか分からない。
「まあ、ええっと、何?私の知り合いに……違う、夢に出てきたのよ」
「夢に?ですか?俺が?」
あったこともないのに? みたいな顔をされて、さすがに傷つきそうになった。いや、傷ついている。もう、どうでもいいんだけど、いちいち反応がむかつくなあ、なんて思ってしまって、私はいったん冷静になることにした。
(状況はなんとなくわかった。私は、逆行してきたんだけど、元居た世界に逆行したんじゃなくて、パラレルワールドみたいなところに逆行したのね。それか、もしくは、誰かが作り上げた偽物の世界か……)
以前、闇に落ちた妹・トワイライトが作り出した理想の世界――という可能性も考えられる。まあ、今回はトワイライトじゃないし、誰かが、となるんだけど、その誰かが全く思いつかなかった。グランツが忘れている時点で、グランツの理想の世界ではないだろうし。そもそも、私の前世を知っているのは、限られている。リース……遥輝だったらこんな回りくどい真似はしないだろうし、他の攻略キャラなんて、理想の世界には必要ないって言いそうだし。
謎――結論は、謎だった。
この世界から抜け出せるかも、元の世界に戻れるのかも分からない状況。それでも、危険がないこの世界は、あちらに比べると、少しはいいのかもしれない。ただ、魔法が使えないとか、こまごまとした違いはあれど。
「あの――」
「な、なに?グランツ?」
「名前、教えてくれませんか。俺だけ、知られているのって、フェアじゃないです。というか、夢に出てきた男の名前を言って、それが間違ってたらとんだ迷惑ですよ」
「はあ……ああ、私は、えと……じゃなかった、天馬巡」
「天馬、さん……」
「下でいいよ。苗字、そこまで好きじゃないから」
「じゃあ、巡さん……」
「何?」
「俺、いつまでここにいればいいですか?」
「え、ああ……え!?それって、帰りたいってこと!?」
「いえ、別にそういうわけではないですが……巡さんの邪魔になっているのかな、と。疑問も解決していないみたいですし」
と、シュン、と耳を下げてうつむくグランツ。ああ、こういう子犬属性に引っかかって痛い目見たんだ、とあの世界のことを思い出す。この世界のグランツは違うかもしれないのに。
(いや、でも、どこからどう見てもグランツだし、性格も、グランツだし……)
裏切りはあったけれど、今では元通り……裏切った事実はなくならないけれど。
「邪魔じゃないし、てか、別に迷惑とかも思ってないから」
「……そう、ですか。じゃあ、俺は何をすれば?」
「何をって……」
そう聞かれても、あんがなかった。この世界が、夢の世界じゃないのなら、目覚めるタイミング……」戻るタイミングも分からないし、グランツを引き上げたはいいものの、することも考えられなかった。情報も、持っていないだろうし、グランツは帰ってもらった方がいいのでは? とも思った。ただ、この世界で初めて会った知り合いでもあるので、もう少しいてくれたほうが、私としては心に余裕が……
「いても、いいから」
「泊ってけってことですか?」
「な、とまり!?」
「はい」
いや、真顔で言われても困るんですけど。
なんで、そんな真顔で言えるのか不思議で仕方がなかった。いたって、彼は、真剣に言っているのだろうが、私にはそう思えなかった。こんなこと、真剣に言えるのはグランツだけだと思う。そんなことをも思いながら、私はグランツを見る。翡翠の瞳は、前みたいに曇ってもいなかった。空虚な瞳に、空っぽな部屋に、家具をちょびっと配置してみた感じ。少しの好奇心と、熱に、私は思わず目をそらしてしまった。
その目が、だって、あの世界の――
(覚えてないって言ったじゃん。知らないって!でも、中身がグランツだから?なの?)
もうなーんにもわかんない。身を任せて、流されるように流されてもいいけれど、この世界でずっと高速というわけにも……
(戻りたい……んだ、私)
あっちがリアルだから。まあ、最も、そのまま元の世界に戻ってきたわけじゃなくて、若返って戻ってきたし、そこも含めて、あの世界に戻りたいと思っているのだろう。あっちの世界は辛かったけど、それなりに好きだったから。今も好きで。
「泊りって、アンタ家は?」
「一人暮らしです。中学までは、祖父母の家から通っていたんですけど、上京して」
「な、なるほど……親は?」
「他界しました」
「……ごめん」
「いえ。それに、俺ドイツ系アメリカ人……なんですけど」
「そ、それがどうしたの?」
「いえ……あいつと、一緒だなと思いまして」
「あ、あいつ?」
「何でもありません」
「そ、それにしても、日本語が上手で」
「生まれて、こっちにいたようなもんですからね。まあ、そこは、別に……」
容姿は、日本人離れ! そこを差別するとか全くないんだけど、攻略キャラだし。そんな設定あったの? それとも、こっちの世界のための後付け設定? もう、何もかも分からない。とりあえず、それは放置し、泊りとかいいだした、グランツをどうすればいいか考えようと思った。別に私は構わないのだが……
(いや、構うね!?構わなきゃ!?さすがに危機感ってやつ?)
でも、グランツってそんな性急タイプではないのでいいのかな? と思いつつも、私には、リースという恋人がいて、その恋人をあの世界に置いてきてしまっているわけ? 多分、なので、裏切ることはできないなと思った。
「やっぱり、泊まるのは――」
「俺、貴方といたら、何か思い出せそうです」
「え?」
私の言葉にかぶせるように、グランツがいう。
さっきまで何もないとか言っていた男が何をいまさら、と彼を見れば、翡翠の瞳がまっすぐと私を見つめていた。その目から本気がうかがえて、私は一歩後ろにさがってしまう。あ、と思ったときには、グランツは立ち上がって距離を詰め、私の目の前まで来た。幼さの残る顔。でも、確かにそこら辺の高校生よりは大人びている気がするし、何より身長は日本人の平均は超えているわけで。
「さ、さっき、何もないって言ったじゃん。何、あれ嘘だったわけ?」
「いえ。俺も、夢を見たんです。貴方と似た……でも、まったく違う銀髪の少女のことを」
「ぎん、ぱつ……」
「はい」
それって、エトワール・ヴィアラッテア? 私?
的を得すぎている。グランツの知っている銀髪って他にもいるのかもしれないけれど、いや、私しか思いつかない。うぬぼれかもしれないけれど。
「そ、その、私といたら、思い出せるって、何を?」
「貴方と重なる、その少女の事です。少女というには大人びていて、でも大人というには幼いような……そんな美しくて儚い女性です」
「そ、そう」
顔が熱くなってきた。いつもは言わないか、変化球で何言っているか分からないのに、こんなにストレートに言えたんだ、と感心してしまった。しかし、そんなことで感動し、心を奪われていては、いくら心臓があっても足りないのだ。これが、普通、とはいかないが、理想の人間の動きではある。ストレートに伝えられて嫌だっていう人も言うかもしれないし。
「なので、一日でもいいです。泊めてください。だったら、俺の家にでも」
「い、いや、それはさすがに……ま、まあ、一日くらいなら」
ダメだ、押された。もう完全に押された。どうしようもない。
私、推しに弱いんだもん。
ただ、危機管理がないのは全くそうなので、絶対部屋は別々で――
(――って、これだけおされたけど、たぶん相手、十六か、十七だよね!?)
もう、完全にアウトだ! と、心の中で叫ぶ。しかし、一日くらいなら、と口にしてしまったため、グランツはもう泊めてもらえるものだと思っている。中学生とか小学生のお泊りじゃないんだし、男女のことを考えるとかしないのだろうか。まあ、グランツは元から、距離感が近かったけども。
そんなことを考えていると、ポケットに入れていてスマホが鳴った。着信相手は、遥輝で、救世主! と思いながら、私はグランツを置いて外に出ていく。グランツは、誰からですか? と言ってきたけれど、無視だ。
「は、遥輝?」
『どうした?何かあったのか?』
「いや、かけてきたのはそっちだし……いや、それが……」
そういえば、私、今高校何年生だ?高校三年生だったら、もう付き合っているわけだし、家に男が! なんていったら、遥輝の反感を食いかねない。このころの遥輝は、周りが見えないタイプだし危険だ。
けれど、遥輝がいたら安心できるかもというのもあって、私は、二時間後に家に来てほしいと言ってしまった。グランツをどうするかはそこから考える。遥輝は、家に来てほしいというその言葉だけで「わかった」とおいつもより高い声色でいうと、電話を切った。
「誰からですか?」
「えーっと、恋人?」
「……っ、恋人?恋人がいるのに、俺を家に泊めてくれるんですか?」
「うーん、だから、泊められないかも。二時間後にくるし」
「……」
「それまでに帰ってもらうと」
「ひどい人ですね」
と、グランツは吐き捨てると玄関で脱いだ靴を履きだした。
え、帰るの? と見ていれば、グランツはこちらを振り向いた。翡翠の瞳に熱が溜まっている。また、来るとでも言わんばかりのその表情に、私はドキッとしてしまった。
「俺が、ここから出ていってほしくないって顔してますけど、どうなんですか」
「いや……恋人いるし」
「そうですか。また、来ます」
「ま、またって……!」
「少しでも、俺の事、男として意識してくれているうちに……近いうちにまた来ますから」
グランツはそういうと、立ち上がる。
まるで、自分に勝算があるとでも言わんばかりのその言葉に引っかかりを覚える。だって、彼は、覚えていないはずなのでは?
「今度は――この世界では、俺の事意識してください……意識させてあげますから」
「ぐ、グランツなんて!」
「では、また。巡さん」
ぱたんと閉められた扉。あっけにとられ、私はその場に突っ立っていることしかできなかった。いったい今、何が起こったというのだろうか。
「……はあ、なんか、ほほ、熱い」
現実なのに、現実味がなくて、でも、確かな熱が、自分の中に残っていた。この感覚は、感情はなんなのだろうか。
「グランツ・グロリアス……」
いつまで、この世界にいられるか分からないけれど、彼の知らない一面を、知ってみたいと思った。素直で、積極的な彼を、少しだけ、意識してしまったのは言うまでもない。




