159 無惨な状態に
「――しかし、これは、酷いですね」
「いやあ、最小限……死人が出ていないだけマ……」
「マシではありません……はあ。なんで、ここが狙われたのかよく分かりませんけど、これは、本当に酷いです。俺が、過ごしていた村が」
「グランツ……」
魔物は討伐できたものの、村は壊滅状態だった。人に被害が出なかったのは、不幸中の幸いといったところだが、それにしても、見るも無惨……と、言葉にできないほど、家屋は破壊され、逃げることができなかった家畜たちはぺしゃんこに。
グランツは、元はここで生れたわけじゃないけれど、それなりにこの村への執着というか、思い入れがあって。それが、魔物によって破壊された、その現場を見てしまったとなると、落ち込むのも無理がないと思った。気持ちにより添ってあげたい反面、彼が過ごしてきた時間をそのまま感じ取れるわけでもなく、中途半端な同情は、彼を傷つけるだけだと思った。
(――はあ、てか、すごい切り刻みかた……)
村を破壊尽くした魔物は、グランツによって切り刻まれていた。こちらも、原型が分からないほど刻まれており、内臓なのか、骨なのかよく分からないものがむき出しになっている。見つめていたら吐き気が込み上げてきたので視線を外す。それにしても、グランツの剣の腕は素晴らしいなと思った。一般人の目線でしか見えないけれど、あの一撃で……いや、一撃じゃなかったのかも知れない。一撃、二撃……と、刻み込んで、あそこまでバラバラにしたのではないかと。けど、グランツはいつその剣の腕を身につけたんだろうか。エトワール・ヴィアラッテア……私が、変に騎士団に喧嘩売った結果グランツが、プハロス団長の下で稽古をつけて貰うことになったけれど。エトワール・ヴィアラッテアは、そこまでしたのだろうかと。私と同じことをしたのか、それとも――
「ぐ、グランツってさ。その剣の腕、どうやって身につけたの?」
「いきなりどうしたんですか。話を紛らわしたいんでしょうけど……いっても、理解してくれないでしょう」
「うわっ、その言い方嫌い!聞いただけじゃん。誰にならったんだろうなーって気になっただけだし。それも教えてくれないの?」
確かに、話を逸らしたのは……タイミングが悪かったかも知れない。でも、それくらい教えてくれても良いんじゃないかと思った。こっちだって、心が読めるわけじゃないんだし、察して下さいではあまりにも無理があるのだ。グランツは、眉間に皺を寄せて、ふと視線を外した。
「誰にも教えて貰ってませんよ」
「え、でも、エトワー……聖女様の護衛なんじゃないの?」
「あの方の護衛であっても……いや、教えて、貰ってます、ました……いや、どう」
「グランツ?」
また、起きる記憶の混在に、私も、グランツも混乱していた。また、突っ込まなくてもいいところ突っ込んじゃったかな、なんて感じながらも、思い出さなくてもいいよ。と私が言えば、グランツは、「思い出す?」と繰り返し聞いてきた。
「グランツの剣の腕が凄かったから、どこで身につけたのか気になっただけだし。答えたくないなら、本当に大丈夫だから!何か辛いことあって、手に入れた、努力の結晶!かも知れないし、ね。馬鹿にしてるわけじゃないから」
「馬鹿にしてたら怒りますよ」
と、グランツは答え、はあ……とため息をつく。しかし、その行動に反して、ピコン、と彼の好感度は上昇を告げ、30%になっていた。この間まで、全然上がらなかった好感度だが、それが決壊したように、簡単に上がっていたのだ。どういう仕組みなのか分からないが、こうやって関わる事で、攻略やらの記憶というか、会話を思い出しつつ、親密になっていくのが鍵なのではないかと思った。計画を練って、練っていくよりかも、もしかしたら、積極的に話しかけにいく方が、好感度が上がるかも知れないと。ブライトの好感度も、思えばそんな感じで上がったなあ、なんて思い出し、これからはこっちの作戦にしようかとも思った。
しかし、リースだけは違うようで、あれだけ話しても、好感度は0%のままだった。それが、示しているのは、無関心、興味がないということの現れだろう。深い洗脳にかかっているため、エトワール・ヴィアラッテア以外の人間に興味が湧かないようになっているのかも知れない。それを突破するのは難しいし、前世の記憶まで封印されているのじゃどうにもならない。
ただ、グランツを仲間にすることができれば、魔法を切ることができる魔法によって、その洗脳魔法を解けるかも知れない。
(でもそうなると、エトワール・ヴィアラッテアは、それを知っているだろうから、グランツを手放すなんてことしないだろうし……)
魔道士の天敵ともいえる存在がグランツなのだ。そんなグランツをみすみす手放すことをするだろうか。グランツは、かなり、エトワール・ヴィアラッテアに心酔しているようだが、彼女自身、グランツを丁重に扱っている感じもなく、彼の記憶操作も曖昧なように感じる。だからこそ、その隙を私が狙って、記憶を取り戻すのが吉なのだが……
グランツを見れば、まだ、村の状態を見て落ち込んでいるらしく、表情は変わらないものの、悲しみのオーラがひしひしと感じられ、
「本来なら、魔物は……後の研究のために、その肉片を持ち帰るべきなのですが。これじゃあ、無理そうですよね」
「ま、まあ……もう、木っ端微塵だし……てか、そんなのあったんだ知らなかった」
「人工的に創り出された魔物なんて、まだ、研究されていないでしょうから」
「確かに、でも、ヘウンデウン教はそれをやっているってことだよね。それってやっぱり、闇魔法
と、光魔法の違いだったりするのかな」
「そうですね。そもそも、魔物を創り出そうなんて考えをしないんですよ。普通は。でも、それをやって、人間を殺す兵器として用いる……彼奴らは本当に皆殺しにしないと」
グランツは、忌々しそうに、そして、殺気を放ちつつ、静かに怒りに満ちた言葉を漏らした。その、皆殺しにする相手の中に、アルベドも含まれているのだろうかと思うと、和解まではいかずとも、悪かった関係が、少しだけ改善された前の世界のことを思い出す。それもゼロになってしまっているこの状況に、私も胸を痛めずにはいられなかった。
ヘウンデウン教は許されないことをしている。この世界も……いや、まき戻った世界だからこそ、彼らの悪行についてまた目を向けなければならないのだと。そもそも、巻き戻る前の世界でも、完全決着をつけられたわけではなくて、不十分で、残党達が、エトワール・ヴィアラッテアを崇拝して、という流れだった。だったら、この世界では? 混沌を、崇拝しつつもその後、残った残党達は? 分からない事が多すぎるが、今は、彼らの目的が分かっているからこそ、潰す以外の選択肢はないと思った。
「そうだね……皆殺しって言い方はあれだけど。でも、グランツ、一つだけ」
「何ですか?」
「闇魔法の人……が、全員悪いわけじゃないから。混沌……いや、世界が滅んじゃえばいいって思っている、ヘウンデウン教の教徒達だけ、倒すってことにしよう」
「簡単に言いますけど、そうはいかないんですよ。闇魔法のヤツらは、皆同じだ」
「グランツ」
「……」
「じゃあ、私が闇魔法を使ったら、私も敵になるの?」
え? と、グランツはようやく私の方を見た。グランツだって知らない訳ではないだろう。光魔法の使い手でも、闇魔法の魔道士になるってことを。一応、魔法が栄えていた王国の第二王子であれば、知らない訳もない。
グランツは、知りつつも、確かにそこは盲点だったと、何とか瞬きした。
「その予定があると?」
「予定って言い方よく分かんないけど……でも、アンタの大切な人が闇魔法に、闇に落ちたとき、その人を助ける?それとも、敵だって割り切って戦う?」
「俺の大切な人が、闇に落ちたとき……」
「助けられるヒーローじゃなければ、いや……誰だって心に闇はあるものだと思うから。それは、気に留めておいて欲しいな」
エトワール・ヴィアラッテアを、信じるな、という忠告のつもりで、私は、強くそういって、グランツを見た。




