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174 sideラヴァイン




「――ステラなら、寝てるぞ」

「だったら、こんな部屋に来ないよ。兄さん。さすがに、俺……間違えないって」

「……で、何の用だ、愚弟」

「その呼び方嫌いだなあ。ほら、兄さんラヴィって呼んでくれたことあったじゃん。あれがいいなーって」

「……ふん、誰が言うか」




 重い扉を開き、訪れたのは兄――アルベド・レイの部屋。兄さんの部屋に入るにはちょーとばかし、めんどくさい魔法の解除がいったけど、それもなんなく解除して部屋に入った。前より魔法が簡略化されているのは、どういう意味を持っているのか。




(違う……兄さん、俺が入ってくるの知ってて、わざとやったんだな)




 真意は分からない。あれだけ人間不信で、人の事信じないし、自分さえも信じていないような兄さんが、こんな初歩的なミスをするはずがなかった。だから、これはわざと。しかし、人間不信になった原因である俺に、自ら招き入れるような形で部屋を開けている意味が分からなかった。許されないことをしたはずなのに、それを許容してくれているというのだろうか。




(なんて都合のいい解釈……そんなわけないのに)




 記憶が戻って、兄さんと敵対する理由が亡くなった。あの世界での記憶が受け継がれている今……一応、和解とまではいかないけれど、それなりに仲は改善したはずだ。それでも、兄さんにつけた傷というのは大きいわけで。それが、消えることも、なくなることもない。

 ただ、今は協力し合わなければ、この世界を元に戻すことが出来ない……それは、俺も兄さんも分かっている、合致した目的だった。




「突っ立たままなら、帰れ」

「ひどいなあ、兄さん。久しぶりに兄弟の秘密のお話でもしない?」

「するわけねえだろ。くそが」

「口わるーい。でも、兄さんは、兄さんのままで安心するよ」




 俺と一向に目を合わせてくれない兄を前に、俺はとりあえず椅子に腰かけ、上に伸びた。昼間に兄さんとドンパチやりあったから、かなり体が痛い。不意打ちで勝てる相手かと言われたら、まったく勝てないので、兄さんはやっぱり強いのだ。俺なんか勝てる相手じゃないと。




(てか、すっごい黒歴史じゃん。もー早めに記憶取り戻したかった。めちゃくちゃ恥ずかしい)




 ちらりと兄さんを見るけれど、兄さんは微動だにせず、よくわからない報告書のようなものを読んでいた。そりゃ、俺がいなければ、兄さんが時期公爵の座につくだろう。だから、俺よりもやることは、多く、いつだって忙しく、息をつく暇もない。




「体調は大丈夫なのか?」

「……え、今、俺のこと心配したの?」

「他に誰がいる。その様子じゃ、何の心配もないようだがな」

「うん、大丈夫だよ。まだ、ちょっとぼーっとしてるけど。特に変わったところはないかな。ただずっと、忘れていたこととか、世界の変化に気づかなかったのは、すごく悔しいよ。兄さんにも、当たっちゃったし」

「仕方ねえだろ、それは。まあ、許してはねえけどな」

「だよね」




 兄さんは冷たく返すけど、そこに少しの温かさがあった。エトワール――ステラほどのものでなくとも、兄弟だからこそ分かるぬくもりというか。俺じゃなかったら、きっとこれはただ冷たくされたという解釈になってしまうだろう。実際、それに気づけるようになったのは、災厄の後からだ。災厄のせいにしたくはないけれど、災厄により負の感情を増幅させられたことによって、俺は兄さんに認めてもらいたいがために殺戮の限りを尽くした。兄さんの注意を奪ったものは敵だって決めつけて、兄さんの大切なものにまで手を出した。それが、兄さんに嫌われる原因になっているなんて知りもしないで。本当にバカだったと思う。でも、過去は取り返せないし、消せない。

 今から、どれだけいい子になろうとしても、兄さんは俺がやったことを忘れてはくれない。

 俺が死んだら、少しくらいは悲しんでくれるのかもしれないけど、兄さんのことだから泣くなんてことはしないだろう。




「……ステラが、何であんなふうになってるのかは、分かんないけど。兄さんは、最初から記憶があったわけだよね」

「そういうふうにした」

「……それって、つまり」

「……いうな。まあ、ステラにもバレているし、別に、もうどうでもいいけどな。世界が巻き戻っても、俺は俺のままでいられる。死んだことにはならねえ」

「それでも、辛い思いをしてまで……そこまで、ステラが好きだったなんて意外だな」

「意外ってなんだよ」

「ステラ、兄さんのタイプなんだって話。まあ、別にいいけど。恋のライバルって感じで」

「ライバルにすらなれてねえだろ、お前は。それに、あいつの目にはいつだって、違う人物がいる……俺たちは勝てやしない」

「それでも、ステラの幸せのために頑張れる兄さんはすごいと思うよ。尊敬する」

「お前もそうなんだろ?」




と、兄さんは満月の瞳をスッとこちらに向けて問うてきた。


 ステラがいなかったら、今の自分はいない。半分とはいかなくても、今の自分を創ってくれたのはステラだった。ステラに救われたのは事実で、本当に惚れている。けれど、ステラはそれを真剣に受け止めてはくれない。兄さんだってわかってるはず。それでも、諦められないのは、刹那の時間にでも彼女の横にいようとしているのは、彼女を愛しているからだろう。少しの時間だけでも彼女を独占できるなら、それ以上は望まないと。

 どうせ巻き戻ったら0に戻る関係に、婚約者という座にまで彼はしがみついて。ステラのことを愛しているんだと。




(変わったな……兄さんも、俺も)




 ステラのおかげで。そういうところは、兄弟なのかなあ、なんて感じながらもう一度、兄さんの瞳を見つめる。俺とは違う、澄んだその瞳には、確たる意思と、熱を感じる。本当に変わった。兄さんは、誰も信じていないけれど、ステラだけは信じているのだろう。彼女が、兄さんの凍り付いた心を溶かした、まぶしい光であり、星だから。




「ずるいな……」

「何か言ったか?」

「んーなーんにも。で、話そうよ。これからの事。まだまだ、やるべきことはいっぱいあるんでしょ?」

「そうだな。お前の記憶が戻ったことはでかい。ステラも、そう思っている」

「まあ、レイ公爵家の二人を味方につけたんだ。そりゃ、気も大きくなるだろうね」

「だが、懸念すべきは、あっちに、魔法を無力化できる奴がいるってことだな」

「グランツ・グロリアス……か。確かに、厄介かもね。ステラは、彼の記憶を取り戻すために~って言っていたけど、一人で大丈夫?」

「俺がいったら、あいつの神経を逆なでるだけだ。危険だとわかっていても、ステラに任せるしかない。俺たちには、そもそもあの第二王子様の記憶に残るようなことをしていないからな。向けられているのは、いつだって憎悪と殺意だ」

「確かに……でも、あれって、あいつを助けたってことでしょ?誤解解かなくていいの?」

「今は解けねえよ。思い出したら……ってところか。俺は別に気にしてねえ。周りからどう思われようが、自分がやったことに対しての責任は持ってる」




と、兄さんは資料を雑に机の上に置いた。


 グランツ・グロリアス――ほろんだ国の第二王子にして、魔法を切ることが出来る魔法を使うことが出来る騎士。前の世界でステラの護衛であり、一度彼女を裏切って、その後また彼女に救われた男――




(あいつのこと、俺別に嫌いじゃないんだけどなあ……)




 闇魔法の人間を毛嫌いしているあいつからしたら、俺は敵なんだろう。ヘウンデウン教の幹部である俺と、そのヘウンデウン教に故郷を滅ぼされた人間とじゃ、相いれない。でも、前の世界でのあいつとのかかわりは別に嫌なものではなかった。そりゃ、光と闇じゃ、相反する存在かもしれないけど、それでも、居心地が悪いとは感じたことがなかった。




(まあ、様子見……ステラが、記憶を取り戻したら、また――)




 初めての感覚に、感情。貴族であるからして、友達、という物に関しては、まったく興味がなかった。けれど、あいつとは話してみたい、友達になってみたいと、心のどこかで思っていた。あとは、あいつと、ステラ次第……




「――って、兄さん。これからの事!作戦会議しようよ。ステラにバレたくないこととかあるんでしょ?」

「……」

「ユニーク魔法のこと、いってないのもそうだけど。まあまあ、俺、口固いから」




 俺がそういうと兄さんは、ふっと笑って肩をすくめた。




「信用ならねえな」




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