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169 貴方の中に星が




(――思い、出してくれたの、かな?)




 ヴン、と音を立てて、私の目の前にウィンドウが現われた。あの憎たらしい、私にしか見えない、半透明なウィンドウは、それを達成したことを示していた。




【ラヴァイン・レイの記憶が戻りました。好感度を表示します】




 次にピコンと音を立て、彼の好感度が浮かび上がる。といっても、私の位置からじゃ見えないので、戻ったということしか分からなかった――が、記憶が戻り、前の世界の好感度が受け継がれたということは確認できた。ウィンドウは、嘘をつかないだろうし、本当だろう。

 心の中でガッツポーズを決めながらも、彼の苦しい思いや、兄に対する劣情や、憎しみ、甘えたい気持ちや、劣等感……その他諸々を抱えている彼の姿を見ていると、素直に喜べないのもまた事実だった。いや、中途半端な状態で、彼の記憶が戻ったから、この次の行動が怖くて仕方がないと言った方が正しいだろうか。

 何にしても、結果オーライではあるのだが……




「ら、ラヴィ……ちょっと、苦しいかも」

「ずっとこのままがいい。なんで忘れてたんだろう。大切な思い出だったのに。俺にとって、もう一人の大切な人なのに」

「そ、そういってくれるのは嬉しくはあるんだけどね……あ、あはは」

「エトワール……俺、エトワールのこと」

「おい、そこまでにしろ、愚弟」




と、私とラヴァインをグッと力で押し、引き剥がした紅蓮を揺らす彼は、満月の瞳に、少しの怒りを孕み、私ではなくラヴァインを睨み付けた。ラヴァインは、私から引き剥がされる瞬間、親から引き剥がされる子供のような悲しい目をしていたので、私も思わず手が伸びてしまいそうになったが、その前に、彼の好感度が、98%であることが目につき、あ、と声が漏れた。彼らには聞えなかったのだろうが、そもそもラヴァインの好感度を正確に覚えていなかったため、その98%の大切というのは、確実に、愛、であることを示していた。愛されていたんだ、前の世界同様、私は彼に……


 そんなことを思いながら、引き剥がしたアルベドを見れば、「お前も!」と怒られているような気がして、視線を逸らしてしまった。




「何?兄さん嫉妬?」

「……チッ、お前、引っ付きすぎなんだよ」

「ええ、いいじゃん。ケチ~せっかくの再会なのに。あと!兄さん、俺たちが記憶を忘れている間、エトワールを好きなようにできたんじゃん。独り占め?ずるくない?」




 などと、ラヴァインは、ブーイングをアルベドにいう。それにきれたのか、アルベドは盛大に舌打ちを噛まし、私を抱き寄せた。それに、またラヴァインは笑いながら、怒りを露わにし、私の服を引っ張った。それにより、またアルベドの眉間に皺が寄せられる。ラヴァインの行動に母性を感じつつも、子供じゃあるまいし、とも思ってしまい、複雑な感情を抱かざるを得なかった。が、しかし、問題はそこではなく、先ほどまで記憶が無い、ある状態で対立していた兄弟に、今度は記憶がどちらともある状態で挟まれてしまったことが、一番私にとって苦しい状況だった。胃を圧迫されるような、キリキリとした状況に、私は何を言えばいいのだろうか。




「えー兄さん、大人げない~」

「大人げないも、クソもねえだろう。記憶が戻った瞬間これだ。少しは考えろ」

「でも、兄さんのエトワールじゃないし?ああ、今はステラだっけ……どうせ、理由があって、婚約者になってるわけでしょ?元の世界に戻すため……かな、多分」

「……そーだよ。だから、どうした」

「兄さんも、強欲だねえ~記憶が無いからって、世界が巻き戻ったからって好き勝手しようとしてさあ。ずるい。俺も、ステラのこと好きなのに」




 ラヴァインは、ね? と同調を求めて来たが、私は、ね? とも、うん! とも返せなかった。別に、好きだと言われたのが嫌だったわけでも困惑したわけでもないのだが、それに頷けるような度胸はなかった。ただでさえ、アルベドが睨んでいるというのに。本当に、度胸だけは凄いな、とラヴァインのことを賞賛する。まあ、その、性格じゃないと、アルベドとやっていけないというのもあるのだろうが……




(記憶が戻った瞬間これだから、現金なヤツよね……)




 切り替えの早さというか、記憶が戻った瞬間、戻る寸前はあんなに泣いて、思い出せたこと、思い出せないことに苦しんでいたというのに、その切り替えが早かった。それでこそ、ラヴァインだと思わないわけでもないが、人間そう簡単に切り替えられるものではない。だから、ラヴァインは特殊だと思うが、彼が見せた涙が、すぐに切り替えられるようなものではないことを、私は知っていた。

 彼は笑ってはいるけれど、そうやって誤魔化して、辛い気持ちを封じ込めているのだと思った。私と同じように、内に秘めて、秘め続けて。誰にもバレないことで、周りに迷惑をかけないようにしている。ラヴァインは、誰かに教えて貰うでもなく、それができる人間で、子供の頃から、そうして生きてきたせいで、今の不完全な空も完全な彼に仕上がったのではないだろうかと。可哀相という言葉でまとめるつもりもないし、彼が可愛そうといわれること自体が、嫌がって、可愛そうだと思うので、これも内にとどめておく。

 ラヴァイン・レイという男が、こういう男であるのは、ずっと前から知っていたから。




「てか、なんで兄さんだけ記憶覚えてるの?」

「は?俺だって、思い出したかも知れねえじゃねえかよ」

「ああ、兄さん、駄目だよ。嘘下手になってる。何があったのか、あんまりまだ理解できてないけど、それはないね。兄さんに限って……というか、その嘘はよくない」

「ら、ラヴィは、分かるの?その、はじめから記憶持っている人と、持っていない人……とか」

「いやいや、分かんないよ。でも、兄さんの顔見てれば分かる。この世界がおかしくなった瞬間から、記憶は保持していたみたいだしね」




 ラヴァインはそう言うと、得意げに口角を上げる。アルベドもかなり動揺しているのか、それとも、ラヴァインがめざといだけか。どちらか分からなかったが、アルベドが、はじめから記憶を持ってこの世界に戻ってきた……巻き戻ったことを理解しているようだった。恐るべし兄弟……そんなことを思いつつ、ラヴァインの記憶が戻ったことは喜ばしかった。ただ、一つだけ、気になる点はあって……




「ラヴィはどこまで理解してるの?ああ、あんまり、理解してないみたいな発言してたから、凄く気になって……というか、その、大丈夫なのかなって……」

「大丈夫って何が?」

「記憶が戻った人には、まだあったことなかったから……あったことがって、記憶を取り戻してくれたのは、ラヴィが最初だったから。今回の記憶と、前の記憶がぐちゃぐちゃになったりしていないかって、そこが心配で」

「ああ、確かに、頭の中すっちゃかめっちゃかだよ。最悪、吐きそう」




 うえ、とラヴァインははくまねをした。おちゃらけてやっているようだったけど、彼の額に汗が滲んでいることが分かって、記憶を取り戻すのは、簡単でもなくて、記憶を取り戻してからも、辛いのだと気づいた。どんなふうに? と言われたら難しいが、勿論、ここまで巻き戻った世界で積み上げてきた記憶があるわけで、どっちが本物で、偽物で……と、少し迷ってしまうことだってあるだろう。それだけじゃなくて、いきなり戻った記憶。いえば、二人自分がいるような感覚にもなって、ラヴァインのいうとおり、吐きそうなのではないかと。気持ち悪い感覚……彼が、大丈夫そうに取り繕っているから、そう見えないけれど、普通の人間だったら耐えられないのではないかとすら思う。だからといって、今の世界の記憶のままで……とは、こっちも困るので思い出して欲しい。




「まあ、最悪、最低なコンディションだけど、思い出せてよかったとは思ってるよ。偽りの記憶を貼り付けられたっていう、気持ち悪さ、殺意はあるけど……ただ、好きな人が、前にいることは、本当に」

「ラヴィ……無理しなくていいからね」

「大丈夫!ステラがいるから。俺たちを導いてくれる星がそこにあるから、俺は見失わずにいけるよ」





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