168 兄弟喧嘩の真っ只中
(いやいや、何で私が間に挟まることで、兄弟げんかが止るのよ!?おかしくない!?)
確かに、止ったのは事実であり、アルベドが私を仲介役として挟んだことも、納得がいかないわけではならなかった。しかし、彼が守ってくれなければ、私は、ラヴァインの攻撃を、直に受けてしまっていただろう。そう考えると、アルベドのやった事は、一歩間違えれば、私を殺す行為だった。勿論、アルベドが強いのを理解しているので、どんな状況でも、どうにかして守ってくれるだろうという安心感はあったが、これはこれ、それはそれなのだ。
攻撃を喰らいかけたことに驚いているのか、それともいきなり転移させられたことに対しての憤怒なのか分からなかった。ドクンドクンとなる鼓動は、もはや抑えようがなかった。
「……って、アンタの勝手じゃん!もう、びっくりしたんだから!」
「まあ、そりゃ、悪かったとちょっとは思ってるぞ?」
「ちょっとって何よ!謝りなさいよ!」
彼の腕の中で暴れようとすれば、アルベドは、嫌そうに、でも、どこか嬉しそうに口角を上げていた。まあ、それでも、私も彼に救われたようなものだったから、あまり強くいえないな、とそこまでで暴れるのを辞めた。アルベドが、何もなしに、私を勝手に転移させるわけがないのだ。ラヴァインとの喧嘩を止めて欲しいというのは建前で、きっと他に理由があるのだろうと。
「……ありがとう、で、いいの?」
「ん?何の話だよ」
「とぼけないで。分かってて、ここに転移させたんでしょ。まあ、こんな兄弟げんかの真ん中にポンと放り出されたわけだけど、アンタがただそれだけの理由で、ここに私を転移させるはずがない……から」
「ふーん、分かってたんだな」
「分かってたっていうか。また、アンタ……ストーカーしたの?」
と、私は何気なくポンとそう聞いてみた。アルベドは、ばつが悪そうに「仕方がねえだろ」とそっぽを向く。ストーカーしていたのは事実なので、一応罪悪感を持っているようだった。もしなかったとしたら、相当たちが悪いのだが、今、頼れるのが互いだけという状況からしてみれば、どっちかが何処かに行ってしまうと言う状況は避けたいと思うのが普通なのだろう。だから、仕方なくは思うのだが……
「んだよ、俺の方見て」
「いや、ちゃんと話してくれるところが、変わったなあと思って」
「お前には、殆ど教えているだろうが。俺が何してるだとか……」
「いや、教えてくれなかったよ?まあ、私も秘密ごと多いから、お互い様だって思っているけどね」
「あっそ」
と、冷たく返しつつも、アルベドは、満足そうだった。私が許したことに安堵感を覚えたのかも知れない。どっちにしても、もう怒っていないし……いや、思い出したら怒ってしまうかも知れないから、口を閉じておこうと思った。私を、ストーカー……魔法で追跡していたからこそ、エトワール・ヴィアラッテアが出てきたタイミングで私を転移させた……ということで大凡合っているのだろう。
「知ってた……というか、まあ、ストーカーしてたら分かるか。私が今どんな状況だったか……とか」
「ひ、人聞きが悪いな……分かる、というよりは感じるに近いか。そんな全部が見えているわけじゃねえから、あぶねえって思ったタイミングで転移させたって方が正しいな」
「まあ、分かってたってこと……なんだよね。あ、ありがとう。あのままいたら、またエトワール・ヴィアラッテアと鉢合わせるところだったから」
ひとまず、お礼というか、なんというか。それだけは伝えておこうと思った。
「だよな……そこが、お前が一番懸念していた所だと思うし、まあよかったんじゃねえか。こんなやり方だったけどよ」
アルベドのいいたいことも何となく分かり、言い方が、アルベドらしい、と思いつつも、すっかりと空気になっていたラヴァインの方を見た。少し頬を膨らまして、こちらを睨んでいた。
「ら、ラヴィ……さ、さっきぶりかな?」
「ほんとだよ。二人で、イチャイチャしてさあ。俺のこと完全に忘れていたよね?」
「忘れてなんてないよ。でも、こっちもびっくりして情報整理したかったから……ね!」
「ね!でごまかせると思わないで欲しいな!」
と、ラヴァインは、全く、といわんばかりにこちらに近付いてきた。アルベドは、私を後ろに下げると、庇うように前に立ち、ラヴァインを睨み付けている。多分もう、戦うとかいう敵意はないのだろうけれど、まだここのラヴァインは信じられないという思いがあるからなのか、距離をとる。アルベドに距離をとられたことに悲しんでいるのか、ラヴァインは、フッと、何処か寂しげな笑みを浮べた。
「本当に、ステラのことが大事なんだね」
「さっきまで殴り合ってたようなやつの事を信用出来ないだけだ。お前だってそうだろ?」
「確かにそうかもだけどさ、そんなふうに見せられたら誰だってずるいなって思っちゃうよ」
ラヴァインはそういって、降参というように手を挙げた。どういう意味なのだろうと思いつつも、彼の目が本当に寂しそうで、それにアルベドが気づいているのかどうか気になった。腐っても弟なわけで、血が繋がっているわけで……アルベドだって、そこを気にしていないわけではないのだろうが、危害を加えられてからでは遅いと、彼なりの行動をとっているだけなのだ。それをどうこう私がいえるような立場ではなく、守ってもらっているのに、何か言うのも変だと思った。それと同時に、もしラヴァインが今記憶を取り戻せば、このわだかまりもどうにかなるのだろうかとも思った。簡単じゃないと分かっていても、兄弟が、こうしていがみ合っているのを見ると、自分と彼女――トワイライトを重ねてしまう。きょうだいには、大切にして欲しいとか、見て欲しいとか思うものなのではないか。それも、したの子ならなおさら。
私は、アルベドに、大丈夫だから、と首を横に振って、ラヴァインの方に歩み寄った。ラヴァインは何? と一瞬警戒したが、私が、敵意はなく、魔力も溜めていないと知ると、不思議そうに手を下ろした。私も、大分無防備なことをしているという自覚はありつつも、こうしなければ、彼に歩み寄れない気がしたのだ。
「何?ステラ?」
「アンタが、悲しそうな顔してたから」
「だ、だから?」
「――理由は何となく分かるけど、それ、私も見てて辛い」
言葉にするのは難しくて、どう言えばいいか私は分からなかった。ただ、手を広げれば、ラヴァインはまた不思議そうなかおをしつつ、私の方へ一歩、また一歩と歩み寄ってきて、そのまま私の胸に飛び込んだ。ハグすると、幸せになるって聞いたから、こんなのじゃ駄目かも知れないし、いきなり何をやっているんだと言われたら全くその通りなんだけど、少しでも、彼の心に寄り添ってあげたいと思った。
そして意外にも彼は私の方へ寄ってきて、抱きしめられ、それを嫌がることなく、スッと目を閉じるように、私の背中に腕を回した。後ろから刺さるアルベドの視線は気になるけれど、別に悪いものではなく「そんな方法……」みたいな、驚きのような、あきれのようななにかを含んでいた気がする。
「何で、ステラ。何これ」
「飛び込んできたんだから、アンタも同罪」
「同罪って……ハグ……凄く、温かいんだけど……何?魔法?」
「魔法だったら、アンタには相当辛い激痛が走ったでしょうね。だって、光魔法と闇魔法は、反発し合うから」
「じゃあ、魔法じゃないっていうの?でも、こんなに温かい……」
というと、ラヴァインは何かに気づいたようなそんな素振りを見せ、先ほどまでやんわりと回していた腕に力が入り、私をひしっと強く抱きしめた。ポタリと、冷たい何かが、肩を伝ってくる。すぐに、泣いているんだと気づいたが、それについては言及しなかった。
「ラヴィ?」
「……は、はは……何これ、なんの記憶。知らない……覚えてない……ううん、違う、忘れてたんだ――エトワール」
そういって、ラヴィは、もう一度強く私を抱きしめて、離さないというように、肩に頭を埋めて呟いた。エトワール――と。




