164 思い出しても貰えない
「想像以上の変化球できた。で、エトワール・ヴィアラッテア……聖女様が、ヘウンデウン教と繋がっているって……それを知ってどうするの?」
「気になることがあるの」
「ふーん。でも、何も証拠なしに、言ってるようじゃないし、気になるね。ステラが、どうしてそう思ったのか。そもそも、聖女を疑うって、かなり危険な行為なのに……ね?命知らず?」
と、ラヴァインは私に微笑みかける。その笑みが悪魔の笑みだな、と思いつつも、彼は何か知っていると、私はすぐに分かった。挑発的な笑み。知っていて、またからかう気なのだろう。いや、これ以上何も教えて貰えなかったとしても、何かあることだけは分かった。このはなしは、きっと、アルベドも分かっているんだろう。けれど、彼と会えないせいで、情報交換ができずにいる。
聖女を疑うことすら、罪とされるのに、私は、前の世界で、聖女として扱われず、酷い罵倒や差別を受けた。本物の聖女であれば、そんなことしたら一発で首を切り落とされていたのかも知れない。そう思うと、本当にエトワール・ヴィアラッテアが改変したこの世界は、彼女にとっていかに都合のいい世界か分かってしまう。いや、私が、もし、そんな世界のエトワール・ヴィアラッテアだったら、私もその世界を好きになっていたかも知れない。隣に、黄金の彼がいれば……の話だが。
「命知らずって、アンタこそ、危険な橋渡りまくってるんじゃないの?正義は、悪に勝つの」
「どんな暴論。でも、嫌いじゃないね。危ない橋、最も、この生き方しか、知らないからね。正しさって自分で決めるもんじゃないの?」
「だったとしても、アンタは間違ってる。兄の気を引きたいのなら、もっと違う方法があったはず……アンタのやった事は、ただトラウマを植え付けただけ」
「そしたら、記憶に残るでしょ?」
ラヴァインは悪びれずにいってまた笑った。
自分で話を逸らしておいても何だが、兄に対しての、アルベドに対しての執着は予想以上だ。彼が、単純にアルベドに憧れていて、そしてその憧れがねじ曲がって、自分だけ見て欲しい、追いつきたいという気持ちに変わっていって、彼の足を引っ張ること、嫌がることで記憶に残ろうという思考に変わっていったのだろう。本当に、それが、自ら行った歪みなのか、災厄によって起こった歪みなのか……後者だろうが。
「いい……どうせ、その内和解するんだから」
「ステラ、さあ……気になってたんだけど、俺のこと、いつから知ってたの?」
「アルベドに教えて貰った」
「じゃなくて、何か、もっと前から知ってるような、そんな感じするんだけどさ。どうして?あったことないよね?」
「さあ……アンタが、それをデジャブだって思うんなら、思い出してみればいいじゃん」
「やっぱり、何か知ってる?」
ラヴァインは、私の言葉、一つ一つに引っかかるようで、何を聞いても、疑わしく聞えてしまうらしい。まあ、私も、そう言うようにいっている伏はあるし、思い出して貰わないとこっちも困ると。
ラヴァインが仲間に加われば、こっちとしてもありがたいのだ。アルベドとの関係が実際どうなるかは分からないが、それでも、ラヴァインが仲間に戻ったと考えると、その心強さは何倍にも増幅するだろう。
彼は、攻撃を一旦やめると、私の方を見た。疑わしいようなそんな目で、みつめ、自分の中で、答えを必死に出そうとしていた。風で揺れるくすんだ紅蓮の髪を見て、私は、ひっしに祈るしかなかった。彼が自ら答えにたどり着いてくれるその瞬間を。
「何にも思い出せないや。君との思い出は、何もない……と思うんだけどな」
「最後まで疑問けいじゃん!思い出してよ!」
「ステラが言ってくれたら何か思い出せるかも知れないんだけどなあ……」
と、ラヴァインは私に助けを求めて来た。そんなふうに見られても、こちらから何かを言うことなどできないのだ。できれば、今すぐ思い出して! と叫ぶのに、それができないからこっちも困っているというのに。
人任せだな、と思いつつも、それが限界であることも何となく理解しているので、私はため息をつくしかなかった。しかし、それが 彼のせいでもないため、私としても何も言えない状況だった。全く、変な話だと思うけれど。
攻撃がやんだだけ彼の戦意が喪失できたのならいいな、とそれだけを頼りに、私は彼を見つめた。ラヴァインは、ん? と首を傾げ私の方を見る。
「アンタが抱えている違和感。それがいつか、分かるようになる日が来ると想うから……でも、なるべく早く思い出して欲しいとは思ってる」
「なんか、やっぱりあるわけ?」
「ある……としかいえない。内容までは、ごめんいえないけど……言わせて貰えないって言った方が正しいかも」
「ふーん……まあ、ステラが、意地悪で隠すようなタイプじゃないとは思うけど。もしかしていえないようなそんな仕組みになってるとか?」
「う、うん。そんな感じ、だから――」
「…………そう……ちょっと、色々気になるけど」
「どうしたの?」
歯切れの悪いそれに、私は眉を潜めつつも、こんなに簡単……とはいわないけれど、彼が少しでも、私という存在に抱いていた悪印象だけ取っ払って貰えればと思う。
(ただ、問題は他にもあるんだけど……)
ラヴァインという存在を前にしても、平気になったのは、私としても、彼の性格や、優しさを理解しているからだろう。それはいいとして、このなんともいえない空気をどうにかする術を私は誰かに教えて欲しかった。この状態が続くのもなかなか酷なものだと思ったからだ。
(というか、グランツは大丈夫だったのかな……皆のこと気になる……し)
彼が、モアンさん達と合流できたのか気になるところではあった。ただ無事であれと願うが、この崩壊した村を見たらどう思うだろうか。私に力があるって、モアンさん達は知っているわけだし、悲しませてしまうかも知れない。
「ああ、で、話を戻そうか。俺が、ステラと昔会ったことがあったかとか、今考えていても仕方がないことだし。ステラの質問に答えた方が有意義な気がするからね」
「何それ……でも、助かるかも……けど、アンタはいいの?私なんかに教えて、アンタの立場が悪くなったら」
「ステラ優しいね。もしかして、兄さんじゃなくて、俺の事好きになっちゃった?」
「あり得ない。というか、アルベドとは……」
と、言いかけて私はやめた。もしこれをいってしまって、また彼の機嫌を損ねたらまずいと思ったからだ。そもそも、私がアルベドを好きかどうかとか、ラヴァインが知るはずもないし、逆に……いや、ラヴァインは私が、アルベドを好きではないことを薄々気づいているのかもしれないだから、利用している、というように見えて気に食わなかったのかも。色々考えてみるが、彼から情報を得られるのであれば何でもいいと、私は頷く。
ラヴァインはそれを見てにこりと笑った。その笑みは、なんなのか。詮索しない方がいいと思いつつも、いつでも対応出来るように魔力を溜めておく。それに気づいてか、ラヴァインは酷いなあ、と文句を口にした。
「俺のことやっぱり、警戒してる?」
「いや……警戒…………するでしょ。アンタほどの魔道士を前に、余裕噛ませるほど、私は余裕がないの」
「まあ、ステラぐらいなら、俺も簡単に倒せるかも」
「……それは、ないと思うけど」
「自信はあるけど、慎重なだけか。まあ、いいや。エトワール・ヴィアラッテアがヘウンデウン教と繋がっているかどうか。幹部の俺でも、これはよく分かってないんだよね」
「は?幹部でも知らないことがあるわけ?」
「まあ、その、集団ではあるけれど、統率が取れているわけじゃないし、強い奴に部下がついただけって感じで。え、ステラ俺たちのことなんだと思ってたの?」
「……知ってて隠してる?」
「いや。そんなことはしないよ。ああ、でも、繋がりがないわけじゃないよ。知りたい?」
「当たり前でしょ。なんのために、危険を冒してアンタと二人きりになったと思ってんの」
「俺と話したいから」
なんて、ラヴァインはクスクスと笑って、怪しげに目を光らせた。




