178 ちょっとした頼み事
「――テラ、ステラ」
「……」
「ステラ、大丈夫か。ぼーとしているようだが」
「ああ、えっと、大丈夫です。お父様!」
「……話は、ある程度聞いた。理解した。大変だったな。疲れているだろう」
「ええっと、大丈夫です。アルベドの……レイ公爵邸でゆっくり休ませてもらったので」
「それならいいが……それで、ステラは先ほどからなぜ頬に手を当てているんだ?」
「ああ、これはえっと!何でもないので!」
フィーバス卿に明らかに、不審な目を向けられ、私はなんでもないと勢いのまま飛び上がってしまったが、それがまたおかしな行動で、本当に大丈夫か、頭でも打ったのではないかと心配され、なんだか申し訳なくなってきた。
レイ公爵邸から戻って、早二日がたち。フィーバス卿は辺境伯周辺の調査で少しの間邸を開けていた。といっても、辺境伯領地からは出ることが出来ないので、どこにいるかというのはすぐに把握できたし、アウローラと話したり、書庫に行ったりと時間はつぶそうと思えば潰せたので問題はなかった。そうして、この間私が以前いた村で起こった出来事についてフィーバス卿に話、辺境伯周辺で出た肉塊と似たような人口魔物がヘウンデウン教によってつくられていることも話した。にわかには信じてもらえない話だろうと思ったが、魔法に精通しているフィーバス卿は、空想上の話ではない、と理解したうえで、ヘウンデウン教の動きの活発化について暗い顔をしていた。
辺境伯領は、フィーバス卿の防御結界、魔法によって守られているため、簡単に出入りすることが出来ない。私が行き来できるのは、フィーバス卿とかわした家族の契りのようなものが働いているからで、それがなければ、領地に入るのもかなり手順を踏まなければならなくなる。一応、娘であり、辺境伯令嬢である……と、まあ肩書があるので、出入りは自由だ。
それで、魔物の侵入も簡単には破られないし、不審者、悪意を持っている魔導士なんかも領地に踏み入ることはできない。もうそれはガッチガチな結界なのだ。しかし、肉塊だけは違く、あれは魔法を食い破る力があるようで、この間も侵入をしようと結界の近くをうろついていた。まるで、グランツの持つ魔法を切ることが出来る魔法のように、魔法を無力化しようとしていたのだ。そんなことが、魔物にできるのか。人工的に作られたからできるのか、という話になり、前の世界で出会ってきた肉塊よりもさらに高精度な魔物が誕生してしまったわけで。
「それで、その村の状況は?」
「と、途中で帰ってきてしまって。どうなったかは……ちょーと会いたくない人がきてて」
「はあ、まあ、そういこともあるな」
と、普通なら納得してもらえない理由で、納得してもらえ、なんだかこれでいいのかな……と感じながらも、その会いたくない人、というのがフィーバス卿にも伝わったみたいで、ほっと胸をなでおろす。
会いたくない人、という言い方は不適切なような気もしたし、子供っぽい理由だなと言われそうだったが、フィーバス卿だからこそ、納得してもらえる理由でこっちも助かった。
一発で、エトワール・ヴィアラッテアのことを頭に思い浮かべられるなんて、相当だし、私のことを分かってるな、となんだか嬉しくなってきた。
「今すぐにでも、確認しに行きたいのですが。少し怖くて」
「ここから距離もあるしな……もう、その聖女が復興に協力し事なきを得ているかもしれない」
「そう、ですよね……やっぱり、あのままいるべきだったのかなあ」
さすがに、あの場にいて何もしずに帰るなんてことはしないだろう。そうなったら、聖女としての株が下がるし、グランツからも、なぜ助けてくれないんだって言われかねない。だから、私が今言っても、すべてが終わった後かもしれない。
まあ、モアンさんたちが無事ならそれでいいし、逃げたせいで、グランツの好感度が下がっていたらそれは自業自得だし。
「はあ……」
「まあ、そう落ち込むな。村を救ったのは、ステラだ。それを知っている人間が一人でもいればいいだろう」
「そ、そうですかね……」
グランツは私のことをどう思っているだろうか。確かに、魔物を倒せたのは、二人で協力したからで、私か、グランツ、どちらかがかけていたら、魔物は倒せなかっただろう。そう考えると、グランツは私のことをそれなりに評価してくれたのではないか。互いに、どっちもいたとして、村のことを考えながら戦うのは困難だという答えにたどり着いたわけで、そこも心配いらないだろうし……
(グランツは、表情変わらないからわかんないんだよな……)
感謝してくれているのか、それとも、私だったらもっと被害を少なくできたのではないかと言われるか。本人に確認しないとわかんらいけれど、確認するすべがない。村に戻っても、どうなっているか分からないし、グランツは、聖女殿の方にいるだろうから、会いに行ってもいないだろう。グランツの好感度を上げる、記憶を取り戻すというのは、かなり困難な話になってきたため、アルベドに頑張ると言ったものの、厄介なことになったため、難しくある。
アルベドとラヴァインは二人で、これからの計画を立てるといってレイ公爵邸で話し合いだし。ちょっと、二人きりというのが怖いけど、まあ兄弟だからそこも問題ない。
(それなら、ブライトに先に記憶を思い出してもらえるようすれば……いい?)
ちらりと、フィーバス卿の方を見る。ブライトを呼び出すには、フィーバス卿の力が必要というか、私が呼んできてもらえるような相手ではないのは確かである。けど、どうやって理由つけてフィーバス卿に頼むかもまた問題で……
「どうした、ステラ」
「いえ……えーと、お父様の今後のご予定は」
「どうして、そんなに固くなる。気軽に話してくれていいぞ。それとも、話しにくいことか?」
と、すぐに話しにくいことだと見破られ、私はさらに背筋が伸びた。顔に出やすいため、バレたんだろう。
手の内側に汗がべっちょりと滲んでいることをかんじながら、どう切り出したものかととりあえず笑みを作ってみる。その不細工な笑みに、フィーバス卿はため息をついて「予定はない」と一言いうと透明な青い瞳を私に向けてきた。きれいな、ビー玉みたいなその瞳はいつ見ても美しくて、吸い込まれそうだ。そこに反射した自分の顔はやっぱり不細工だけど。
(もとの、聖女様の顔はいいから、わたしが不細工にしてるだけなんですけどね!?)
聖女とかいう神聖な姿はしているが、中身が二次元オタクじゃしまるものも、しまらないだろう。まあ、それはいいとして、フィーバス卿なら何でも聞いてくれる気がして、もう一度ちらりと彼の方を見る。私よりも数十年長く生きた人、でも、顔に衰えは一切見えないし、渋い男性、年上男性としてみても全く問題ない……父親をどんな目で見ているんだという話になるのでここまでにして、願い事が聞いてもらえるのなら、意を決して言ってみようと思った。
まあ、ちょっとの嘘と、本当を混ぜて。
「お、お父様。私、魔法の扱いがもっとうまくなりたいんです」
「俺が教えてやってもいいが……そういってきたということは、誰かに教えてもらいたいということだろう。俺以外の」
「は、はい。もちろん、お父様の魔法はぴか一ですし、この間、お父様の真似をしてみたんですけど、まだまだで……もしよろしければ、ブリリアント卿のもとにいって教えてもらうことはできないか、聞いてもらえないでしょうか」
「ブリリアント卿か……確かにあいつなら、ステラを任せても大丈夫だが。しかし――いや、声はかけておこう。俺も、帝国一の魔導士の家を動かせるほど力があるわけじゃないが。それとなく、な?」
と、フィーバス卿はやれやらといった感じに笑うと、席を立った。




