160 相容れない似たもの同士
本来であれば、エトワール・ヴィアラッテアというキャラクターは、聖女として扱われず、本物の聖女トワイライトに嫉妬し、光属性だった……光魔法だったのに、闇落ちして、闇魔法になった。光魔法と闇魔法の境界は曖昧で、でも、闇魔法から、光魔法になったと言う前例は聞かない。光魔法が、闇魔法になるということは聞いたことがあるのに。それは一体どういうことなのだろうか。未だに分かっていない設定であり、この世界の人達も、そもそも、魔法の属性が変わるということが、まず珍しいのかも知れないと。
グランツの、盲点、というのはよく分かったし、そんなの事例として少ないから、自分の周りでは起きないと思い切っているのだろう。私だって、この世界がゲームじゃなくて、はじめからこの世界で生きていたとしたら、きっとそんなこと奇跡とかと等しいでしょ、と思ってしまうと思う。でも、そういう事例があると、設定があると知っているからこそ、エトワール・ヴィアラッテアが、光でいられる確率なんて低いと私は思っているのだ。
今の彼女は、光と偽っているだけの闇魔法の魔道士なのかも知れない。そうでなければ、洗脳魔法が使えないからだ。魔法はイメージでどこまでも強くなれる。その人の魔力が壮大であればあるほど。
「俺の大切な人が、闇に落ちる……ですか」
「うん。前例がないわけじゃないんだし、気に留めといた方がいいんじゃないかなあって。あとは、何処か気になる箇所とか、日常生活で、ここがおかしいって思ったら疑ったらいいか持って……なんか、話すごくズレちゃったけど、とにかく!魔法って、解明されていない、まだ研究しがいのあるものなんだから、ね!」
「上手くまとめたようで、まとめていないですけど……光魔法の魔道士が、闇に落ちたという話は聞いたことがあります。でも、それの戻し方は分からないと、闇魔法から、光魔法に……という話も聞いたことないですし」
「でしょ?」
「はい」
と、半ば強制的に言わせたような形で、グランツに言い聞かせ、私はもう一度、周囲を見渡した。あの魔物は自分の毒に侵されたのか、身体が溶け始め、本当に肉片どころか、姿形すらもなくなりつつあった。証拠を残さないようにと設計されたのかも知れない。何にしても、あの魔物に近付きたくはないなあと、腐敗臭が鼻をさす。
ラアル・ギフトが絡んでいただろう魔物。ヘウンデウン教の仕掛けた、人工魔物……しかし、やはり気になる部分は多く、何故この村を襲ったのか。実験用、試験用にここが選ばれたのかは分からない。けれど、ヘウンデウン教はしてはいけないことをしている。それだけは分かった。
「とりあえず、私達だけじゃどうしようもないから、一旦、モアンさん達の所に戻って、状況を説明しに行こう」
「状況って何を説明しに――ッ!?」
「グランツ?」
「ステラ、下がってください」
と、トン、ではなくドンッと身体を押される。いきなりのことで、バランスが保てず、私は横に倒れたが、彼が押してくれなければ、かなり危険だっただろうなということが、私とグランツの近くに落ちてきた何かから発せられた白煙で分かった。
(い、いきなり何!?)
隕石のよう何かが落下したようにも思えた。魔力を感じなかったわけじゃないが、あの一瞬で感じ取って、私を庇ってくれたグランツは、本当に、敏感というか、探知に優れているというか。私だけだったら当たっていたかも知れない。そして、グランツは、それが危険なものであると、再び剣をとると、庇うように前に立ち、体勢を低く睨み付けた。
(――って、この魔力……まさか!?)
ようやく、状況が飲み込め、落ちてきた隕石の正体を探ろうとしたとき、感じ慣れた魔力に私はすぐに気づくことが出来た。それが誰なのか……一緒にいたからこそ分かる、彼の魔力の揺らぎを私は感じ取ることができた。
サアアッと、漂っていた白煙は一瞬にして霧散し、クレーターの中心にいた人物の姿が明らかになる。くすんだ紅蓮の髪に、貴族にも軍人にも見える服装の彼――淀みのある満月の瞳をこちらに向けた、ラヴァイン・レイは、私とグランツを見ると、プッと吹き出すように笑った。
「何か、俺格好悪いじゃん。転移魔法使おうとしたのに、これじゃあ、瞬間移動だよ」
「ラヴィ……」
「ラヴァイン・レイ……」
グランツも、さすがに彼の事は知っているようで、嫌な相手に見つかったな、と苦虫をかみつぶしたような顔で、ラヴァインを睨み付けていた。一方のラヴァインは、グランツがいたことは予想外だったようで、誰? みたいに、首を傾げる。
ラヴァインと、グランツは気があうんじゃないかと思った側から……この時の二人は、相容れない存在だし、どうせまた衝突するだろうと、嫌な気しかしなかった。しかし、その間を取れるほど、この世界でのラヴァインと、私の関係値というのは築けていなくて、寧ろ、嫌われているといってもおかしくないほどに、彼のヘイトを買っている。この時の彼は、アルベドに認めて欲しいという思いが暴走している形で、人格を形成していたから。私がアルベドの特別、だと嫉妬して……この世界で初めてであったときにふっかけられた言葉も冷たく棘のあるものだった。彼の頭上には好感度がなく、もしかしなくても、隠しキャラなので、条件を満たさなければ攻略は不可能なのかも知れない。それでも、少しの揺らぎで、南京錠のかかった鍵穴、好感度が出現するので、攻略よりも、記憶を思い出させることを重視した方がいいのかも知れないとも思う。どちらにしても、この状況でそれをやろうとしても、失敗するだろうけど。成功するのであれば、グランツの記憶も戻って欲しいところだけど。
(てか、転移魔法と、瞬間移動の魔法間違えることあるの!?)
どんな間違い? と思いつつも、まず、そもそも何故彼がここにいるのか分からなかった。もし、ここに来る人物……闇魔法の魔道士がいるとするなら、ラアル・ギフト……ベルだと思うんだけど。
「あーやっぱり、やられちゃったかあ。試作品としては、いいほうだったんだけどねえ。これやったの、ステラ?」
「え、え、あ……私は」
「俺が倒しました」
「誰?アンタ」
グランツは、自分が倒したと啖呵を切り、ラヴァインに食いついた。それに、ピクリと彼の赤いまゆが動き、不快だといわんばかりにグランツを睨み付ける。やっぱり、相容れないかあ、なんて思いつつも、グランツは、私が倒したといえば、ラヴァインの標的になるかも知れないと、思ってそういってくれたのかも知れない。いや、単純に自分の強さのアピールのためか。何にしろ、この魔物がヘウンデウン教関連だとわかり、それにラヴァインが関わっていたことだけは分かった。
(……ラヴァインが、めーっちゃ悪いやつっては思わないけど、やってることは、そう、悪いことなんだよね……)
彼が記憶を失っていた数週間、数ヶ月……彼の色んな面を見てきた。災厄の影響によって、負の感情が増幅させられ、周りが見えなくなっていた少年ではなく、ただ一人の兄を尊敬するちょっとイタズラな子だって気づいたのは、災厄が消え去った日からそんなに時間は経っていなかった。彼を知れば知るほど、災厄の影響の大きさや、彼の弱さに気づけて、怖いことされたけど、憎めないなと。
でも、考えれば、彼は多くの人の命を奪い弄び、ヘウンデウン教の幹部として動いていたという事実が消えることないわけで。その、彼が極悪人だったときの彼と向き合っているんだと。
「へえ、アンタが。確かに、魔法があまり効かないように設計したから、ステラがどれだけ魔法が使えても、倒すのは時間がかかるだろうね。でも、アンタ一人じゃ無理だろ。お人形の騎士さん」
と、ラヴァインは挑発的な笑みを浮べ、グランツに怪しく光る満月の瞳を向けた。




