180 なんで浮気認定!?
「う、浮気って、なんでそうなるの……」
「だって、ブリリアント卿といえば、今帝国一……いや、一番はフランツ様ですけど、魔導士筆頭の家系で、災厄の対策を前線で練っているのがブリリアント卿なんですよ!?」
「そ、それは分かってるんだけど、だ、だから、何でそれと浮気が関係するの……」
まくしたてるように言うアウローラを前に、少し参ってしまった。私と同じオタク気質のある陽キャを、そもそもオタクをなだめる方法も落ち着かせる方法もないのだ。何をしても、燃料にしかならないため、何も言わないのがマストではあるんだけど……
アウローラはいったん落ち着くように息を吸ったが、その後も話をつづけた。
「ブリリアント卿は、令嬢にも人気って聞きます。顔がいいですしね!あ、でもフランツ様が一番ですけど!でもでも、ステラ様面食いっぽいんで、危険だなあと思いまして」
「誰が、面食いよ。私は二次元にしか興味ないんですけど!?」
「二次元って何ですか?」
「あ、こっちの話……そんなつもりで、魔法を習いに行こうって思ってないから!お父様にならおうかとも思ったけど忙しいし……まあ、ブライト……ブリリアント卿も忙しいのは分かってるんだけど、あっちなら、って思って」
「それはいい心がけだとは思います。フランツ様の手をわ……ごほん、忙しいフランツ様のことを考えられるようになったのは、ステラ様、成長だと思います」
「だ、誰に向かって言ってるの」
一応、というか、バリバリ主人と従者なんだけど? と突っ込みたくなったが、個の突っ込みはもはや不要だと、私はため息をつく。
まあ実際、ブライトの顔がいいのは認める。だって攻略キャラだし。でもそれをいったら他の人だって顔がいいということになるわけで……どこからどう私が面食いなんていう発想が出てくるのか聞きたいくらいだった。聞いたところでどうにもならないと思うけど。
口にした通り、二次元キャラのイケメンにはそれはもう我を忘れるくらい熱中しちゃうし、イケメン、イケメン! って踊っちゃうくらいには目がない。でも、二次元限定だし、三次元のイケメンには怖くて近寄りがたかった。それでも、リース……遥輝の顔はそれなりに好きだったし……もちろん、顔だけが全てじゃないってわかってるし、でもかっこよかったのは事実だ。ブライトもアルベドもそりゃめちゃくちゃ顔はいい、だって攻略キャラだし。でも、ここが現実内情、その推しが3Dで話しかけてくるわけで、オタクの心が、乙女の心がくすぶられないわけがないのだ。
(――って、一人熱くなってるのもいいけど、問題はそこじゃなくて)
「浮気じゃないわよ。てか、女性で魔法が使える令嬢とか、アウローラ、紹介できるの?」
「い、いえ……あまり、女性は魔法を使わないので。使うといっても、日用魔法くらいで。一応、自分の身を守れるようにとは、訓練しますけど、男性のようにバリバリと前に出て戦うことはないので……はい」
「でしょ?だったら、教えてくれるのってブライトくらいしかいないわけで。女性がいいって思ってもいないんじゃあねえ……だから、これは浮気じゃない!」
「はい、そうですね」
「なんか冷たくない!?私、行ってること間違ってないよね!?」
自分に非があるためか、アウローラはつんと態度をとって顔をそらした。都合が悪くなるとこれだから……と思いながらも、私も、都合が悪くなったら逃げようとする癖があるからお互い様か、とまた見逃すことにした。
「でも、ブリリアント卿って、聖女様の魔法の特訓に付き合ってるんじゃないですか?それにさらに、ステラ様の――となると、少し厳しいかと思われます」
「それは、思ってた。だから、無理言って……って感じで、無理なら無理で仕方ないから諦める、かな」
「ステラ様、まさかとは思いますが、前戦に出て戦おうとしていませんか?」
と、アウローラは珍しく不安げに聞いてきた。
戦う――とは、と首をかしげてみたが、災厄のことをいっているのかとすぐに理解することが出来た。前の世界では、バリバリ戦っていたし、聖女はそのためにこの世界に召喚された存在だから……
(ああ今は、聖女じゃないんだっけ。初代聖女の身体を使って入るけど、私自身、聖女って呼ばれないし)
どういうからくりなのか、バグなのかは知らないけれど、私のことを初代聖女だとか、聖女のような力を持っているとか気づく人があまりいないことが不思議だった。エトワール・ヴィアラッテアが歴史そのものに干渉してその設定をいじっていたり……ということも考えられるが、冬華さんがエクストラモードとして、初代聖女をこの世界に顕現させたわけで、そのせいで、初代聖女という存在が消えてしまったのかもしれない。あるいは、この世界では、初代聖女の存在が他のものに変わっているのかもしれない。
そうだったとしたら、これまでの私誰問題はこれ以上聞かなくていいことになるし、私が誰だろうが、聖女が二人いるとかそういう風にならないのであれば、私もこれ以上聞こうとは思わない。それでも、魔力量は、聖女に匹敵するし、聖女そのものだし、それを不思議がる人は少なからずいるわけで。でも、核心には迫れないといった感じだ。グランツや、フィーバス卿がいい例である。
「災厄の?混沌と戦うってこと?」
「そうですよ。ステラ様が発見したあの肉の塊みたいなやつが、これからもうじゃうじゃ増える可能性があるってことでしょ?誰かが対処しないと、増え続けるばかりじゃないですか?」
「人口魔物だし、そう簡単に増えないと思うんだけど……」
あの肉塊については、アウローラには詳しくいっていない。どうやって作られるかなんて、グロテスクすぎて言えた物じゃないのだ。アルベドに聞いたって言えば、それで済むかもしれないけれど、そんなものと戦うとなった時、気持ち悪くて、アウローラは参ってしまうのではないかと。
人口魔物――人の犠牲の上にできた魔物であるそれは、内部の核を破壊しなければ倒すことが出来ない、不死身の魔物。物理攻撃も、魔法攻撃も、吸収し、そのダメージを抑える、ヘウンデウン教が作り出した、憎き魔物。
増殖するわけじゃないのだが、それでも、人工的に作れる、というところにアウローラは引っかかったのだろう。作れるなら増やせると。それが、災厄に立ち向かっていくうえで、また、混沌を倒すうえでの障害になってくるのではないかと彼女は考えている。あながち間違いじゃないが、やはりそう数を増やせるわけでもないので、そこまで心配はしていない。ただ、倒し方を知らない人間多いのは事実で、これを一度実践で試してもらわなければ、その脅威と、倒し方を理解しないだろう。
(でも、あの肉塊の中最悪なんだよな……)
災厄の、負の感情を増幅した空間。いるだけで、死にたくなるような苦痛に苛まれ、いずれ自我を失ってしまうあの暗闇に、はい、入ってください、なんて言えるわけがない。というか、肉塊に飲み込まれた時点で死んでしまう、と考えている人が多いだろうし……
「でも、まあ、災厄に対しては、私も思うところあるから……お父様の許しを得たら、前戦でとは考えてるかも……」
「ステラ様は、女性なのに……辺境伯令嬢なのに?」
と、アウローラは再び不安げな瞳を向ける。それが、間違いだと、令嬢は戦うべき存在ではないと訴えかけるように。でも、それが普通。アウローラが普通なのだと、私はしっかり受け止めていた。
でも――
「人手が足りないのなら、戦うしかないじゃん。てか、戦いたい。力があるのに、それを振るわないのは、力あるものの恥さらしでしょ?」
怖くなんてない。だって、私は一度、それに立ち向かった聖女なのだから。




