184 魔法が好きなんですね
「そういえば、ステラ様は、魔力測定をしましたか?」
「魔力測定……いや、あ!」
「あ……とは、その様子だと、してないんですね」
「あはは……あ、でも、お父様に認められるくらいはすごいので!」
語彙力の喪失とともに、魔力測定をしていないこともバレるという失態。普通なら、魔力測定をするものなのだが、私は、目視だけで、フィーバス卿にはかってもらったし、だから正確な数値というか、魔力量は分かっていない。けれど、どう考えても、初代聖女の身体なのだから、それはもうすさまじい魔力量を持っているのは確定なわけで、それをブライトたちは知らない。聖女が二人いるとか騒がれたくもないし、トワイライトが戻ってきたら、聖女が三人いるとかいう事態にもなるから、あまり誰もが分かる、痕跡が残ることはしたくなかった。
(それに、魔力測定とか、あんまりいい記憶ないんだよな……)
聖女の魔力って偉大だ! ということを、この世界に転生してきたときの私は知らなかった。だから、言われるがまま、魔力測定の水晶玉を壊してしまったのは、今でも鮮明に残っている思い出の一つだ。まさか木っ端みじんに割れるとは思っていなかったし、それがとても貴重なものであると言われて、さらに冷や汗をかいた。壊してしまった申し訳なさと、自分に宿る魔力量の多さに絶句と、現実を受け入れられなかったあの感覚。自分が本当に聖女なんだと思い知ると同時に、悪役なんだと、個の魔力量が、悪にも善にも使えるものなんだと、重さを知ったあの日の事。
(だから、あんまり、魔力測定したくないっていうか……それって、神殿に行かなきゃできないんだっけ?)
「あの、魔力測定って、神殿にいかなきゃできないんじゃないっけ……?」
「はい。基本は。ですが、ブリリアント家には、神殿のものよりも制度は低いですが、魔力測定をする水晶玉はあります。もし、魔力測定を行いたいという場合であれば、準備しますが」
「け、結構です!間に合ってます!」
「そ、そうですか。では、今回は測定をしないということで」
「ご、ごめんなさい」
「いえいえ。僕から見ても、ステラ様の魔力量は多いと思いますし、ブリリアント家が保有している水晶玉では、壊れてしまいそうですしね。さすが、フィーバス卿に認められたお方です」
と、ブライトはフォローを入れてくれる。本当に申し訳ないと思いつつも、ブライトが壊れるとかいうのでそれも少し怖かった。でも、見ただけで、魔力量が分かるのは、かなりすごいことではないかと。
(いや、私も、魔力を感じられるし、魔力探知のたまものか……な)
ブライトや、慣れた魔導士になれば、相手がどれほどの魔力を持っているかなんてすぐにわかってしまうのかもしれない。それに、リースも、相手が何の魔法を使っているか調べるの特異だった気がするし、そこまで驚くことでもないのだろう。
ただ、魔力量が多い相手で、まだ信用できない相手となれば、警戒されるのは必然である。ブライトは、私に気を許してくれているから、警戒をしていないのかもしれない。それと、前の世界の記憶が混在して、無意識のうちに、私という存在を、受け入れてくれているのかもしれない。
いつもは、庭で魔法の練習をしているのだが、聖女殿でもなければ、神殿でもない、もちろん女神の庭園でもなくブライトに案内されたのは、天井から光が降り注ぐ、闘技場のようなところだった。コンクリートの地面に、差し込む光は七色で美しく、そして、道場のように静まり返った神聖な空間だった。
「今、ここしか使えなくて」
「普段、何でここを使っているんですか?」
「魔法の練習だったり、ブリリアント家直属の騎士たちの特訓だったり、様々ですが、最近は、外での特訓が多いようで。中にこもりすぎていると気がめいったりしますしね。ああ、あとはこの部屋自体、特殊なつくりになっているので、魔法の練習……試し打ちなどに使っています。他の部屋より頑丈ですよ」
「そうなんだ……初めて来た」
「以前、屋敷に来たことありましたっけ?」
「い、いや!ない……けど、貴族の家にお邪魔することって、他の貴族の家にね!お邪魔する機会があんまりなくて、それぞれ、違うつくりになってるんだなあーって感動しちゃって……って話です」
「そうでしたか。ここに案内する人も少ないですからね」
初めてきた、というのは嘘ではなく、言葉通りの意味で、ブリリアント家にこんなところがあったのかと驚きを隠せなかった。もちろん、貴族の他家をすべて知っているわけじゃないし、敷地とか、何があるか把握しているわけではない。それは、ブライトも例外ではなく、ブリリアント家のことをすべて知っているわけではない。
そして、さすがというべきか、ブリリアント家の部屋? 空間? であるから、魔法が壁や地面、天井まで流れていて、魔法が編みこまれた素材で囲ってある。確かに、これを岸野訓練場にするのはもったいない気がした。女神の庭園のように、さすがに壊したものが元通りになるとかではないだろうけれど、壊れ肉素材になっていることは間違いないだろう。
だからといって本気で魔法をぶつけていいわけではないのでそこは自重するつもりだ。
「僕も、あまりここには来ません。管理も、執事長に任せているので。ですが、落ち着きますね。ステラ様はどうですか?」
「何か、日本と西洋混ぜた感じです!」
「に、ほん?」
「ああ、こっちの話です。ブライトは、魔法の練習とかしたりしないの?」
「以前はしていましたが、今は、聖女様の魔力調整や、災厄の対策で忙しく……自身の魔法を高めるような訓練はしていませんね。本当は、訓練は怠らない方がいいんですけど、どうしても」
と、ブライトは自分がしっかりしなければならないのに、といったように私に背を向けた。
彼は、魔法が好きなんだろう。一応、攻略キャラの説明文に魔法が好きとかなんとか書いてあった気がしたから。でも彼が好きな魔法というのは誰かのためになる魔法で、人を傷つけるための魔法ではなかったはずだ。災厄やヘウンデウン教との戦い、戦争によってその、好きな魔法が、人を傷つける魔法に変わる。エトワール・ヴィアラッテア……聖女に求めるのは、そんな人を殺すための魔法ではなく浄化し、人を優しい気持ちにさせる魔法なのだろう。けれど、彼の信じている聖女というのは、まったくそんなことをしてくれない、闇魔法に片足突っ込んでいるような人間だ。それを、ブライトが知ったらどうなるのか……
「向上心があるだけ、ブライトは違うと思う。それと、さ……ブライトは好きなんでしょ?」
「何をですか?」
「――魔法。私に魔法を教えてくれるのも、魔法が好きだからじゃないかなあって勝手な考察だけど」
「……っ。そうかもしれませんね。ステラ様の言う通り、僕は魔法が好きです。でも、よくわかりましたね」
「なんとなく……顔見てれば分かる!」
というのは嘘というか、実際知っていたからではあるけれど、ピコンと彼の頭上の好感度が音を立てて上がったので、彼の心をつかむことには成功したのだろう。ブライトの笑顔がそれを証明している。
私も、魔法の奥深さ、イメージでどこまでも強くなっていく、無限大の可能性を秘めているところはもちろん好きだ。自分が魔法を使えない世界から来たというのもあってなおさら。だからこそ、ブライトの純粋な魔法好きな気持に共感できるのだ。
「ステラ様も、魔法、好きなんですか?」
「私?私はもちろん――」




