173 sideラヴァイン
ずっと違和感はあった。けど、その違和感が何か分からなかった。
(……俺って、ヘウンデウン教の幹部で、兄さんへの復讐心と、認めさせたいって思いで動いていて……少しでも、兄さんの視界に入りたくて、兄さんが、兄さんのこと、兄さん……兄さん……)
俺の心の中に居座り続けるあの人を。紅蓮の……俺よりも綺麗な鮮血の髪をなびかせたあの人に、俺の存在を示したかった。俺はアンタの弟だって。俺のことみて欲しいって。それがいつからか、すれ違って、どんどんその背中が遠くなっていった気がした。何でだろうか。どこで間違ったんだろうか。それすら分からなくなって、辛くて、暗闇の中を走っているような気がした。そんな時だったか、自分の中で歯車が狂いだしたのは。いや、ずっとこんな思いだったんだから、歯車の一つは、元からなかった。正常に動くための歯車は、生れたときから持っていなかったのかも知れない。
レイ公爵家。光魔法の貴族を除けば、帝国でも力を持つ家門に生れた、俺……次男としてだけど。貴族なんて、長男の方が優遇されて、長男が家を継ぐっていうのが普通。で、俺の家もそうだった……と思っていた。いつだったか、父さんが、強い方を……だったけ。あまり覚えてないけど、そんなこと言い出して、兄弟で派閥作って、どちらかがその力を証明し、その座を勝ち取ったら、みたいなふうになって、家は分裂しちゃったんだっけ。もう、結構昔のことだから何も覚えてない。ちょっとの出来心……いや、理由も今でははっきり覚えてない。兄さんの寝込みを襲って……暗殺者を仕向けたことも。そこから、兄さんは人間不信になって、兄さんの瞳から、完全の俺という存在は消滅した。
分かっていたのに。俺は自ら、見ていてくれた人に、見て欲しいって、見てくれないから見てって縋って、過ちをおかした。
願わなくてもそこにあったものを、俺は自ら壊して、手放しちゃったんだ。
(……すっげえ、違和感)
それでも、兄さんと剣を交じって、それなりに仲は解消されたような気がした……んだけど。と、最近ずっともやもやっとした、霧が晴れないような気持ちで過ごしていた。変わらないモノクロの毎日、兄さんを追いかける日々。けれど、何かが違う。ヘウンデウン教の中に居ても、居心地が悪くて、それも、ずっとそこにいたはずなのに、それすらもおかしくて。ヘウンデウン教の目的は変わらない、混沌の復活と、世界滅亡。けれど、それもなんか違和感。
(頭痛い……)
最近、頭痛も酷くて苦しかった。そのモヤモヤを腫らそうとするたび、まるで思い出すなといわれているように頭をおそう頭痛。それが最初は、嫌で、ヤケになっていたくても思い出そうとしたけれど、さらに酷くなったため、諦めた。痛い思い出をしてまで取り戻さなければならない記憶だったのかと、そう思ったから。
そうして、そんないアイラを解消するために、兄さんにいつも通りちょっかいをかけにいこうとしたら、出会ってしまった。
星に――白い星。
眩しい、自分とは世界がかけ離れた存在に。兄さんの目には、その白い星が映っていた。俺なんて興味ないみたいに、その星をうつしていた。兄さんだって、暗闇の中で藻掻く、同類だと思っていたのに、違った。兄さんには、導いてくれる目印が、星があったんだと。
(何それ……)
胸が痛んだ。それと同時に、俺から兄さんを取り上げたその星に、俺は怒りを覚えた。なのに、恨みきれなかった。兄さんは俺のものだって、そうずっとずっと思っていたのに、その星のことを恨みきれなかったんだ。自分でもはじめ理解できずに、苦しくて、苦しくて、狂ってしまいそうだった。けれど、それが最近感じる違和感の正体に繋がるのではないかと、興味が湧いた。この苛立ちも、苦しみからも、その星が救ってくれるのなら……俺は、焼け焦げてもいいからその星に手を伸ばそうと。
「何?ステラ?」
「アンタが、悲しそうな顔してたから」
「だ、だから?」
「――理由は何となく分かるけど、それ、私も見てて辛い」
星も俺のことを知っていた。兄さんと星は、俺とは違う世界を生きているような、そんな存在なような気がしてきた。けれど、彼らは線を引いているのではなく、踏み込めば、そこに入れて貰えるような、円の中に入れて貰えるような態度で俺を見ていた。俺のことを哀れむのでもなく、にくむのでもなく、まるで救いたいとでも言っているようなその態度に、俺は全てをぶつけたくなった。けれど、それすらできなかった。何故か。
星は――彼女は俺にむかって手を広げていた。無防備なその姿に、魔法を撃ち込めば、不意打ちをすれば殺せてしまうくらいか弱い彼女を見て、俺は魔力を集中させることができなかった。俺は、否……彼女に攻撃ができなかった。そして、引き寄せられるように手を広げる彼女――ステラの胸に飛び込んだ。
「何で、ステラ。何これ」
「飛び込んできたんだから、アンタも同罪」
「同罪って……ハグ……凄く、温かいんだけど……何?魔法?」
「魔法だったら、アンタには相当辛い激痛が走ったでしょうね。だって、光魔法と闇魔法は、反発し合うから」
「じゃあ、魔法じゃないっていうの?でも、こんなに温かい……」
光魔法と、闇魔法は反発する……そのはずなのに、温かい彼女の胸の中に居ても痛いと感じることはなかった。温かかったから、魔法を使っているのだろうと思ったけれど、それも違った。彼女自身の体温だと気づいたのは、それから少したってだった。いや、体温だけじゃなくて、彼女の優しさなんだろう。
(懐かしい……いや、こんなこと、一度もして貰ってないような気がするけど……でも、この感じ……)
ふわりと、温かい光が目の前で光った気がした。まるで、星がめの前にふってきたようなそんな感覚。伸せば、その星を捕まえることができそうで、俺は現実では手を伸ばしはしなかったけど、意識の中で、無意識にその手を伸ばした。
(ああ、捕まえた――)
その瞬間、よみがえってくるのは、数々の思い出。つい数秒まで身に覚えのなかったものが、鮮やかに色づいて、忘れたはずの思い出を主張してくる。これは、俺が大切にしていたもの。忘れちゃいけなかったものだと。そういうように……
「ラヴィ?」
「……は、はは……何これ、なんの記憶。知らない……覚えてない……ううん、違う、忘れてたんだ――エトワール」
ステラ――エトワールは、不思議そうに俺を見る。まだ、記憶が戻ったことを認識していないみたいで、俺を抱きしめたまま少し困惑の表情を浮かべ、俺の顔を覗く。姿形が違っても、彼女は彼女のママだった。感じる魔力も……いや、魂のその色が、エトワールだと俺に教えてくれる。何でこんな大切なことを忘れていたんだろうって、そう思うくらいに。それと同時に、自分への怒りがこみあげてきて吐き気と怒り、自分に対する情けなさが一気に爆発しそうだった。
たかが、あの偽物に、俺はすべてを奪われていたんだと。こんな大切なものにふたをされて、俺が俺自身とそいつを許せるはずがないのだと。
思い出すのは鮮やかな思い出だけじゃない。辛いものもあった。エトワールが目の前で殺されるあの光景も。そこは、思い出したくないのになって何度だって思う。けど、それも現実。失った悲しみも、すべて抱きしめて、ここにいる。もう二度と、失わないために。
(おかえり? いや、ただいま……かな。どっちでもいいや)
ただ、目の前で自分を抱きしめ、温めてくれるこの人の体温に、俺はすがるしかなかった。今、この悲しみを埋めてくれるのは、世界でこの人と、俺の愛しの兄だけなのだから。
 




