162 撃ち合い
「うっわ、凄い殺気。それ、無意識でやってる?」
「グランツ!」
「は、はいっ、何ですか。ステラ」
「いって。モアンさん達の所にむかって。あの人達が、避難した人達が無事か確認してきて」
「でも、ステラは?」
「大丈夫。こいつは、魔法が効くから。それに、私、強いから」
自分でいっていても、恥ずかしい台詞。でも、勢いでいってしまうほど、私は、自分が抑えられていなかった。ラヴァインのいうとおり、無意識に発動した魔法に驚きつつも、魔法が人の感情によって、イメージによって形を変えるものだと思い出し、こういうこともあり得るのだと受け入れる。ラヴァインに対して、ここまで強く感情を抱いたことがあっただろうか。色んな人に、色んな感情を抱きすぎて、誰をどう思っているのか、自分でもはっきりと分からなくなってきた。けれど、ラヴァイン・レイという男を、私は両面で知りつつ、今の彼は嫌いだと、否定する意味で魔法を発動させたのだろう。
その魔法がどうして、氷の魔法だったのかは分からない。聖女であるなら、光魔法が一番に発動されるはずなのでは? と思ったが、思えば、氷魔法と風魔法が一変に発動しているようで、まるで私の感情をそのまま表現しているようだった。
擁護したい気持ちと、擁護できない気持ち。両方抱いて。だからこそ、彼が使う風魔法が一緒に発動したのかも知れない。
私は、グランツに、避難した人達の安否確認をと、指示し、自分はこの場に留まることを選択した。あの魔物は、もはや形すら残っていない。骨は残るかと思っていたが、それすら残らず、綺麗に解けて、液体だけがその場に残った。まあ、村の状態は言わずもがなという感じだが、グランツが駆け出すと、ラヴァインはそれを阻害するように魔法を発動しようとした。
「邪魔させないから!」
「ほんと怖いねえ、ステラの魔法って」
ラヴァインが発動した魔法に重ねるように、氷の魔法を発動させれば、普通なら見えないはずの風が、形となってその場に固まった。そのすきにグランツは逃亡に成功し、私達からは見えない場所まで一瞬にして移動してしまった。グランツの身体能力もどうなっているんだという話だが、これでひとまずは、グランツをこの場から逃がすことができた。
グランツを逃がした理由は、他にもあるけど、話をややこしくしたくなかったというのが一番だろう。
「てか、ステラ、兄さんはどうしたの?婚約者なのに……」
「その話……まあ、いいけど。てか、婚約者がずっと一緒にいるわけじゃ無いでしょうが」
「確かにそうだけどさ。貴族令嬢だったら、大人しく屋敷に引きこもってればいいじゃん!」
「それも、確かにそうだけどね――ッ!」
風魔法は、目に見えないから厄介だ。いや、目に見えるものもあるが、わざと、消して、当たる直前にその姿が現われるようラヴァインがわざとそういうふうに設計して魔法を組み立てたのだろう。彼にイメージ力と、魔力量があるからできる芸当だと、私は切り裂く勢いでむかってくる風を氷付けにし、ラヴァインから距離をとる。
ラヴァインの主張は、あながち間違いではない。アルベドと一緒にいない私を不思議がるのはよく分からないけれど、裏を返せば、私はアルベドに守ってもらわなければならない存在なのかという話にもなる。しかし、ラヴァインは別に私をなめてかかっているわけでもないしこれは遊戯の一つなのだろう。前もそうだったから。
「嘘をつき続けるのも辛いよね?」
「嘘って何が?」
「あの騎士?のことしってるんでしょ。でも、黙ってる。相手がその秘密がバレたくないからって、隠してるからそれに合わせてる。けど、それってストレスたまるでしょ?」
「……グランツの事」
「その目見てれば分かるよ。ステラは優しいんだね。でも、優しいだけで、何も――!」
「煩い!」
戦闘になれているラヴァインとの戦いは、やはり苦戦を強いられる。あっちが、本気で戦いに来ていないって言うのもイライラするポイントの一つだが、私の心にまで入り込んでこようとするところが、ネチっこくて嫌だなと思った。まえから、そういうネチネチというか、弱い、柔らかいところに針を刺すような攻撃の仕方が上手いのだ。人に嫌がらせをすることを前提に生きているような彼に、イラけがさす。
(てか、この性格でよく乙女ゲームの隠しキャラやれたわよね)
いってしまえば、クズキャラデあり、でも何処か弟成分があるから憎めないキャラ構成になっている。のだが、災厄の状態の彼は、誰が見ても悪人なので、擁護のしようがない。たとえ、どんな人物か分かっていても。
(私のタイプじゃないけど……!)
それでも、アルベドの弟という属性からか、それとも、陽キャっぽくて、でも陰キャ気質もあってとか、絶妙な組み合わせだからか、彼と話していて、別に不快な気持ちにならなかった。災厄の後だけど。
「知ってても、相手が隠してるんだからってので、いいじゃん。私は、グランツとは、平和的な関係を築きたいの!」
「何でさ。てか、あの騎士、全然ステラに興味ないみたいだったけど?」
「じゃあ、アンタは、誰に興味があんのよ」
魔法をぶつけ合い、空中で、氷と風が交差する。会話はできているが、攻撃を受け流すので精一杯で、ラヴァインの魔法の技術力の高さが伺える。この攻撃に耐えられているのは、これまでの経験や、教えてくれていた人達の学びがあったからだろう。また、聖女の身体であるため、魔力が減ることはなく、耐久戦であれば、かなりいい線は行くのではないかと。
私が、変な質問をしたもので、ラヴァインは、へ? と一瞬動きを止める。だが、その隙というのも一瞬で、すぐに攻撃が再開され、今の隙を狙って……というのは、私の技量では無理だった。アルベドだったらいけたかも知れないけれど、私じゃ確実に今の一瞬の乱れで、彼に攻撃を当てるなんて芸当はできない。
「俺が、誰に興味あるかって?」
「……っ、へ、変な質問だって分かってるけど。グランツが、私に興味がないのは知ってる。でも、その、恋愛的にとか、そういうんじゃなくて、同じ人に拾われたから、家族として興味持って欲しいっていうのが、私の願いなわけ!」
「……そこまで聞いてないし。ふーん。てっきり、色んな男を惚れさせようとしている悪女かと思った。まあ、ステラは悪女って感じしないけどね」
「誰が、悪女って――悪女は!」
エトワール・ヴィアラッテアでしょ。と言いかけたけど、元エトワールだったから、それを口にするのが何か躊躇われた。それに、ラヴァインが、エトワール・ヴィアラッテアについて何処まで知っているのかもわからなかったし。
ただ、悪女だって……まあ、周りから見れば、色んな人を攻略しようとしている女は、あまりいいふうにはうつらないだろう。というか、ラヴァインはどこでその情報を手に入れたのだろうか。その言い方からして、グランツ以外にも私が、話しかけていっているということを知っているみたいだし。
「もしかして、あの聖女に嫉妬でもしてるの?」
「は?」
「聖女。確か、エトワール・ヴィアラッテアっていう、召喚された聖女のことだよ。さすがの、ステラも知ってるでしょ?災厄を打ち払うための存在。帝国にとって必要な光」
「し、知ってるけど……別に、嫉妬なんて」
「さっきも言ったけど、ステラの魔力量……尋常じゃないんだよ。聖女に匹敵するほど。でも、その魔法の使い方に慣れていないから、100%扱えていない。宝の持ち腐れだよ」
「それは、私が一番よく理解してる」
目の前にとんできた風魔法を横に振り払って、私はラヴァインを見る。やっぱり、見抜かれているんだと、恐ろしい人間だと思う、彼は。
「だから、今の私じゃアンタに勝てないかもだけど、でも、私はアンタと争うために、ここに来たわけじゃないの」




