167 後はよろしく!
(エトワール・ヴィアラッテア……本当に?嘘、本当に来たって言うの!?)
予想はしていたが、驚きしかなかった。まさか、彼女が本当にここへ来るとは想っていなかったからだ。魔力の感じからするに、本人で、私は今すぐにここから離れなければと身体が逃げたいと叫んでいた。
グランツは、エトワール・ヴィアラッテアが助けに来たことで、歓喜し、うっとりとした表情を浮べていたが彼女のやろうとしていることが分かっている私からしたら凶器だった。それでなくとも、彼女への信仰心に似た何かを、グランツは持っているのだから。
(待って、あの約束有効だよね!?)
彼女の気配はまだ遠くにあった。だからこそ、今のうちに、逃げること、そして、グランツにあの約束について確認だけとろうと、彼の方を見る。
「グランツ、あの……あの約束覚えてる!?」
「約束って何のことですか?」
「私のこと、他言無用って話!い、いや、この間顔は合わせたけど、魔法使ったことはあまり言わないで」
「言わないでといわれても、どう考えてもこの状況で、誰が何をしたかなんてバレるのでは?」
「た、確かにそうかも!どどどど、どうしよう!」
「エトワール様は優しいので、大丈夫だと思いますが……何がそんなに心配なんですか?」
と、グランツは首を傾げるばかりだった。グランツは知らなくて当たり前だけど、私からしたら大事故である。そして、グランツのいったとおり、これだけ暴れていれば、魔力の痕跡を辿って、私がやったということにたどり着くだろう。この間、顔も合わせたし、確実に、接点ができてしまったという事で、逃げようがないのも分かっている。しかし、少しでも、彼女の興味を私から外さなければならないと思ったのだ。
ここで鉢合わせれば、私の魔力……その他諸々に気づきそうだからだ。それに、グランツと、エトワール・ヴィアラッテアを二人同時に相手するのは、私も辛いところがある訳で。
「と、とにかく私は帰るから、後はよろしく」
「後はって……あまりにも勝手すぎませんか?」
「わ、分かってるけど、ちょっと思い出したことがあって。急な用事なの」
「何か隠しているんじゃないですか?」
グランツはグッと私に詰め寄った。そりゃ、こんな風に慌てれば誰だってそんな反応になるのは仕方がない。しかし、腕を捕まれては確実に逃げることができないと悟ったので、私はサッとグランツからはなれた。その様子を見て、ますます私に向ける目を冷たくする。あまりにも無理があるいいわけに私も、なんでこんなことしかいえないんだって、自分を自分で責めたくなるくらいだった。気配がこちらに近付いてくる。魔力だけで分かる。聖女としての、強さというか圧倒的な魔力量。どうしようもなく、逃げられないと悟ったとき、ヴン、と足下から音が聞えた。なんだと下を向けば、足下に、紅蓮の魔方陣が浮かび上がったのだ。
(転移…………魔法?)
何故? と思ったが、その魔力に気づいた瞬間、助けてくれたのかもと、少しだけ期待を持ってしまった。しかし、ピンポイントで当てるなんて技、彼にできたかしら? とか、色々思うこともあり、私はもう一度グランツの方を見る。さすがに、彼もいきなり現われた魔方陣に驚き一歩離れるが、それでは駄目だ、と私の方へ駆け寄ってきた。転移を妨害するつもりだろうか。手に持っている剣を鞘から引き抜かれたら……その剣で、魔法を切られたりしたら、終わりだ、と私は思いつつも、彼が私を妨害するためではなく、いきなり現われた魔方陣から救いだそうとして、かけだしたのが分かった。
でも、その心配は無用だった。
「――グランツ!」
「ステラ!」
「約束、守ってね。絶対だから」
伸ばされた手、私はその手を掴むことも、求めることもなかった。この魔方陣こそが、今の私の救いだったから。けれど、グランツがかけだし、剣ではなく、手を伸ばしたのは意外で、彼の瞳を見ていたら、どれだけ、彼が本気なのか分かってしまって、何だか申し訳ない気持ちになってきた。それでも、手を取ることをしなかった。
(好感度……)
彼の好感度は、35%を示しており、この世界に戻ってきて、一番好感度が0から上がった攻略キャラだと私は実感し、目を閉じる。目を閉じる必要なんて、勿論ないのだけど、また暫くの別れだね、という意味で私は魔方陣に包まれる。赤い魔方陣から感じたのは、紛れもない、あの紅蓮の彼の魔力だった。
「ステラ――!」
痛々しいくらいに響く彼の声を聞きながら、私の身体は転移した。
――と、転移したものは良いけれど、一体どこへ呼び出されたのだろうか。
(私のピンチを察して転移魔法を使ってくれた……っていうことなのかな。アルベドのことだし、私に魔力探知機みたいなのつけて、監視してそうだし)
いや、嫌なんだけど、実際それってストーカーじゃんって訴えるべきなんだけど、助けられたのは事実であり……いや、助けられたんだよね? と、何だか、ここまで来ると、少し不安になってきた。というのも、いきなりすぎたのと、彼が今どこで何をしているのか、さっぱりだったからだ。でも、ゆっくり立ち止まって考えてみれば、ラヴァインがいっていたことを思いだし、サアーっと血の気が引いていく。もしかしても、もしかしなくても――かも知れなかったから。
「大丈夫だったか?ステラ」
「あ、アルベドって……アンタ、めっちゃ怪我して!って、きゃあ!?」
「ステラ?あれ、兄さん、ステラなんで……?」
とんできた風魔法は、アルベドが作った障壁によって防がれたが、二つに分れた風が両側に命中し、ズドン、と大きな音を立てて白煙を上げる。戦場に送り込まれてしまった! と、内心びくびく、冷や汗最悪、とジェットコースターにでも乗ったような、嫌な汗と、気持ちになり、私は顔を上げる。アルベドの腕の中。どんなところに転移したの! とも突っ込みたいけれど、突っ込むところはそれだけじゃない。
目の前には、ラヴァインがおり、私が転移してきたことに驚いたのか、さっきぶり! と、挨拶するが、彼も困惑しているようだった。彼まで困惑するということは、アルベドが、転移魔法を使ったこと自体、気づいていないようだった。それか若しくは、気づかないほど熱中した戦いを繰り広げていたか……
(いや、どっちにしても嫌なんですけど!?)
兄弟げんかの真ん中にポンと投げ出されたこっちの気持ちにもなって欲しい。いや、兄弟げんかしていたかどうか、そこが問題じゃないのかも知れないけれど。いやいや、絶対に兄弟げんかをしていたんだろう、この二人は。
ラヴァインが、アルベドにちょっかいをかけに行くっていっていたことを、有言実行している事実にもまた驚きが隠せなかった。本当にいくヤツがいるか! とか彼にもツッコミを入れたかったけれど、私が来たことで、彼らの兄弟げんかが一時期ストップしたのはもしかしたら、ありがたかったのかも知れない。所で、ここはどこなのだろうか。
「ね、ねえ、アルベド……ここって?」
「ラヴァインが創り出した、空間だな。元は、レイ公爵邸の庭だ」
「へえ、そうなんだ――って、その、空間に転移魔法使えるわけ?」
「外から、中に入れることはできるぜ?だが、中から外に、っていうのは無理な話だな」
「待って。めちゃくちゃ、巻き添え食らってるってこと?」
「まあ、そうなるな」
「最低!」
「仕方ないだろ。こっちも、大変だったんだぞ?」
「で、私をここに呼んだ理由って何よ」
「そりゃ勿論、この愚弟を泊めて貰うために決まってんだろうが」
そういった、紅蓮の彼は、心こそ面倒くさそうに顔を歪めた。




